野外学習編9-1
「野外学習はドラゴンのように野山での生き方を学ぶための機会を得る場ですが、まあ、言ってしまえば単なるキャンプですね。一応、実技を中心とした講習はありますが、自由時間もありますしね」
今年度、四度目の参加となるイリアッシュがそうレクチャーしたのは、昨日と同様、放課後の生徒会室だった。
それだけ、自分が不在の間、ライディアン竜騎士学園史上、最悪の事件を起こしたフレオールらに対して、クラウディアの監視の目は厳しいが、それだけではなく、生徒会室にいるフォーリス、ミリアーナ、シィルエールも物問いたげな目を向けている。
ちなみに、顧問のティリエランは、本日は不在である。元々、多忙な彼女はいないことが多い上、昨日、フォーリスから提案された出来レースのために動いているので、生徒会の活動というよりも、フレオールからの情報収集に参加できないのだ。
「この野外学習の最大の目玉は、やはり最終日に行われる争旗戦ですね。広大な野山を利用してドラゴンを駆り、国ごとに分かれての競い合いです。実技の主眼は、いかなる環境でもドラゴンを駆る技術を身に着け、高めるですから。それまでに野外生活に慣れておかないといけませんし、自由時間もなるべく周囲の地理を覚えるのに用いておかないといけないんですよ」
外は大雨で実技の自主訓練ができないこともあるのだろうが、放課後の強制連行を仕方なしと割り切り、フレオールは生徒会室の片隅でイリアッシュと共に自習に励み、その合間にこうして雑談に興じている。
四人の七竜姫の視線を気にすることなく。
「しかし、国ごとって分け方じゃ、どう考えても、ワイズの勝つに決まってないか? 特に三年前など、オマエとアーシェア殿がいたわけだろ? いかに集団戦とはいえ、対抗策はないだろうに」
三年前はアーシェアが三年生、イリアッシュが一年生で共に在学していた。この二人を相手取った場合、七竜姫が総がかりでも勝つのは難しいだろう。無論、三年前に在学していた七竜姫がティリエランだけであるのは言うまでもない。
また、去年にしても、イリアッシュとウィルトニアが共に在学していたのだから、ティリエラン、クラウディア、ナターシャ、フォーリスがその対処法に大いに苦慮した挙げ句、ワイズに優勝を飾られている。
「まあ、アーシェ姉様は、反則みたいな人でしたからね。姉様が一年の時から、ワイズは五連覇を成していますよ。この後にあるトーナメントでもそうですが」
充分に反則的な強さを有する竜騎士見習いがのたまう。
ちなみに、トーナメントは夏頃に行われる学園の行事の一つで、こちらは個人戦となる。
ただ、こちらは時期的に、イリアッシュは参加しておらず、去年の優勝は若年ながら、ウィルトニアがクラウディア、ナターシャ、ティリエランの強豪を破ってのものである。
「しかし、そうなると、ワイズとタスタルは不利どころではないな。特にワイズは数の不利もあるしな」
「ええ、そうですね。数はともかく、ウィルというか、レイドがいれば、六連覇も夢ではなかったんですけどね」
他人事のように、ワイズにそれだけの劣勢と戦災をもらたした侵略者と裏切り者が語り合う。
今年入学予定だったワイズの竜騎士見習いは皆、アーク・ルーン軍との戦いで戦死し、祖国と運命を共にしている。
「ただ、数がいればいいというわけではないですがね。一年生は不慣れな分、集団戦に際しては、脆い部分になりかねませんから。もちろん、二年生と三年生の間にも、こうした経験の差はありますが」
イリアッシュの言葉に、参加の経験のないミリアーナ、シィルエール、フレオールはピンッときていないが、クラウディアとフォーリスはやや苦味のある顔となる。
何しろ、その二人はこの行事での敗北を経験しているのだから。
「けど、国ごととなると、オレはイリアと二人か。まあ、楽しみではあるな」
百人どころか、百頭近いドラゴンの的にされる状況で、フレオールは楽しげな笑顔を浮かべる。
当然、イリアッシュがいようが二人で勝てるわけがないが、勝ち目のない戦いだからこそ、己の限界を試せると喜ぶ反応に、四人の七竜姫は頭を抱えたい心境となる。
