野外学習編9-2
「いったい、何が言いたいのですの? 最前線にいるウィルトニアを狙い、アーク・ルーンが策動すると言いたいのですの?」
半信半疑ながらも、フォーリスは険のある声で問いただす。
ウィルトニアのことが嫌いなフォーリスだが、さすがにアーク・ルーンの刃にかかって死んでしまえ、というところまで嫌悪の域は達していない。それどころか、その身に危険が迫っているとなれば、心配くらいはする。
そして、ウィルトニアが危険な最前線にいる以上、アーク・ルーンに的にかけられるという情報は、とても看過できるものではない。
もちろん、ウィルトニアの強さは知っているし、その乗竜は色んな意味で規格外なドラゴンだ。が、強いから大丈夫であるなら、最強の竜騎士は敗れて行方不明になっていまい。
「策ってほど大げさなもんじゃない。遠からず最前線で問題が発生し、それで隙ができたら、ヅガート将軍がそこを突かんと動くかも知れない。で、その際の最たる手柄首は誰かって話だ」
「つまりは、アーク・ルーンがそう動くということだろう?」
「別に、アーク・ルーンの作戦計画をもらしているわけじゃない。単に、現在の状況から、そうなるんじゃないかって、オレの推測を話しているだけだ。だから、何の根拠も保証ない。戯言と判断してくれても構わんぞ」
ストレートに問いかけたクラウディアは、はぐらかされたような答えに、
「虚言か否かは、こちらで判断する。キサマの推測でしかないにしても、その推測を立てる理由があるはずだ。そこのところを教えてもらいたい」
追及の手をゆるめずに問いを重ねる。
まったくのデタラメというのは、意外に難しい。偽りとは真実を歪めたものであるのが大半であり、その歪みを見抜けば真相にたどり着くのも不可能ではないというもの。
少なくとも、アーク・ルーンの内情については、フレオールがこの場にいる誰よりも詳しい。その点をいくらか聞き出すだけでも無駄とならないはずだ。
「推測を立てた理由など、大したもんじゃないよ。リムディーヌ将軍は苦しむ民の、特に女子供の姿を見逃せる人ではない。で、ヅガート将軍は稼ぐチャンスを見逃せる状態ではないだけだが、これでわからんなら、タスタルの問題を、足元を見てないにもほどがある」
「タスタルの食料事情の悪さは聞き知っている。それゆえ、民が難儀しているなど、言われるまでもない。が、それも一時のこと。我が国だけではなく、他の国も、これまで以上の食料支援をする。今はアーク・ルーンの再侵攻に備えねばならない時だ。タスタルの民にも頑張ってもらわねばならない」
「その方針そのものは、たしかに悪くない。あんたらの国の食べ物が前線に届くまで、仲良く現地の食べ物を兵と民で分け合えば、それでいいだろう。が、兵が敵に備えるだけの食べ物を集めたら、民は我慢じゃなく、餓死するしかなくなる」
かえすがえすも、カッシア城が落とされ、大量の兵糧を失ったのが大きいと言えるだろう。
城も食べ物もない前線に到着した計四万のワイズ兵とタスタル兵は、アーク・ルーン軍に備えて、現地の民を駆り出して堅固な陣地を築くと共に、現地の民から大量の食料も徴発した。
堅固な陣地を築く理由は言うまでもないだろう。四万の兵がいようが、兵力で勝るアーク・ルーン軍に対抗するには、防備を充実させる以外に方策はない。
が、どれだけ堅固な陣地を築こうが、充分な兵糧がなければ、アーク・ルーン軍と戦う前に飢えに敗れることになる。
だから、防備を高めると共に、充分な兵糧を確保するのは、アーク・ルーン軍の再侵攻に対する方策としては、軍事的に間違っていないのだ。一度に大量の食料を徴発された現地の民の多くが、飢えて死んでいくのが国防のための仕方のない犠牲にとするなら。
これは兵糧の手配がすまぬ内から、前線に四万もの兵を移動させたタスタルの落ち度でもある。この手際の悪さを思えば、他国から届いた支援食料を前線に送り、飢えに苦しむ民への配給が実施されるまで、どれだけの日数がかかり、どれだけの餓死者が出ていることか。
