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入学編2-1

「アーク・ルーンから来た、フレオールだ。うちの国が六竜連合を滅ぼす間になるが、よろしく頼む」


「イリアッシュです。皆さんの知っての通り出戻りですが、よろしくお願いします」


 クラスメイトらの非友好的な視線を浴びながら、二人の新入生が、一日遅れの自己紹介を行う。


 ライディアン竜騎士学園の一学期の二日目、二年生と三年生は通常のカリキュラムに戻るが、一年生は担当教官による正式な学園案内によって一日を費やし、授業が始まるのは明日からとなる。


 イリアッシュのような特別な例を除き、まだ勝手のわからない一年生に、上級生らの授業風景を見せることで、今後の参考とするというのがこの学園案内の意図である。


「それでは、自己紹介が終わったところで、私の番とさせてもらいます。これから一年間、皆さんの担当教官を務めるティリエランです。皆さんと同じ、教官一年目ゆえ、未熟な点はあると思いますが、皆さんが優れた竜騎士となれるよう、努力を怠らない所存です。なので、私と共により良い一年を過ごせるよう頑張っていきましょう」


 昨日は他の教官に代理を務めてもらい、一日遅れの自己紹介をおこなう。


 新米教官はベテラン教官の補佐を務め、その下で教官としてやっていくコツをつかんでいくのが常だが、ティリエランの場合、立場が他の教官と異なるし、何より今年は異例中の異例な新入生がいる。


 フレオールの扱いはアーク・ルーンへの政戦両略に関わりかねず、へたな判断をして外交問題となったら、一介の教官では確実に詰め腹を切らされるので、誰もが担当をひたすら拒否した結果、ティリエランにおはちが回ることとなったのだ。


 彼女の場合、マズイ判断をして責任が問われることになっても、生首をアーク・ルーンに送られる心配はまずない。職場の先輩らの命を守るため、新米教官は新入生らの担当教官となり、自分より成績の良かった、かつての親友を指導する、不愉快、極まりない心中を押し隠し、ティリエランはあいさつをすませると、手際良く本日の段取りを説明していく。


 ライディアン竜騎士学園の一般教室は、長テーブルが段差をつけて配置し、その後ろに生徒ひとりひとりに用意されたロッカーが置かれている。


 五十人の生徒が授業を受けられるだけの座席があるので、二十八人の新入生では空席が目立つ。その空席が教室の後ろと両端に集中しているのは、そこが教壇に立つ教官と、その背後のボードが見難いからだろう。


 もっとも、見易い位置でも、並んで座るフレオールとイリアッシュの周りは空席となっているが。


 イリアッシュに劣るとはいえ、生徒会長に選ばれるだけあって、ティリエランも充分に優秀であり、また学生の時から自分の将来を定めていた彼女は、教官という職務をちゃんと予習していたので、むしろ初々しさに欠けるほどの教官ぶりを見せる。


 入学式でのトラブルで、二日目で全員が揃った一年生は、


「それでは、授業の見学に行きます。二年、三年は授業中なので、邪魔にならないよう、静かにして下さい」


 三年前、自分がされた注意を口にし、ティリエランを先頭に教室を出る一年生らは、自然と七つの集団に分かれる。


 人が三人いれば派閥が出来る。そんな警句があるように、ライディアン竜騎士学園では、どうしても出身国別にグループや派閥を形成する傾向にある。


 祖国が違っても、仲の良い者はいくらでもいる。が、この学園では仲の良い者同士で固まるより、国別で固まってしまうのだ。


 さらに派閥のリーダーは親の地位で決まる習慣もできてしまっている。


 ミリアーナやシィルエールが入学すると、例え上級生でもゼラントやフリカの生徒は祖国の王女を仰ぐようになり、ティリエランが卒業すると、ロペスの生徒もロペス王家の遠縁に当たる二年生に従うようになった。


 ティリエランの周りは、それが当然のようにロペスの生徒らが固めてしまい、ミリアーナの周りにゼラントの生徒、シィルエールの周りにフリカの生徒が集い、バディン、シャーウ、タスタルの生徒がそれぞれに固まり、フレオールとイリアッシュが二人きりだったのは、そう長いものではなかった。


