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野外学習編17-2

「フレオールの側にいたいとは、二重の意味で大胆だな、モニカは」


 その日の夜、緊急会議の場で集った七竜姫の中でウィルトニアこそ苦笑を浮かべているが、他の六人は深刻な表情をしていた。


 本日のモニカの行動が単純な恋愛感情による暴走であるなら、どれだけ良いことか。が、そうでない場合、戦況はさらに悪化したということになる。


 無論、モニカ自身は一学生、竜騎士見習いにしかすぎず、その実家も一門の所領が五百戸程度の弱小土豪でしかない。


 だから、恐いのは波及効果による小口注文の殺到の方であり、七竜姫は立場的に最悪の事態を想定して対応せねばならない。


「笑い事ではないぞ、ウィル。あの娘がフレオールを好いているだけならいい。だが、フレオールを通じてアーク・ルーンと渡りつけるつもりなら、捨て置けないのだぞ」


 クラウディアが苦り切った顔で吐き捨てた内容こそ、彼女たちが考察の末にたどり着いた最悪の想像である。

 敵の中に味方を作って内から乱し、そこを外から打つのは、アーク・ルーン帝国の得意とする戦法の一つであるが、誘いをかける敵はおおむね、有力な貴族に限られる。


 弱小貴族を十人と口説くより、その上に立つ有力貴族ひとりを内応させた方が、手間と費用がかからずにすむ。枝を得れば、そこにある葉も得られるのが世の道理だ。


 ただし、全ての枝が得られるわけではない。情勢や金品に左右されず、忠義を貫く有力貴族は何人もいる。


 だから、そんな忠義者の配下で、上の忠誠に最後までつき合わないつもりなら、独自にアーク・ルーンとのツテを開拓して、自分で裏切る算段を整えねばならないのである。


 モニカは、その家族からすれば、やっと竜騎士の仲間入りになるための、正に悲願を託した存在だ。だが、昨今の戦況を思えば、アーク・ルーンに内通していないと、ゼラントが滅びた後、ワイズの没落貴族の二の舞となる。


 本来なら、モニカを関わらせずにアーク・ルーンの保険に加入するのが最善だが、フレオールと接触できる人間が彼女しかいない以上、竜騎士となるために注いできた費用を無駄にするしかなかった。


 当たり前だが、そのような懐具合ゆえ、フレオールにアーク・ルーンとの口利きを頼む礼金など用意できるものではないから、モニカは現物でそれを支払おうとしたらしく、


「たしかに、笑えませんな。モニカは実家からの命とはいえ、フレオールと寝ようとしたのでしょう。イリアがいることを思えば、その心中は笑えるものではない。私が同じ立場だったら、確実に二の足を踏みますよ」


 イリアッシュの美貌は言うまでもない。フレオールに抱いてもらおうとすることは、それと張り合うということである。


 ただ、それだけモニカとその一門は、経済的にも将来的にも追い詰められた環境にあるから、それを思えば別の意味で笑えるものではない。


「ウィルトニア、わかっていますの! これを放置すれば、あのモニカに倣う者が出てくることもあり得ますのよ!」


「では、モニカを殺すか? そして、第二、第三のモニカが出る度に殺すか?」


「それは……」


 いきり立ったフォーリスも、ウィルトニアに反乱の芽を摘むかと問われて、言葉に詰まる。


 敵方の男性に恋をしただけ。モニカの行動は、表面的にはそれだけであり、それを理由に処罰はできないが、殺処分すればいいだけなら、罪状をでっち上げればいいだけであり、権力を有する側にはカンタンな話ではあるが、


「わたくしもモニカを殺すのには賛成できません。そのようなマネをすれば、我が国の西部が離反しかねません。おそらく、フリカ、シィルも我がタスタルに同調してくれるでしょう」