多勢に無勢とはいえ、その二人は強すぎる。無論、手加減も気遣いもなく戦えば、数の差で倒せる。が、タスタルの現状を思えば、大宰相の異母弟なり皇室に連なる軍務大臣のご令嬢を殺傷して、アーク・ルーンと外交的にもめるわけにはいかないのだ。
重要なのは、たった二人の敵ではなく、その五十倍近い味方をどう抑えるか、だ。
いかに自重を呼びかけようが、元の怒りや憎しみが尋常ではない。戦闘で興奮状態になった場合、味方の冷静さなどカンタンに吹き飛ぶというもの。
当然、七竜姫らは気をつける所存だが、それでも目が届かぬ事態が生じたからこそ、今年度のトラブルが学園の運営に支障をきたすものとなったのだろう。
ましてや、野外講習は普段の学舎とは比べものにならないほど広大な山野が舞台なのだ。そこで同胞らをまとめながら、フレオールらに注意を払わねばならないとなると、七竜姫らが密に協力と連携してもうまくいくか難しいところ。加えて、今はナターシャとウィルトニアを欠いており、ティリエランも生徒同士の模擬戦に指示を出せるものではない。
「その点は後で考えればいいだけですわ。問題が起こらないように処置すればすむだけですから」
野外学習の通例に、必ずしも倣わねばならないわけではない。特例的な処置を施し、フレオールらが問題を起こせないように、行動を封じる権限が学園側にはあるのだ。それを行使すれば、七竜姫らの監視もそう難しいものではなくなるはずだ。
「後は、雨具の用意だけかな。この時期にずれたから、その点はしっかりとしないと、いつ危ないことになるかわからないよ」
ミリアーナの言うとおり、この一帯はこれから雨期に入り、雨の日が多くなる。
山中で大雨に見舞われた時、どんな危険な状態になるか、生徒会はその点を考え、対策を用意しておかねばからないだろう。
例年なら、野外学習は雨期に入る前に行われるのだが、それが今にずれ込んだ理由は言うまでもない。
「けど、一番の心配は、前線の影響を受けることかな。天災はこれまでの経験で対処できるけど、人災はそうはいかないからね、情けない話だけど」
これもミリアーナの言うとおり、アーク・ルーンの動向をそれなりに読めていれば、ワイズが滅びることも、タスタルが大敗することもなかっただろう。
現在は捕虜返還に関する交渉がまとまり、実質的な一時休戦状態にある。普通なら、それで当面は安心できるのだが、昨日、フレオールが口にした事態が生じれば、ライディアン竜騎士学園がまたどんな余波を食らうか想像もできない。
まさか、アーク・ルーン帝国が何を企んでいるかなどと、フレオールに問いかけるのは間抜けすぎる。昨日はそう考え、侵略者に対する追及はせず、夜、五人の七竜姫は内々に集まって話し合ったが、充分な対策を取るのは不可能という結論にしかならなかった。
結論を出すにはタスタル王国、正確には最前線の現状を知らねばならないが、そんな情報がすぐに手に入るわけがない。また、フレオールの発言の真意の確認も必要である。
つまりは、昨夜の話し合いでわかったのは、話し合う材料が揃っていない点であった。
とりあえずは、ティリエランが念のため、ロペスの竜騎士をウィルトニアとナターシャの元に飛ばす手配をし、二人に警戒を呼びかけつつ、家臣に最前線の様子を見て来させてはいるが、エア・ドラゴンを駆ろうが、ロペスとタスタルの往復だけではなく、国境の偵察も加えたら、何日かかるかわかったものではない。
無論、それをただ待っていては時間の無駄なので、四人の七竜姫がフレオールへの探りを入れる機会をうかがっていたところ、ミリアーナがそれとなく、そちらに話を持っていこうとするまでもなく、
「ああ、たしかに、野外学習は中止になりかねんな。このままだと、タスタル兵がタスタルの民を害し、それを阻止するべくリムディーヌ将軍が動くと、追い詰められているヅガート将軍がウィルトニア姫を狙うだろう。レイドがいるから、取り逃がす公算は高いが、運が悪ければ、ウィルトニア姫の葬儀で恒例行事どころじゃなくなるかも知れんからな」
当然、四人の七竜姫のみならず、イリアッシュまでもが、訳がわからず小首を傾げた。




