野外学習編9-3
「あの人は傭兵の時もそうだったらしいが、金があればあるだけ散財し、なくなればツケやら何やらで食いつないで、次の稼ぎまでしのいでまた散財するってライフスタイルだ。ただ、傭兵の時と違い、今は将軍としての社会的な信用と権威があるから、だいぶツケがたまるらしい。で、ツケがたまれば、さすがに店側もいい顔をしなくなり、支払いがすむまで飲み食いができなくなる。たまったツケを恩賞で払うため、戦いや手柄を求めて動き出す。まっ、元々、好戦的な人だからな」
「……ふざけるな」
敵将の戦う意義を知り、クラウディアは怒りの声をしぼり出すのも当然だろう。
昨年、ワイズ王国が滅びてから、国を失った竜騎士見習いらがどれだけ憤り、嘆いたかを、クラウディアとフォーリスは直に見聞きしている。
ミリアーナやシィルエールも、亡国の王侯貴族の悲惨な様子を人づてに聞いている。去年よりはだいぶ落ち着いたとはいえ、ワイズ出身の生徒の中には、時折、暗い顔をする者もまだいるのだ。
「敗者が悲哀に沈み、勝者がドンチャン騒ぎをするのが、世の常だ。ただ、ヅガート将軍の場合、勝利の宴に費やす金が群を抜いているからなあ。まあ、勝ったから飲むわけじゃなく、普段から飲んでいるが」
六万を越す味方の死体の上で、敵が飲んで騒ぐのに対して、憤ることしかできないのが敗者の辛さだ。
そして、それだけの血と酒ではまだ足りず、新たな血を酒代にせんとする敵将に、四人のお姫様は腹立たしさを覚える一方、
「……本当に、ヅガート将軍、動くの?」
戦慄を禁じ得ないのは、アーク・ルーンの諸将の中で、最も私生活のだらしのない男が、アーシェアを打ち破っているからだ。
ただ、お姫様たちがヅガートを過大評価している風であるので、
「オレの妄想が現実のものとなれば、ヅガート将軍は臨時収入を求めるだろうが、なに、その動向さえ把握していれば、まず大丈夫だ。一つカン違いしているから言っておくが、去年、二十万の連合軍を撃破した作戦は、イライセン殿が考えたものだぞ」
昨年、ワイズ王国にトドメを刺す形となった最終局面、クメル山に陣取ったアーク・ルーン軍に対して、アーシェアは連合軍を二つに分け、前後からの挟撃を試みた。
だが、その挟撃作戦が完遂する前に、イライセンが自らの謀反をかつての味方に伝え、意図的に大いに動揺させることで、新たな味方に全面攻勢への好機を与え、華々しく裏切り者としてのデビューを果たした。
約二十二万、倍以上の連合軍はアーク・ルーン軍十万に、一方的に叩きのめされて大敗した。
アーシェアが行方不明となったのもあるが、ヅガートとイライセンの連携の前に、ワイズ王国内での再集結ができぬほど、連合軍は敗走に敗走を重ねた。
「オレは当時、クメル山にいたが、アーシェア殿が兵を二分し、挟撃を企んでいると知った時、慌てて対応策を考えたものだが、ヅガート将軍は酒を飲んで、オレの策などうるさげに聞き流したよ。どうせ、イライセンが策を立てるから、その前にアレコレ動いても、何の意味もないってな。で、実際にイライセン殿の密使が来たから、オレだけじゃなく、ヅガート将軍以外は誰もが驚いたもんだ」
「いやあ、私も当時は驚いたものです。父様が伝えた作戦、それをアーク・ルーン軍がそのまま実行しましたから」
「しょせん、オレはお飾りの司令官だからな。ヅガート将軍が、あっちの方が敵のことをわかっているんだから、わかってない人間がアレコレ考えても仕方ないと言われれば、どうしようもない。たしかに、どれだけ内通者や密偵を通して情報を集めようが、イライセン殿のそれに及ばんからな」
ヅガートもフレオールも七竜連合について充分な調査を行っており、特に難敵であるアーシェアについては調べ尽くしはしたが、それでも幼い頃から彼女を知るイライセンの情報や知識とは比べものにならない。
他にも、連合軍を形成する、バディン、シャーウ、ロペス、タスタル、フリカ、ゼラントの手勢を率いるほどの身分の高い竜騎士となれば、イライセンは立場上、それなりのつき合いもあれば、面識くらいしかなくても、味方なのだからカンタンにその情報を集めることができる。