 ナターシャが述べ、シィルエールがうなずいたことこそ、七竜連合の内憂を如実に表しているだろう。


 現在、タスタルとフリカの西部は、共にアーク・ルーン軍の略奪にあっているが、その地の民は対象から外されている。


 略奪の対象は役所などの公的施設や地元の豪族、豪商である。


 当然、奪われる側はまず、自らの祖国に救援を求めたが、大敗した両国に兵を出す余裕はない。そうして失望した彼らは別の代価、国内の情報や知る限りの機密、さらに忠誠を誓う誓約書を差し出し、財産が少しでも多く残るように手加減してもらうことには成功した。


 が、代わりに背信の証拠が残ることになったが、彼らからすればアーク・ルーンの略奪をかわす方便にすぎないものだ。


 それはアーク・ルーンに内通している者たち全体に言えることで、どちらが勝っても生き残れるように計っているにすぎない。


 内通者たちは祖国を滅ぼさんと積極的に動くわけではないが、一方でアーク・ルーンの心証が悪くならない程度しか、祖国のために働かない。


 モニカの家族にしろ、堂々とゼラントを裏切る気はない。最近の連戦連勝を見て、アーク・ルーンが勝利した時の準備をしているにすぎないのである。


 だから、アーク・ルーンが劣勢になれば、彼らは祖国のために弱った外敵と進んで戦うだろう。


「わかっています。アーク・ルーンと通じている者を処断するのはカンタンです。けど、そうした二枚舌の者を二、三人と罰を与えれば、残りを造反へと追い込んでしまう。あの者たちの醜業を裁くのは、アーク・ルーンを追い払ってからとするしかない」


 ティリエランが苦々しく語るとおり、内通者を何人か処断すれば、後ろ暗い者たちはこぞって反旗をひるがえし、アーク・ルーン軍を呼び込み、七竜連合を滅ぼして処罰を免れようとするだろう。


 苦しい状況だからこそ、味方がどんどん敵になびいて、さらに苦しくなっているのが、七竜連合の現状である。内を何とかしようとすれば、乱れが生じてアーク・ルーン軍につけ入る隙を与えてしまう。ゆえに、どんなに苦しくとも、内に問題を抱えたまま、外敵と相対せねばならないのだ。


「先日からの三度に渡る大敗で、我らの勝利を疑問視する者は、モニカの身内だけではあるまい。モニカを殺し、力と恐怖で抑えようとすれば、不安定となった足場が崩れるだけだ。現状を改善する手立ては、アーク・ルーンと戦って勝つより他あるまい」 


「あなたがそれを言うのかしら? その三度の大敗に関わっているあなたが?」


「私が負けたのはたしかだが、別にオマエは勝ってはいないだろう。勝敗を論じるなら、まずは戦ってからにしてくれ」

「何ですってっ!」


 突っかかってあしらわれると、七竜姫の中で最も沸点の低いフォーリスは、たちまち金切り声を発し、他の六人をうんざりさせる。


「フォウ、ウィルの言うとおりだ。情けない話だが、我らはまだアーク・ルーンに勝てていないのだ。まず勝つことが重要であり、勝つ以外に状況を打開する方策はないというウィルの主張は正しい」


 内心でややうんざりしながらも、盟主国の王女として副盟主国の王女をたしなめる。


 さすがにクラウディアにそう言われると、フォーリスはウィルトニアを睨みつけながらも押し黙る。


「このまま何もしなければ、我々は戦えもせずに内側から崩されるのは明白だ。おそらく、その点は父たちにもわかっているゆえ、一度の勝利ではなく、連合軍を再結成し、ドラゴン族の援軍を得て、この戦争に勝つ準備を進めているのは間違いない」


「問題は、それまでに日数がかかることでしょうね」

 クラウディアの言葉を受け、ナターシャがしみじみとそうつぶやき、シィルエールもそれにまたうなずく。

 タスタルとフリカは、アーク・ルーン軍に王都を攻められてもおかしくない状況にあるのだ。クラウディアの言う準備が整うには、いくらか時を有する。それまで自力で国を守れるかとなると、ナターシャもシィルエールも不安を抱かずにいられない。


