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野外学習編5-3

 ナターシャが七竜姫の中で最も仲が良いのは、同い年のクラウディアだが、バディンの王宮に訪れた回数に劣るとはいえ、ワイズの王宮に招かれた回数はそう少ないわけではない。


 アーク・ルーンに制圧されてから、改築も改装もされてないので、ワイズの王宮はナターシャの記憶にあるままの姿であったが、


「キサマッ! 姫様をこのような場所に通すとは、どういう了見だ!」


 ニースリルが怒号を上げたのは、馬車から降り、ブラオーの案内で一同が通されたのが、一般の来客や陳情者の待ち合い室で、王侯貴族のみが通される、いつもと違う場所だったからだ。


 ドラゴニック・オーラをたぎらせるほどの怒りに、待ち合い室にいた農民らしき初老の男は恐怖に身を震わせるが、ブラオーは怯むことなく淡々とした口調で、


「御用がある方は、ここで待っていただくのが決まりです。ワイズがどのようにそちらを遇したか知りませんが、アーク・ルーンに来た以上、こちらの決まりを守っていただくより他ありせん」


 そもそも、ワイズの王族や貴族らが使っていた応接室なりサロンなりは、経費削減のために閉鎖されており、今はホコリしかない状態になっているが、そのような内部事情は、ナターシャやニースリルは知らなければ、ブラオーやフレオールもわざわざ説明しない。


「ともあれ、ここが気に入らないなら、外で勝手に時間を潰して来てください。こちらとしても、店屋か宿屋に金を落としてくれる方がありがたいんでね」


 にべもなく言い放たれ、ついに腰の剣を抜こうとするニースリルを、ナターシャは片手で制しつつ、

「私たちはアーク・ルーンに歓待を求めて、ここにいるのではないのです。彼らの扱いは、一国の使者に対して礼を失していようとも、アーク・ルーンの礼儀とはそのようなものなのでしょう。礼儀を知らぬ者に礼儀を求めても無駄と思うより他ありません」


 辛辣かつ挑戦的な発言に、ニースリルら竜騎士は溜飲を下げ、見るからに怒気を和らげていく。


 一方、礼儀知らずと言われた側は、まるで気にした風もなく、


「まあ、それでいいなら、そのままおとなしく待っていてくださいな。順番が来たらお呼びしま……」


「タニムの村の方、大変、お待たせした。トイラック様の準備が整いましたんで、こちらに来てもらいたい」


 軽く十八の小娘の戯れ言を受け流している時に、役人らしき男が待ち合い室に入って来て、先客をトイラックの元へと案内しようとすると、またもやニースリルが声を荒げる。


「待てっ! 姫様より、そのような下民を先にするなど、我が国を侮辱するにもほどがあろう!」


 突然の怒声だが、役人の方はまだタスタルの王女の来訪を知っているから普通に驚いただけだが、そんなことを知らない単なる村長の方は、わけがわからない分、あたふたと驚きのあまりパニック状態となる。

 一方で、フレオールとブラオーは涼しい顔で聞き流しているが、ナターシャは軽くだが驚きの表情を浮かべている。ただ、王女を驚かせたのは家臣の張り上げた声ではなく、アーク・ルーン側の対応であった。


 子供の頃から「待たされる」という経験がないのは、別にナターシャ一人だけのことではない。王族に生まれた彼女は、交友関係が他国の王族を中心とする名家ばかりなので、周りがこちらの都合に合わせるのが、ナターシャにとっては昔から当たり前すぎて、疑問を抱くことはなかった。


 今日、約束の刻限よりだいぶ早く来たのは、捕虜たちを少しでも早く助けたいのもあるが、こうした昔から根づいてしまった慣習のせいで、早く動けば向こうもそれに応じてくれるのが当たり前と考え、交渉の早期開始しようとした結果、家臣がその交渉そのものをぶち壊さんばかりに怒り狂う事態を招く。


「当方は、どなた様であろうが、順序を守っていただくと、先ほど申し上げた。トイラック様には、姫が着いた報告がいっている。が、なのに、特別な指示はないのだ。そちらもそれを察していただきたい」


「つまりは、承知の上の非礼かっ! ならば、タスタルの面目にかけて、キサマたちを、否! トイラックを討たねばならんわっ!」


 ニースリルのみならず、他の竜騎士らも剣の柄に手をかけ、ドラゴニック・オーラをみなぎらせ、正に一色触発の状況となると、


「ブラオー、結果はわかっているが、こいつらはうちの国の流儀を理解していない以上、オレらが何を言ってもおさまらんだろう。ここはトイ兄に来てもらって、判断してもらうべきだと思うが?」


「……そうですな。ここで無用な騒ぎを起こし、我らはともかく、無関係な良民に害が及べば、トイラック様に申し開きのしようがない。タスタルの方々よ、それでいかがか?」


 顔を青くして恐れおののくタニムの村長を横目に見ながら、ブラオーがもめ事を避けようとする。


 アーク・ルーン側の譲歩にニースリルらは気勢を削がれた形となり、判断を仰ぐようにナターシャに視線を集める。


 家臣らの無言の問いかけに、タスタルの王女は少し考え込んでから、


「……こちらにもタスタルの国使としての立場と面目があります。ただ、郷に入りては郷に従えという言葉も知っているつもりです。我らを後とする判断、トイラック卿の口から直に聞いたならば、納得してそちらの定めた規則に従いましょう」



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