敵味方を通じて、誰よりも七竜連合の内情に詳しい男の作戦がどれほどのものかは、すぐに戦場で証明された。
姪を熟知しているのだから、彼女がしんがりに立つことが予測でき、アーク・ルーン軍はその抑えとして、最新型を魔甲獣二体を用意できた。さらにワイズの竜騎士や騎士、兵士が少なからずアーシェアを助けんと動くのもわかり切っているので、そうした忠義者らの背中を打つ手立ても、あらかじめ準備しておけた。
バディン、シャーウ、ロペス、タスタル、フリカ、ゼラントの軍勢で、どこが踏み留まろうとし、どこが逃げようとし、どこが右往左往するかも、イライセンの作戦案のとおりだったので、アーク・ルーン軍がどれだけ見事に対応できたかは言うまでもない。
加えて、祖国の地理にも精通している。連合軍が敗走する道筋も、再集結を試みる地点も、イライセンの洞察の正しさの証明材料となり、アーク・ルーン軍の追撃戦を完璧なものとした。
「だから、ヅガート将軍を過度に恐れる必要はないぞ。単に、言われたとおりに動いただけなんだから」
「いや、何で、言われたとおりに動けるの?」
ミリアーナの発した疑問から、恐怖の色がにじんでいるのは当然というもの。
イライセンが敵陣営の情報や地理に精通しているのだから、最も精密な作戦を立てられるというのは、あくまで理屈だ。そんな理屈など、わずかな不信で揺らぐ。
あまりに有利すぎる内応は、普通、疑うものだ。まず偽降の可能性を検討し、慎重に対応するものである。それまでの敵を全面的に信じるなど、あり得る話ではない。
ヅガートが盲目的に他人を信じるだけの甘い男なら恐くはないが、
「読み合いや駆け引きに長けた人だからな。そうだな、傭兵時代の話になるが、十万騎を一千騎で撃退したことがあるそうだ。しかも、その十万騎を率いるのは、十代で即位し、十年の内に十の国を征した、一代の英雄児だ」
「そんな相手に、百倍の数の差をくつがえすとは、どんな奇策を用いたというのだ?」
「奇策というほどではないぞ。単に、一千騎で敵の後方に回っただけだそうだ。それで十万騎が撤退を始めたらしい」
「はあ? 何で、それだけで、そうなるんですの?」
いかに背後を取ろうが、たった一千騎では十万騎の一部を回せば、軽く全滅させられるだろう。
そんな浅い推察に対して、
「もし、十万騎の指揮官がフォーリス姫なら、ヅガート将軍は一千騎でかき回すとかしただろう。が、そんな小細工が通用する相手じゃないから、賭けに出た。そして、その賭けがうまくいき、一千騎を背後に回った敵の一部と誤解させられたそうだ」
「……あっ!」
ようやく一同はヅガートの意図を了解する。
「一流には一流相手の、三流には三流相手の駆け引きがあるとのこと。背後に回ろうが、一千騎で十万騎をどうにかできるわけがない。当たり前の話だ。みすみす一千騎を無駄にしたと見るより、その一千騎が背後に回った敵の大部隊の一部と考える方がしっくりくる。それだけの数に背後に回られた以上、前後からの挟撃にあう前に、早々に退くべきと判断し、十万騎は疾風のように去った」
なまじ優れているだけに、ヅガートの駆け引きに引っかかってしまったとも言えるが、
「ちなみに、アーシェア殿は何度も空襲や奇襲を仕掛けたが、成功したのは一度だけだ。後はことごとく読まれて、痛い目にあったな」
ドラゴンは翼を有する種の方が多い。だから、空襲などという芸当も可能であり、それで周辺諸国との戦いで圧倒的な戦果を挙げてきたそれも、アーク・ルーン軍にはまるで通用せずにいる。
「しかし、逆に言えば、ヅガート将軍の駆け引きにつき合わなければいいだけだ。とにかく、ヅガート将軍の動向を常に把握する。何があっても、自陣を固く守る。そのどちらかをやり抜けば、大事にならずにすむだろう」
無論、クラウディアがただちに席を立ったのは言うまでもない。
ティリエランに新たな竜騎士を飛ばしてもらい、一刻も早く敵のアドバイスを味方に伝えるために。




