野外学習編12-1
「侵略者と裏切り者を殺せっ!」
「フレオールとイリアッシュを八つ裂きにしろっ!」
久方ぶりに七竜姫が揃ったライディアン竜騎士学園で、ワイズの生徒や教官らを中心に、そんな過激な怒声が上がっているのも、負傷したウィルトニアが医務室で寝ているせいだろう。
七竜姫らが裏で手を結び、順調に野外学習の実行に向かっていたが、フレオールの不吉な予測が実現してしまい、またもや恒例行事の準備どころの騒ぎではなくなった。
アーク・ルーン帝国の第十二、第十一軍団に前後から挟撃され、ワイズ、タスタル連合軍約四万は大敗し、タスタル王国は現在、国土の西部を実質的に放棄した状態にある。
敗軍の将たるウィルトニアは両足に魔法の矢を食らい、あわや討ち取られかけたが、双剣の魔竜レイドの奮戦で辛くも危地を脱し、異国の地で屍とならずにすんだ。
そして、敗走の末、合流したナターシャに付き添われる形で、七竜連合の中で最も医療の充実しているロペス王国で治療を受け、当人がまだ学生であるのもあり、ライディアン竜騎士学園で療養するというのは、半分以上が建前だ。
改めて、アーク・ルーン軍の強さと恐さを認識させられると、ワイズとタスタルの臣下は姫君の安全を計り、学生であることを理由に、最前線から強引に二人を学園に戻した。
防衛線も再び崩壊し、兵力も激減したため、アーク・ルーン軍が長駆すれば王都を突くのも可能なほど、タスタル王国は危機的な状況にある。
とはいえ、タスタル王とその家族がこぞって王都より離れては、人心が大きく動揺する。だから、学生という大義名分があるナターシャを学園に戻し、さらにタスタル王は何があっても留まるように言いつけ、万が一の事態に備えた。
ちなみに実戦部隊こそタスタルにいるが、ワイズの亡命政権そのものは、まだバディンにある。もっとも、そこはワイズ王とその取り巻きたちが酒を飲んでグチをこぼす場と化しているので、酔っ払いに祖国奪回の命運をたくすのを避けんと、ワイズの者たちはウィルトニアを強引に学生生活へと戻した。
敗報と共に担ぎ込まれた、敗残の姫君の痛ましい姿は、強い衝撃を与えると共に、激しい怒りがワイズの者のみならず、全ての教官や生徒の間に渦巻き、その敗者らの屈辱と憎悪は当然、いつものように侵略者と裏切り者へと向かった。
両足に受けた魔法の矢で、当面、自ら立てぬ身にされたウィルトニアを見て、他の七竜姫の面々もその心中は穏やかとは言い難いが、彼女たちには立場というものがあるので、生徒らが暴発させないため、フレオールとイリアッシュを身辺に置かねばならず、結果、加害者側の人間を伴って医務室に訪れねばならなかった。
医務室のベッドにウィルトニアが搬送されたのは、つい先刻のこと。そして、ロペス王の元よりの急使が、アーク・ルーン軍がフリカ王国を攻めたと告げたのが、つい先日のこと。情報が錯綜しており、七竜連合側はまだ事態の全容がつかめていない状態にある。
確実なのは、フリカ王国の砦が一つ攻め落とされたこと。何より、ワイズ・タスタル連合軍が大破された二点のみ。
葬儀に続いて、医務室での全員再会となったが、不幸中の幸いと言うべきか、ベッドに横になるウィルトニアは、両足の負傷以外、特に目立った外傷はなく、顔色はわるくないどころか、
「このような形で顔を会わせるとは、情けない限りだ。しかも、忠告されていたにも関わらず、この様ときた」
憮然と述べた反省の弁は、しっかりとした口調のものだった。
ベッドの上で身を起こしているウィルトニアは、肉体面だけではなく、フレオールやイリアッシュの存在にも過剰な反応を見せるどころか、
「で、呆れたことに、私はどうやって負けたかもわからん。正確には、アーク・ルーン軍がどうやって背後に回ったか、それがさっぱりわからんのだ。警告されていたゆえ、絶えず敵陣を見張っていたし、周囲の警戒も怠っていなかった。だが、敵に背後を突かれたのは事実だ。無論、何らかの魔法で、我らの後方に転移したというなら、やむえん話なのかも知れんがな」
精神面も落ち着いているらしく、意味ありげな視線をフレオールに向ける。
もっとも、ウィルトニアのみならず、この場にいる女性はイリアッシュも含めて、レイド以外の雄に視線を集中させており、その中で最も熱い視線を送っているのは、祖国をアーク・ルーン軍に攻められたシィルエールだ。