「では、クラウ先輩。バディン、シャーウ、ロペス、ゼラントの軍勢を先に動かし、タスタルとフリカにまずは集結させ、ドラゴン族の援軍が到着したら、直ちにアーク・ルーンを攻めるとすればどうでしょうか?」


 ウィルトニアの提案に、六人の口から感嘆の声がもれる。


 兵力が増えれば、それだけ防衛力も高まる。また、人とは生物的に異なるドラゴンと歩調を合わせるより、ドラゴン族を待っての行動の方が迅速に進軍ができるというもの。


 無論、デメリットもあり、それに最初に気づいたのはティリエランだった。


「ですが、ドラゴン族を待たずに兵を前線に揃えれば、アーク・ルーンは各個撃破を計る危険がありますよ。向こうからすれば、目の前で我が軍の集結を座視すれば、不利となるのは明白なのですから」


「たしかに、してやられれば、ティリー教官の言うとおりとなる。だが、それは敵の策にはまらねば良いだけのこと。連合軍が結集すれば、兵は十万にも二十万にもなる。その大軍でしばらくの間、固く守っているだけ。この程度のこともできぬようでは、ドラゴン族の助勢があっても勝てるわけがない」


 前線にはタスタル、フリカの兵と共にワイズ兵もいる。ウィルトニアの発言が、自軍を重んじたものだとしても、大軍で陣地を固く守る程度のこともできないようでは話にならない。


 ティリエランは自らが弱気に過ぎた点を認め、その懸念を引っ込めると、


「議論が横道にそれていませんこと? そもそも、本日の議題は裏切りに対する処置なのですわよ。何も手を打たなければ、私たちを侮る者たちを増長させてしまいますわ」


「たぶん、裏切りって表現より、二股っての方が正確だと思うな」


 フォーリスの指摘も、ミリアーナの指摘も、共に間違ったものではない。


 内通している面々は、別にアーク・ルーンに心酔しているわけではなく、その強盛になびいているにすぎないのだ。


 強い風が吹けば草花が揺れ動くように、アーク・ルーンという大風に翻弄されているが、その風がドラゴンを薙ぎ倒すという確信もないので、ミリアーナの言うとおり内通者は二股をかけている状態にある。


 そうした内通者は現状では増える一方であり、彼らの数が多くなるほど苦しい情勢がより苦しくなり、それが内通者の増加につながる悪循環にある以上、フォーリスの言うとおり強行策以外に何らかの改善策が必要なので、


「まっ、アーク・ルーンになびく味方が増えるほど苦しくなるのは確かだから、連中の何人かを優遇したらどうかな?」


「なっ!」


 ミリアーナの謀計に、五人の七竜姫が目をむく。


「……どうゆうこと?」


 一人だけクラスメイトの策と意図がわからず、シィルエールが小首を傾げる。


「カンタンだよ。敵と通じているヤツの一部を優遇すれば、残りは優遇された理由を、自分たちのことを父様らに報告したからと誤解する。そんな疑心暗鬼が生じたら、アーク・ルーンになびくことに二の足を踏むと思うよ。いつ同じ穴のムジナに密告されるかわからないんだから」


「……なるほど」


 裏切り者たちに裏切り者と思わせることで、互いの信頼関係を崩して、新たな裏切り者となるのをためらわせる環境を作る。それを理解して、遅ればせながらシィルエールも目をむく。


「で、その策の応用なりを、モニカに用いるのか?」


「うん、そのつもり。その際には、ウィル先輩も協力をお願いします」


「是非もない。モニカはゼラントの臣、私が口出しする筋はない。二重の背信者に仕立てるのは忍びないが、処刑されるよりマシと考えねばならんな」


 何も言わずに見守るべきウィルトニアとミリアーナのやり取りに、思わず口を出してしまったのは、その点で最も未熟なシィルエールであった。


「つまり、モニカに裏切り者を集めさせ、その後、裏切り者に見せかける?」


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