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プロローグ4

「ごめんなさい、ごめんなさい……兄さんが、兄さんが、まさか、こんなことをするなんて……」


 地下牢の檻の中、その少女が泣きながら詫びるのは当然だろう。


 そこにいるのが彼女のみなら、悲しいとも辛いとも思わなかっただろう。地下牢は快適とはほど遠い環境だが、そこには路上と違って屋根も寝台もある。食事も残飯に比べればずっとマシだ。


 口答えを理由に地下牢に叩き込まれても、このまま処断されても、自分ひとりのことなら、兄の処置にただ従っただろう。


 父親を失ってから、路上で生き抜くのに、兄がどれだけ苦労したか。それを知る彼女は、自分だけのことなら、兄を信じ、何か理由のあってのこと、そう考えることができた。


 どんなに苦しくても、足手まといにしかならない、幼い妹を見捨てなかった兄ゆえ。


 が、同じ地下牢の檻の中に、二人の少年がいるとなれば、話は別だ。


 その三つ年上と一つ年下の少年は、貴族でありながら、卑しい身分の少女が共に暮らすことを嫌がるどころか、暖かく迎え入れてくれた上、お屋敷暮らしに不慣れな彼女を兄ともども、何くれとなしに助けてくれた。


 それだけではない。高熱で死にそうになったところを助けてくれ、さらに侯爵家の邸宅という夢のような場所で暮らせるようにしてくれた大恩人が、暗殺者に襲われて死にかけているというのに、その大恩人をこの地下牢のどこかに幽閉し、その絶大なる権力を奪った兄は、彼女にとってはもう別人になったとしか思えなかった。


 もっとも、そのわかり辛い本質と大才を理解できないのは、唯一の身内である彼女だけではない。大部分の人間がそうだからこそ、今、この国では大乱を起こされつつあるのだ。


 だからこそ、そのような時に少女と同じ牢に叩き込まれた二人の少年の内、年長者である方は、己の未熟さを痛感した。


 これから仕組まれた内乱が起ころうという時に、彼に与えられた役割は子守りだ。つまり、表舞台の配役に自分の名前もなければ、裏方に回る必要もないということだ。


「大兄の指示だろうが、オレはその程度にしか評価されていないというわけか」


 その少年、暗い色合いの赤毛のヴァンフォールは、内心で自嘲気味に笑う。


 人質役なら、この牢に入れられた異母弟だけで充分だ。それゆえ、この地下牢は人質を逃さぬ名目で、兵で固めてあるから安全なため、少女もここに入れられたのだろう。


 が、身の安全を計ったから心配はいらないとはならず、心のケアに配慮して、十六歳の少年は巻き添えのような形で、二人の年少者、特に少女の面倒を見ねばならなかった。


「……気に病むことはない、サリッサ。トイラックが欲にくらむようなヤツじゃないのは、オレが何より知っている。だから、今までのように、兄を信じる心を保て。すぐにとはいかずとも、きっと成すべきことを終えれば、トイラックは謝りながら、オレたちをここから出すだろう」


 泣きながらすがりつく少女サリッサに、何時間にも渡ってそうした言葉をかけ続けるのは、子守りという役回りを忠実に果たしているからではない。


 ネドイルとトイラック。その二人が己の定めた生き様をただ突き進み、だからこそただ遠く、高くを目指せるということを、彼は何よりも理解しているからだ。


 それを思えば、ヴァンフォールに未熟さを悔いる時などなく、ただ最善を尽くし続けるより選択肢はなかった。


 まだ遠い二つの背中に追いつき、並んで歩くためにも。


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