「やあ、ボクの名前はミリアーナ。ミリィと呼んでくれていいよ。しかし、昨日といい、今日といい、凄いあいさつだね」


 声をかけられたフレオールは、思わず失笑しかけてしまう。


 演技なのか、素でそういう性格なのか、ミリアーナ自身が自然に明るく声をかけてきたのに比べ、彼女の背後に並ぶゼラントの生徒らの笑みがあまりにぎこちなかったからだ。


 クラウディアの弟やティリエランの妹を知っていたフレオールは、七竜連合の主だった王侯貴族ぐらい記憶しているので、ミリアーナの身分を確認することはせず、


「オレとしては当たり前のことを言っているつもりなんだがな。去年までならともかく、もう七竜連合に勝ち目なぞまるでないんだから。むしろ、徹底的に負けるあんたらが、こんだけのんびりしているのが信じられん。余力があるうちに負けた時の準備をせんと、悲惨な負け方をすることになるんだぞ」


「いやあ、本当に凄い自信だね。けど、去年ならともかくってことは、去年ならボクたちが勝てたってことかい?」


 これまでイリアッシュを前に心理的な余裕のなかった、学園長、新米教官、生徒会長、副会長、会計と違い、ぎこちない笑みを引きつらせる家臣らとも違い、ゼラントのお姫様は取り乱すことなく切り返す。


 ちなみに今は授業中であるゆえ、二人は意図的に抑えた声を発している。そのため、フレオールの国辱ものの発言は、近くにいるゼラントの生徒しか聞こえていないだろう。


 無論、小声で内容が聞き取れずとも、ティリエランにはミリアーナがさっそくアプローチをかけているのがわかるが、おしゃべりをとがめるようなマネはしない。これは、会話しているのがこの二人だからではなく、声を抑えて静かにしているからだ。


 学園に慣れていない一年生は、大半が緊張している。その緊張をほぐすのに、静かに話す程度は黙認する。もちろん、おしゃべりがエスカレートして、騒ぎ出したら、すぐに注意するのがティリエランの役目だ。


 そして、怒り出さずに聞くべきことを聞いたミリアーナに対して、


「去年なら、勝敗は五分五分だった。だから、ネドイルの大兄は、オレを司令官に据えたんだ」


「それは、君がいたから、アーク・ルーンが勝てたってことかい?」


「違う。勝てたのは、ベル姉、もとい、魔竜参謀ベルギアットの力だ。オレの役割は、それで勝てなかった時のスケープコートだ」


 思いもよらぬ回答は、ミリアーナとその家臣である同じ国のクラスメイトらを困惑させる。


 ちなみに、フレオールがベルギアットをベル姉と呼ぶのは、自分が生まれるより前からネドイルに仕えていた彼女と、幼い頃より接していたからである。


「常勝無敗のヅガート将軍が率いる第十一軍団。それが敗れたとなれば、アーク・ルーンを恐れて従っている者らに、いらぬ反逆を企てさせてしまう。が、負けた理由が十五の小僧のマズイ指揮となれば、ヅガート将軍の武名に傷つかず、内外への影響は小さくすむ」


「それを承知で引き受けたのかい? それは忠誠心ゆえかい? それとも、お兄さんに命じられたからかい?」


「大兄に頼まれたからだが、個人的な興味もあった。あのヅガート将軍が負けるかも知れないと言われて、正直、最初は大げさな、と思ったが、実際にワイズに攻め込んだ当初、こっちは手も足も出なかった。それどころか、大した被害ではなかったが、あのヅガート将軍がしてやられるなんて、悪い夢としか思えなかったぞ」


 ミリアーナらの困惑がますます深まる。


 昨年の戦い、悔しいが七竜連合は負けっぱなしというしかない内容の戦いだった。アーク・ルーンが苦戦したなどという話、一国の王女であり、去年は王宮にいたミリアーナは、聞いた覚えがない。