砦を一つ攻め落とされ、アーク・ルーン軍が侵入したという報を耳にしたきり、続報がまだ届かず、不安でたまらないという表情の姫に対して、
「まっ、オレの想像のとおりなら、ヅガート将軍はフリカを通過しただけだ。ただ、それは単なるオレの想像にすぎん話だが、それでいいなら、話せるが?」
「うん、おねが……」
「いや、その前にもう二つ確認したいことがある。だいたい、想像はできていると思うがな」
すぐに飛びつこうとするフリカの王女の言葉をさえぎり、確認事項を追加する。
「さて、言ってもらわねばわからないな。ウィルトニア姫が何を気にしているか、などは」
「では、ズバリと問うが、敗戦の混乱の中であったが、私のドラゴニック・オーラはたしかにアーク・ルーン兵に当たり、通じなかった。これは私だけではなく、生き残った何人かの竜騎士らがそう証言している」
「全員ではないのか」
「ああ、全員ではない。何人かは、ドラゴニック・オーラで敵にダメージを与えられたと言っている。また、別の何人かは、攻撃が通じる時と通じない時があったと言っている」
「どういうことですのっ!」
矛盾した内容に、フォーリスが金切り声を上げる。
「別に難しい話ではないと私は思っている。アーク・ルーンにはドラゴニック・オーラを防ぐ手立てがある。が、それを兵士ひとりひとりに施しているわけではない。これが私の考えだ」
この洞察に、六人の七竜姫は目を見張る。
アーク・ルーン軍は五十万に及ぶ大軍だ。その全員にドラゴニック・オーラを防ぐ装備を与えるのは、いかにアーク・ルーンのような大帝国でも難しいだろう。
が、逆に、ドラゴニック・オーラを防ぐ技術が確立しており、魔道戦艦や魔甲獣などの主力兵器、黒林兵や毒牙兵のような中枢部隊には施してあるのは確実だ。
「まっ、我がクソ兄貴ベダイルのクソ野郎が、ドラゴニック・オーラを弾くコーティング技術を研究していたのはたしかだ。完成したかどうかは知らないがな」
一応はとぼけるが、ほとんど推測を肯定されたウィルトニアは、視線を鋭くして、
「が、それよりも重要なのは、私が両足に食らった矢だ。かわしたと思った瞬間、軌道が変わったのは魔法の作用なのだろう。だが、矢が刺さるや、痺れが走ってマトモに動けなくなった」
「ちょっと待て。当然、ドラゴンの耐性を用いていたのだな?」
どれだけ強力な毒も、ドラゴンには通じない。毒に対する耐性が強いというより、超生物たるドラゴンの肉体は、毒に侵されるような脆さとは無縁なほど強靭であるからだ。
竜騎士もその耐性を借りられるので、昨年、毒牙兵の武器の餌食になったのは、騎士や兵士ばかりという実績もある。
クラウディアが確認を取ったのは、毒ではなく魔法でマヒさせられたという点に絞り込むためなのだが、
「魔法、マヒさせるのある。けど、それ、魔法でマヒの成分、作っているから」
「つまり、魔法で生み出す毒というのは、現実に作れるということですか?」
「理論上、ドラゴンに効く、魔法の毒、作るのを可能」
ナターシャの言葉が、強張った表情のシィルエールに肯定されると、七竜姫らの間に緊迫した空気が流れる。
あくまで理論の上のこととはいえ、ドラゴンに通用する毒は魔法で瞬間的に発現させるのみならず、魔道技術で現物として精製することができるということになるのだ。
それはその魔道の理論と技術が確立した時、ドラゴンの毒殺は魔術師に留まらず、一兵士にも可能となるのである。
今、ベッドにいるのがシィルエールなら、魔法で具現化しただけか、精製されたものかが判別できたかも知れないが、ウィルトニアにはその手の知識がないのでどうしようもなく、フレオールにどうにか確認しようとしているのだ。
「けれど、魔法については門外漢ゆえ、的外れな見解かも知れませんが、去年の戦でそのようなものが使われた形跡がなかったということは、その毒は今年になって作られたということになるのでは?」
「あっ、そういうことか」
ティリエランの指摘した点に対して、ミリアーナが顔を歪めたのは、真っ先にドラゴンに通じる毒を作るのに必要なものに気づいたからだ。
何か気づいた風のゼラントの王女に、六ヵ国の王女が視線を集中させて、無言で次の言葉を促す。
ミリアーナは思いきり言い難そうな表情と口調で、