フレオールに指摘され、ようやく前線の深刻さに気づいた七竜姫らは、
「……それが兵が民を害するということか」
「違うぞ。リムディーヌ将軍からの食料の横流しが飛んでいる」
苦い表情と口調でもらすクラウディアの早合点を、即座に否定するフレオール。
「リムディーヌ将軍の人柄からして、そうしたタスタル民の窮状と空腹に気づけば、自軍の兵糧の一部を密かに渡すだろう。自分たちが飢えるわけにもいかんから、大した量ではないだろうが、それで飢え死にする者が一人でも減ればと考える方だからな」
タスタルのみならず、フリカの食料事情が悪化したのは、旧ワイズ王国に駐留するアーク・ルーン軍五十万の食いぶちを、トイラックが手配したためなので、
「そのリムディーヌという方は、かなりの偽善者なようですわね」
「ああ、当人もそれはわかった上で、やった方がいい偽善と判断するだろう。危険な偽善であるのも承知で、な」
フォーリスの皮肉を肯定するフレオールの表情と口調が苦いものとなるのも当然だろう。
その推測の最悪さを思えば。
「実のところ、これで何事もないのが一番だし、それなら前線で何も起きずにすむだろう。が、マズイのは、アーク・ルーンの兵糧がタスタルの民に密かに渡ったことが、タスタル軍なりワイズ軍なりにバレた時だ」
「その食料も取り上げるって言いたいわけかい?」
まさかといった表情で、甘い想像を口にするミリアーナに対して、
「いや、うちに内通したと考え、タスタル軍がタスタルの民を、裏切り者と処断するかも知れない。それこそ、裏切りの見せしめに、村の一つを焼き、皆殺しにするのもあり得るんだ」
「……!……」
あまりにも凄惨な未来予想図に、イリアッシュも含めて五人の美しい顔に驚愕に染まる。
「弁護するわけではないが、前線にいるワイズ兵なりタスタル兵は、大軍を前に常に精神的に圧迫されていて、冷静でいられるもんじゃない。いや、そうした戦の狂気に呑まれた方が、心が楽なんだろう。何より、敵から食料をもらった理由が、慈悲よりも裏切りの報酬という方が納得し易い」
「けど、そこには、ウィル先輩いる」
「ああ、そうだろうな。ただ、ワイズ兵には命令できるが、タスタル兵に対しては、そんな権限はないからな。だから、ナターシャ姫に使者を出して、タスタル兵を抑えさせるだろう」
シィルエールの指摘が肯定され、一同が安堵するのはまだ早く、
「ただ、村が一つでも焼かれれば、リムディーヌ将軍が兵を動かすだろう」
「なぜ、そうなるの?」
「リムディーヌ将軍も最悪の事態を想定しているはずだ。自分の偽善でタスタルの民に害が出たとしたら、黙っていまい」
「だが、十万に対して四万と、数は倍以上の差があるが、陣地を固く守れば、易々と負けはしないぞ」
「ああ、そうだな。陣地を固く守られたら、倍以上の兵でも、カンタンに打ち破れるものじゃない」
クラウディアの挑戦的な物言いを軽く肯定する。
実際、陣地から引きずり出せばともかく、アーク・ルーン軍とて固く守る相手を撃破するには、かなりの損害を覚悟せねばならない。
「けど、リムディーヌ将軍は別に戦うのが目的じゃない。目の前に敵軍がいれば、ワイズ兵もタスタル兵もタスタルの民を手を出せる状況じゃなくなる。それで充分だから、わざわざ戦う必要はない。ただ、リムディーヌ将軍はウィルトニア姫やナターシャ姫の性格を知らんから、長期戦を覚悟して動くだろう」
フレオールのようにタスタルにいる二人の七竜姫と面識があれば、味方の暴走を放置しないと判断して、二人のお姫様が動き出すまでの時のみ、兵を動かすに留めるだろう。
が、それがわからない以上、カンタンに兵を退くことはない。ただ、タスタルの民を守るための睨み合いが目的なら、ワイズ兵にもタスタル兵にも、何よりウィルトニアに害が及ぶ危険性はないが、
「そこで、ヅガートという将軍が動くわけですわね。その方は追い詰められているとのことですが、いったい、何が目的でウィルを狙うのかしら?」
「たまったツケを払うため」




