野外学習編17-1
部活。
ライディアン竜騎士学園では、放課後や休学日に集い、部活動に勤しむ生徒は少なくない。
この部活の始まりは、学園が開校も間もない頃、同じシュミの生徒が自主的に集い、放課後や休学日といった時間を共にしたのがきっかけだ。
少人数なら学生寮の自室で集えるが、数が多くなれば手狭となる。学園の食堂や学生寮の談話室などの共有スペースには長く居座れるものではない。そこで彼らが目をつけたのが、学園の施設だ。
授業がなければ、使われない教室はいくらでもある。その点を主張し、学園に放課後や休学日の使用許可を得るなどの経緯を経て、彼らの活動は活発化・本格化していく。
その始まりから、ライディアン竜騎士学園の部活は、在り方としては同好会に近い。実際、その活動も、好きな芸能や競技に興じ、生徒が主体となって楽しむのも目的とする。
学園も生徒会も、部活に対するスタンスは、その便宜を計りつつ、ハメを外さないように目を光らせるに留め、過度の干渉をせず、生徒たちが自由に活動できるように努めてきたが、
「こんな部活が認められるわけありませんわ!」
生徒会副会長たるフォーリスは、提出された部活の申請用紙を前に金切り声を発し、これまで受け継がれてきた不文律を否定する。
放課後の生徒会室、そこには顧問こそ不在だが、現生徒会メンバー四人の他に、前生徒会長と、今日もまた強制連行された部外者二名の姿もあった。
ちなみに、この場にウィルトニアがいないのは、傷が治ってから毎日、体を本調子に戻すため、自主トレーニングに励んでいるという名目で、フォーリスとの同席を避けているからである。
仲がとことん悪い二人が同じ場所にいると、いつ口論が始まるかわかったものではない。去年からうんざりするほど、キャンキャンと吠えかけられたウィルトニアがいないことに、両者の仲裁に苦労させられたティリエラン、クラウディア、ナターシャ、そしてイリアッシュも、入学してから百余日でそれを充分に理解している一年生らも、心底、ほっとしている。
言うまでもなく、フレオールはウィルトニアの自主トレーニングにつき合いたかったが、クラウディアがそれを許さず、ナターシャらが野外学習の準備を進める傍らで、イリアッシュの指導の元、予習復習をひたすら繰り返していたのは昨日までの話。
今日、イリアッシュが部活の申請用紙を提出したため、生徒会は野外学習に向けての最終確認がストップしてしまう。
「あら、どこか不備がありましたか? 問題はないと思いますが?」
昨年まで生徒会に属していたイリアッシュは、生徒会の活動の経験なら、実のところこの場の誰よりも豊富であり、その業務にこの場の誰よりも精通しているので、書類や手続きに関しては完璧だ。
だから、フォーリスが金切り声を上げ、他の四人も顔をしかめている理由は、それ以前の点にある。
「あなたはこのような活動が認められると、本気で思っているのですか? しかも、部活の名称が内通部など、我々をからかっているとしか思えません」
ナターシャが憤るとおり、申請用紙の活動の項目には、アーク・ルーン帝国に通じる者を集い、来るべき日が過ぎた後の平穏を確保する、というものである。
つまりは、七竜連合の敗滅を前提とした部活であり、七竜姫の面々が申請用紙を破り捨てなかっただけでも、かなり自重と自制をしていると言えるだろう。
「いえいえ、からかってなどいません。私は真剣ですよ。何しろ、ワイズの軍務大臣や外務大臣など、時勢の見える方々はともかく、そうでなかった方々はとても悲惨な生活どころか、生活そのものができなくなってしまいました。あなた方の同胞で、そうした方を一人でも多く救済するための活動、そう理解してもらえませんかね」
国を失ったワイズ貴族が皆、没落して悲惨な生活を送っているわけではない。ワイズの軍務大臣や外務大臣のように、親アーク・ルーン派であるだけではなく、内通してせっせと祖国の機密を流していた者らは、領地や財産を全て、あるいはその一部を保全してもらえ、アーク・ルーンの貴族として暮らしている。
「つまり、キサマが国の売り方を、後輩に指導しようというわけかっ!」
さすがに怒りを抑え切れず、クラウディアが売国奴に怒声を浴びせる。
が、祖国を誰よりも高値で売った男の娘は、
「いえいえ、そんな大層なことじゃありませんよ。ただ、泥舟に乗っていたら、溺死することを教えるだけです。それと、逃げる際には、なるべく多くのものを持ち出した方が、後の生活が楽になることも伝えるぐらいですかね」