「……我ながらイヤな想像だけど、竜騎士が奮戦も虚しく敗れたとしたら、ボクと同じか若い見習いは、抵抗も虚しく捕らえられたとしたら、彼らはどう遇されるかな?」
「ああ、最悪な話だ。年端のいかない若者たちが人体実験の材料にされたなどと、それが的外れな見解ならどれほどいいか」
そう吐き捨てるクラウディアのみならず、嫌悪の色で満ちる七竜姫らの視線は、軽く肩をすくめるフレオールへと、突き刺さるように向いていた。
人だろうがドラゴンだろうが、新たに作った毒や薬が本当に効くかたしかめるには、投与して臨床実験を行うより他ない。
昨年、十六に満たぬ身で乗竜を駆り、侵略者に一矢、報いようとしたワイズの竜騎士見習いたちは、犬死にですまず、侵略者の新兵器開発の材料となったことになる。
「名ばかりの司令官だが、去年、捕らえた竜騎士見習いらを帝都に送ったのは認めるよ。それに対して、仮に我が国が、否、ネドイルの大兄が非人道的な処置を取ったとしたら、オレはその点を非難どころか、むしろ支持するな。竜騎士への有効な手段が一つ増え、我が軍の犠牲が一人でも減ったならね」
「私はますますオマエらを、一人でも多く地獄に堕としてやりたくなったが、後輩の無念をどうにかしてやれない我が身はふがいない限りだ。だが、どれだけ悔しかろうが、我が軍が地獄に叩き落とされた方策がわからぬ以上、キサマの口から解答を得るしかない」
「いや、そんな難しい話ではないぞ。おそらく、ヅガート将軍はフリカを経由して、ワイズ・タスタル軍の背後に出たんだろう」
「そ、そんなことが可能なのですか?」
ティリエランは疑問を抱きつつ、彼女もバカではないから、フレオールの明かした作戦の大筋を他の姫たちも理解していく。
「フリカ、国境、突破されたら、友軍に、父の元に、報告いく」
「けど、フリカ軍やフリカ王の元に報告はいきますが、他国への連絡はフリカ王を介してになりますわ。つまり、フリカに攻め込んだという報はフリカ王からタスタル王の元に届き、それからウィルの所に使者が行くはずではなくて?」
「ああ、そうだ。私がタスタル王より、フリカがアーク・ルーンに攻められたと聞いたのは、背後から攻められた前日だ。それもフリカが攻められたと聞いたから、敵の全面攻勢しか頭になかったから、ますます正面の敵への警戒を強めた」
「いや、ウィル先輩、それは当然だよ。フリカを攻めている敵が背後に回るなんて、完全に警戒の外だよ。けど、十万とか、そんな大軍、フリカでまったくさえぎられず、タスタルに南から侵入したことになるけど……」
「いや、思い返してみると、背後から攻め込んだ敵は、そう多くなかったように思う」
ヅガートがフリカに攻め込み、砦を一つ攻め落とした直後、九万九千二百を敵の耳目を集めるために残し、自らはわずか精兵八百で間道を使って東に進み、さらに北に転進して進んで、ワイズ・タスタル軍の背後に出たのだが、それが判明するのは後日のこと。この時点では、ウィルトニアはそう多くない敵数を三千から一万と見積もっている。
「仮定の話ですが、敵が三百としても、タスタルの南から攻め入るなら、それで国境は突破されるでしょうね」
ナターシャが言うとおり、最近は連合軍の駐留を巡ってのいさかいこそあれ、タスタルとフリカは長年の盟友であり、深い信頼性を築いているのは、七竜連合のどの国も同じである。
七竜連合は互いの国境に際しては、その名に反して一騎も竜騎士を配備しておらず、隣国に備えると言うより、その一帯の治安を守るために、わずかな兵しかいない。
もっとも、ヅガートの軍事行動で最もネックとなるのは、フリカ兵やタスタル兵ではなく、両国の地理だ。先日のスラックスの軍事行動もそうだが、事前に敵国の地理を入念に調べ尽くしたからこそ、ヅガートは後背から敵陣に突入できたのだ。
だが、背後からの奇襲とはいえ、わずか八百。約四万、五十倍の敵を一時的に混乱させることはできても、それが過ぎれば体勢を立て直した敵に、圧倒的な戦力で叩きのめされるのは明白だ。
ヅガートとリムディーヌの仲はよろしくない。配下の兵に略奪を固く禁じるリムディーヌと、略奪は戦場での当たり前の権利と見なすヅガートでは、そりが合うわけがないが、それは個人の問題。