「けど、それなら、まだこちらにも勝ち目があるんじゃない? それを万に一つも勝ち目がないってのは、言いすぎなんじゃないかな?」


「人の話を聞いているのか? 去年までなら、だ。七竜連合はうちに勝てなくても、負けない戦いが可能だった。が、それが不可能になった以上、もう一方的に叩きのめされ、悲惨な末路をたどるしかないんだよ。このまま戦い続ければ、な」


「だから、降伏しろってわけかい? ボクたちの心配してくれているってわけ?」


「偽善でも、マシな幕引きができた方がいいからな。昨年、大兄らの有能さとあんたらの無能さで六万人以上が死んだのを見た身としては、言わずにいられんわけよ」


 言った後、フレオールが感心したことに、ミリアーナはまだ怒り出さず、むしろゼラントの貴族の子弟らが激発しそうになるのを視線で制してから、


「じゃあ、君はボクたちにマシな幕引きをご教授するために、わざわざこの学園に来てくれたのかい?」


「それはついでだな、オレには。昨年の戦でのアーシェア殿の武勇はまっこと、見事なものであった。また、イリアの腕前のかなりのもの。そして、その二人の師である双剣の魔竜は、それを上回ると聞いた。我がオクスタン侯爵家は武門の家柄。竜騎士の強さ、何より双剣の魔竜がここにいるとあっては、武門の家に生まれた男子として、ライディアン竜騎士学園に我が槍がどこまで届くか試したくなるというもの。で、そういう話をしたら、ネドイルの大兄はそれを自らの策に利用し、オレがここにいるというわけだ」


「なるほど。でも、そんなことまで話をしてもいいの?」


「別に個人的なことだし、大局に影響するような情報を口にしているわけじゃないからな」


「そう言われれば、そうかも。じゃあ、ネドイルがいかなる策のため、君をここに送り込んだか。それは聞いても無駄かな?」


「それも大局に影響がない情報ではあるんだが、ただ自分以外のプライベートに関わるんで、ちょっとオレの口からは言えん。けど、ヒントを二つばかり口にするなら、策だと思わせるのも策の内にある。策とは敵に対して用いるだけじゃない。もう一つオマケすると、ネドイルの大兄も人である以上、失敗することもあれば、判断を誤ることもある」


 見た目に反するお姫様らしくないお姫様のしたたかさに、敬意を表してサービスと言えないサービスをする。


 無論、この程度のヒントで真実にたどり着けるものではない。むしろ、万が一にもこっけいな真実にたどり着いた場合、タチの悪いジョークが解答者らを笑えなくしただろう。


「ははっ、さっぱり、わからないや。まあ、父様や兄様にでも報告して考えてもらうよ。さて、そろそろ静かにしないとマズイけど、最後にもう一つくらい、どーでもいい情報をくれないかな?」


 ミリアーナが会話を打ち切ろうとするのは、見学先の特別教室が近づいて来たからである。


 いかに小声であろうが、これ以上、しゃべっていると、ティリエランに怒られてしまう。


「どーでもいいヤツね。そうだなあ……」


 ミリアーナの要請に応えるべく、右手を顎に当てて考え込むフレオール。


 鮮度を失い、もう知ったところで意味のない情報を聞き出すことは、しかし無意味ではない。


 ともかく、フレオールにしゃべらさないと、失言を期待することもできないからだ。


「じゃあ、ネドイルの大兄が十年に渡って行った、あんたらへのプレゼント攻撃。あれが七竜連合に対する、謀略の土台になっているんだ。にも関わらず、あんたら、ネドイルの大兄の贈り物を、よく考えもせずに受け取っていた。それが、どれだけ危険であるかも知らずに」


「へえ、そうなんだ」


 キレイな腕輪を贈られたことのあるミリアーナは、うなずきはするものの、どう危険であったかがまったくわからなかった。


 もちろん、フレオールはわかり難いように言っているので、直接、答えを聞いてもはぐらかされるだけなのはわかっている。


 そもそも、フレオールがこのことを言ったということ自体が、解明しても意味のない情報であるというのを示していた。


 ミリアーナは見学先に至ったこともあり、わからないまま放置することにした。彼女も優秀ではあるものの、まだ一年であり、学園生の本分である勉学に勤しまねばならない身であるので、国家間の謀略にばかり気を配ってもいられなかった。


