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野外学習編5-1

 ライディアン竜騎士学園で空前の大事件を起こし、無期停学処分を受けて謹慎中であるフレオールとイリアッシュが、学生寮の自室から出られた理由は二つある。


 一つは、タスタルで行われる戦死者たちの慰霊に七竜姫が皆、参列するために同行させねばならなかったこと。


 そして、もう一つは、煮詰まっているアーク・ルーンとの捕虜返還交渉に協力させるためである。


 タスタル軍に大勝利をおさめたスラックスは、十万の兵と二万五千の捕虜を率いて引き上げながら、討ち取った三十ほどの竜騎士の生首を持たした使者に、捕虜交換に関する書状をタスタル王の元に届けさせたが、そこでは二万五千のタスタル兵については触れていない。


 魔戦姫二体との交換材料としたのは、乗竜を失ったところを捕らえた四人の竜騎士、正確には元竜騎士である。


 竜騎士の大半は名門貴族の生まれであり、交換材料とした元竜騎士の一人は、タスタル王家と縁戚関係にあるほどだ。


 その四人の誰もが、何かしらの形で有力貴族とつながっているし、アーク・ルーンに鼻薬を嗅がされているタスタル貴族は何人もいる。その辺りから二対四の捕虜交換の話が急速にまとまって成立したので、タスタル王国は改めて、約二万五千の捕虜となったタスタル兵に関する交渉は始め、すぐにそれは停滞を見せる。


 ワイズ軍を駐留させるほど兵力が不足しているタスタルとしては、早急に二万五千の兵を取り戻さねばならないが、それに対してはアーク・ルーンは決して難色を示していない。


 捕虜は戦利品であり、昨年もアーク・ルーンは金さえ払えば、ビジネスライクに捕虜を解放しており、そのスタンスは今年も変えていない。


 去年と違うのは、捕虜の数とタスタルの国庫である。

 充分に余裕があったタスタルの国庫も、去年からかさみ出した戦費、トイラックによる経済混乱までは目減り程度ですんだが、今回の大敗による支出はそんなものではすまなかった。


 約一万三千の戦死者の遺族への慰労金だけでも莫大な額になるというのに、カッシア城などの壊された城や砦らを修復する費用、アーク・ルーン軍に奪われた四、五万人分の武器や兵糧などを再購入する代金も必要な上、約二万五千人の捕虜の身代金である。


 勝利の女神の偏愛を受けるアーク・ルーンによって、貧乏神に取りつかれたタスタルが払うものを払えず、捕虜の返還交渉が完全に金策待ちの状態にある中、状況打破に動いたナターシャは現在、旧ワイズ王国の王宮に向かっている。


 父王や重臣たちを説き伏せて特使となり、無期停学中のフレオールの協力と魔法で、タランドまで転移したナターシャの傍らには、魔法戦士のみならず、五人のタスタルの竜騎士がいる。


 タスタル王や重臣一同はナターシャが敵地に行くのには反対しており、イリアッシュとベルギアットを人質としてタスタル王宮に残し、護衛をつける条件を飲んで、最後には押し切ることができたのだ。


 ただ、フレオールの術でワイズ王宮の側にある空き家に着くや否や、


「まさか、姫様を歩かせるつもりではないだろうな?」


 二十代半ばという年齢と、女性ながら王女護衛の責任者に選ばれるだけあり、ニースリルという名のその竜騎士は優秀な人物であるだけではなく、祖国と王家への忠誠心の厚さはその要求から充分に伝わろう。


 ニースリルの物言いに、むしろナターシャの方が困った顔となり、フレオールはやれやれといった風ながらそれに応じた。


 ナターシャが父親や家臣らを説得している間に、ベルギアットがタランドに転移して、トイラックにタスタルの王女の意向を伝え、スケジュール調整をしたが、何分、急な会談である上にタイミングが悪かったらしく、ワイズ代国官兼東方軍後方総監が応じた日時が本日の夕方だというのに、フレオールらの頭上の太陽は、中天から西へと向かい始めたばかりだ。


 約束の時刻よりまだまだ時間はあるが、一刻も早く二万五千の同胞を取り戻さんと焦るナターシャが、早すぎる出発を選んだのだ。


 馬車を用意して向かうより、王宮まで歩いた方が早いが、無駄に時間を使った方がいいので、フレオールはマジック・アイテムで連絡を取って迎えを求めた。


 ワイズ王国の所有していた、王族専用のものを筆頭とする豪華で立派な馬車は、昨年、そっくりとアーク・ルーンの手に落ちてすぐに売り払われたので、ナターシャらの前に停車したのは、頑丈だが飾り気のない馬車で、ニースリルら竜騎士はその見栄えの悪さに、ドラゴニック・オーラを発現させるほどだった。


「非礼なっ! これがアーク・ルーンの礼儀かっ!」


「いやなら、乗らないか、自前で用意してくれ」


 くだらない抗議にマトモに取り合わず、フレオールは馬車の御者台に歩み寄り、


「誰かと思えば、ブラオーか。何で、憲兵隊長がここにいる?」


「決まっている。トイラック様の側で働くためだ」


 呆れた調子でフレオールの問いかけに答えた、四十がらみの大男ブラオーは、刀傷のある凄味のある顔立ちをしているだけに、犯罪を取り締まる側より犯す側の風貌をしていた。


「だから、憲兵隊長などというもんは辞めてきたわ。手下たちも同じ選択をしたヤツは何人もいる。トイラック様に会わねば賊として縛り首となった身だ。惜しむところなど何もない」


 山賊の親分から憲兵隊長となったが辞職し、今は一介の御者となった男の、晴れ晴れとした快活な答えは、別段、声を抑えているわけではないので、タスタルの王女を軽く驚かせた。


 が、御者台にいる男よりも、はるかに高貴な生まれの家臣たちがいきり立っている状況では驚いてばかりもいられず、


「落ち着きなさい。私たちは怒るより先に、囚われの同胞のことを考えねばならないのですよ。もし、苦境にある彼らのことを考えられないなら、何を守るべきかわからない者はこの場を去りなさい」


 王女から強い口調で言われれば、竜騎士たちは怒りとドラゴニック・オーラを抑えねばならない。


「姫様がそう仰るなら、この非礼には目をつむりましょう。が、こやつらが姫様を、タスタルを軽んじるならば、臣としてそれを見逃すことはできません」


 ニースリルらはナターシャに頭を垂れながらも、おそらく敵に聞こえるように声を張り上げる。


 が、それを耳にしたアーク・ルーン側は、つまらない芝居を見せられたような表情をしながら、


「まっ、こいつでいいなら乗ってくれ。言っておくが、トイ兄がいつも使っているもんだぞ、これは」


 フレオールは馬車のドアを開き、固そうな座席をその感触と無縁な六人に披露する。


 また顔色を赤くする家臣らをナターシャは制すると、無言でフレオールと共に外観と同様に飾り気のない車内に乗り込むと、ブラオーはゆっくりと馬車を走らせた。


 徒歩の竜騎士らがついて行ける速度で。


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