義理の妹になる予定だった相手の怒りに、涼しい顔と声音で答える。
イリアッシュに涼しい顔で応じられ、クラウディアはますます顔を赤くし、
「たしかに、我らの中には、敵の甘言に乗る浅はかな者は皆無ではない! しかし、ここは竜騎士を目指す者が集まる場っ! そんな心算の者などいると思うかっ!」
「いや、その前に、キミたちって今、ボクたちに常に見張られている状態にあるから、その部活の希望者がいたところで、入部届けなんか出せないんじゃないかな?」
ミリアーナのツッコミのとおり、クラウディアらが見ている前で、内通部への入部届けを出すのは、これから寝返りますよ、と公言しているようなものである。
だから、自ら反逆者と名乗る者などいるわけがないとするのは早計というもの。
去年に続き、先日からの大敗の連続に、七竜連合の勝利への疑問が強くなればなるほど、竜騎士の兄弟や親子が敵味方に分かれかねず、そして生徒会室のドアがノックされる。
「……はい、どちらさまですか?」
来客に対して、ナターシャの声が遅くなったのは、主にクラウディアとフォーリスが怒りを強引に引っ込めた後となったからだ。
「二年のモニカです。こちらに一年のフレオールという方がいると聞いてきたのですが……」
「おりますが、彼に用なのですか?」
「はい、前に医務室に運んでもらったことにあるので、その礼を言いたくて……」
この返答に、クラウディア、ナターシャ、フォーリス、そしてイリアッシュが不審な表情を浮かべる。
ウィルトニアに助けられたモニカは、その恩義を深く感謝しているので、自然とアーク・ルーンに対しては嫌悪の色を常日頃から見せているのだ。
そもそも、彼女が食堂で倒れてから、もう三十日以上も経っている。礼を言うつもりなら、とっくにフレオールの元を訪れていただろう。
ゼラントは先日からの戦で損害を出していないが、元からあった憎しみが減る理由もない。
「……わかりました。入りなさい」
礼を言って油断させたところを刺す。もし、心と懐に刃を忍ばせていたとしても、そんな手でどうにかなるフレオールではないし、自分たちが充分に注意すれば対処できると判断し、ナターシャは入室を許可する。
「失礼します」
頭を下げながら、生徒会室に入ってきたモニカは、何かをこらえるような表情と険しい目つきをしており、とても礼を言いに来た態度ではない。
その様子に、七竜姫らは警戒を強めるが、当のフレオールは小さく笑みを浮かべ、
「さて、感謝の意という建前はいいから、モニカ先輩はこれをきっかけに何がしたいのかな?」
そう問われて、機先を制されたモニカは、明らかにたじろぎ、無言の内に腹に一物があることをさらけ出す。
が、たじろぎながらも、追い詰められているというより、後がないといった態度で、
「……わ、私は、礼をの、述べにきただけで、いえ、だけではなく、フレオール、フレオール様の、え〜……側にいさせてください!」
パニックを起こしているからこそ、前へと踏み出していく。
裏面というより、その背後が何となく予想のついたフレオールは、意味ありげに視線を動かすと、それに釣られるようにモニカの視線も動き、
「……こ、この部活に入れば、側にいていいのですか?」
「いや、オレの側だろうが、遠くだろうが、どこにいるかなぞ、モニカ先輩の自由ってものだ。もっとも、そっちにとっては、オレの側にいることなぞ、意味はないだろうがな」
苦笑しながら発した一言に、必死に食いつこうとする姿勢から一転、モニカがまた動揺の色を見せる。
が、動揺しながらも、必死にまた食らいつこうとする苦学生の諦められない状況を察し、
「まっ、オレはまどろっこしいのが嫌いだし、そっちも嫌いな相手の側にいたくはないだろう。だから、伝えておいてくれ。オレは口利きに代金はいらん。また、うちの国にとって、手土産はあいさつ代わりにもならんから、無理に用意しなくていい。あと、真っ先に手を上げる勇気は評価もすれば、優先もする」
モニカは無論、他の女性陣も魔法戦士が何か伝えたいのかわからないが、それがわからない相手を玄関払いにするのが、彼の祖国である。
招待状の意味がわからなければ、チケット代は無駄となるのも承知しているから、目の前の代金をフレオールももらう気にはなれないのだ。
それに、招待客をエスコートできたなら、口利きの代金は貸しという形となることが多い。
時に、招待客がVIPとなることもあるのだから。