ワイズ・タスタル連合軍を背後から奇襲することを、ヅガートはわざわざリムディーヌに伝えなかったが、ヅガートの奇襲でワイズ兵やタスタル兵が混乱し、陣地の守りがおろそかになるや、リムディーヌは兵を動かしたので、十万八百の兵に前後から挟撃されたワイズ・タスタル連合軍は、一万人以上の死体と数千の捕虜を残して敗走した。
という、被害の一部が判明するのは、後日の調査が終わってからだ。そちらの大敗が終わってからの日数を思えば、敗走したワイズ兵やタスタル兵は敗残の身を落ち着かせ、アーク・ルーン軍の追撃に怯えつつ、ウィルトニアとナターシャを学園に戻したばかりなので、
「しかし、タスタルの西部を保持するなら、早急に手を打たんといけんだろう。今頃、あの一帯は略奪というか、我が軍による敵国の資産の接収に動いているはずだ」
「なっ、なっ、なんですか、それは!」
被害国その一のお姫様が声を張り上げるのも無理はないだろう。
スラックスによって負わされた祖国の大きな傷は、まだ跡となるどころか、かさぶたのかの字もできていない状態なのだ。これでその上、ヅガートやリムディーヌの攻勢が続くとなるや、もはやメッタ刺しにされている最中も同様で、ナターシャの顔は見る見る青くなる。
「ナターシャ姫に伝わっているか知らんが、ヅガート将軍の目的は宴会費用を得ることだ。だが、ワイズ兵やタスタル兵が遺棄した物資だけでは、十万の手勢と何日もどんちゃん騒ぎできる額にはなるまい。リムディーヌ将軍と山分けせんといかんだろうしな」
「ふざけるのもたいがいにしろっ! そんなバカげたことのために、タスタルの民を苦しめるというのかっ!」
顔を青くして立ち尽くす親友に代わり、クラウディアは顔を真っ赤にして怒声を放つが、フレオールはそれに涼やかな表情と声で応じる。
「タスタルの民を苦しめるというのは、ちと誤解だな。リムディーヌ将軍はワイズ兵やタスタル兵が法の元に奪った食料を、タスタルの民に返しているはずだ。残った分とはなるが」
八百人で四万人を混乱させるには、放火が必須であり、ヅガートらが放った炎は兵糧も焼いたが、焼け残りは少なくない。そうした焼け残りの食料とその他という形で、ヅガートと戦利品を分けたリムディーヌは、敵兵から奪った物を敵国の民に返している。
「つまり、略奪はしないということですか?」
言ったことがわかっていない、物を教える立場の七竜姫の発言に、教え子たる男子生徒はため息をつきかねない風に、
「略奪の対象から、タスタルの民を外すだけだ。その一帯の役所や貴族、豪商や豪族の懐は軽くはなる。リムディーヌ将軍とて、兵に特別手当てを与えてやらんとならんからな」
ヅガート将軍はとんでもない性格だが、何だかんだで兵士たちに好かれており、律儀で真面目なリムディーヌ将軍も兵からの信望は厚い。
ただ、第十二軍団の将兵が成人君子の集まりでない以上、手柄を立てれば命がけの報酬が欲しいと思うのは当然だし、リムディーヌも将軍として兵の心情と物欲に配慮せねばならない立場にある。
普段のヅガートは奪う相手を選別するなどという面倒なマネはしないが、いつも通りだとリムディーヌがヒスを起こすのは目に見えているので、同僚が現実的に妥協できる点に合わせているのだ。
貴族、豪商、豪族は言うまでもなく、役所もその運営資金もあるので、意外に得られる金品や物品は多いが、その被害総額はやはり後日でないとわからない上、そもそもタスタルだけで計算しても意味がない。
「今回の軍事行動は第五軍団以外が勝手にやっている面が大きいから、功績も罪で割り引かれるから、その分、タスタルやフリカから兵たちの手当てを確保する必要となる」
「ちょっと待って、フリカからもって、いや、第五軍団以外もだけど、まさか……?」
「ああ、ミリアーナ姫の察したとおりだ。今、防衛線が崩壊してタスタルの西部はがら空きだ。そして、タスタルが南から攻められるのを想定していなかったみたいに、今ならフリカを北から攻めるのが有効なのに、父上も気づいているだろう。第九軍団と協力して、北と東からフリカを攻めているはずだ。正確には、北から攻められ、動揺したフリカ軍に東からも攻めるというものだが」
タスタルと同じ運命と被害が訪れると知った瞬間、瞬時に真っ青になったフリカの王女は、気を失って倒れ、ライディアン竜騎士学園の医務室のベッドが二つ、高貴な身を休ませるために用いられることとなった。