 皮肉なことに、一年生が最初に訪れた見学先の授業は、対魔学という今年度より新たに取り入れられたカリキュラムだった。


 アーク・ルーンとの戦争状態に突入し、ワイズ王国が滅びるほどの大敗は、七竜連合に魔法に対する知識不足を痛感させた。


 今後、アーク・ルーンと戦う以上、魔法に関する知識は生死を左右しかねないので、ライディアン竜騎士学園は魔法に対抗するための学問、対魔学を必修科目として導入したが、何分にもワイズ王国の滅亡後、半年とかけられずに新設した代物ゆえ、準備不足が多々とその教室には見受けられた。


 空き教室を急いで改造した室内には、かき集めて数だけは揃えた魔道書やマジック・アイテムこそ用意されているが、フレオールやシィルエールのような知識のある者からすれば、あまりにも統一性がなかった。


 また、教壇に立つ魔術師、おそらくアーク・ルーンからの亡命者だろうが、その口から語られる内容は初歩の初歩、フレオールが十年前に母親から教えられた辺りのものだ。


 実のところ、魔術師の語る内容が間違っているわけではない。むしろ、この地に移り住んで十一年以上、魔術的な見地からドラゴンや竜騎士を研究・考察してきたその初老の魔術師は、竜騎士見習いにわかり易く魔術に関する知識を伝えている。対魔学という部門に沿った知識に加工したのが、わずか半年の間であるのを思えば、その初老の魔術師は研究者・魔導師としては優秀であり、その点にはフレオールは感心さえした。


 が、優秀ゆえだろう、講師を務める初老の魔術師はしかめっ面をしている心情が、フレオールには理解できた。


 現在、授業を受けているのはクラウディアたち三年生。王侯貴族である彼らはの学識が低いわけではないが、アーク・ルーンの貴族と違って魔術的な下地がまったくないのが痛い。


 初歩から教えて一年で、最善の授業を続けたとしても、魔法に対処できるだけの知識を与えるのは無理だ。何しろ、あくまでここは竜騎士学園であり、竜騎士になるための訓練、知識が優先される。優先項目の空いた時間を使っての指導で、複雑で高度な魔術を一から理解できるわけがない。


 実績がなく、試験的な意味合いの強い新しい学問ゆえ、オマケ程度の扱いになるのは仕方ないのだろうが、十年、いや、五年前ならともかく、このペースで今日明日と迫るアーク・ルーンとの戦いに間に合うわけがなかった。


 クラウディアら三年やミリアーナら一年が真剣に聞き、フレオールやシィルエールのような魔術を習った者からすれば、子供の頃、こんなの教わったな、と懐かしむ内容に耳を傾ける時がすぎていく中、最初にその異音に気づいたのは、教室後方のドア付近に立っていたティリエランら数名だった。


 廊下からというより、けっこう遠くから叫び声、のようなものがしたかも知れない、という程度の認識だったので、ティリエランは少し眉をしかめただけで、すぐに意識を敵国の教えに向けたが、それから授業が中断されるのに、大した時を必要としなかった。


「なっ!」


 不意に、フレオールと教壇に立つ初老の魔術師以外が、一斉に驚き、騒ぎ出したが、まずティリエランが、続いてクラウディアが教室から出て行くと、三人を除いて他の生徒も二人の王女に倣う。


「……何事だ、いったい?」


「どうも、一年の、私たちの教室に化物が出たみたいですね。それを誰かがドラゴンの鳴き声で報せたようです」


「ああ、たしかドラゴンは轟くような咆哮だけじゃなく、ドラゴンにしか聞こえない、特殊な鳴き声も出せるんだったな」


「はい。普通の人には聞こえませんが、竜騎士にもそれは聞くことはできます」


 目を白黒させて立ち尽くす初老の魔術師の他に、その場に残ったフレオールとイリアッシュが、疑問の受け答えを行う。


 ドラゴンは犬笛のような、遠くまで届き、どれだけ近くても人には聞こえないが、特定の生き物には聞こえる音を出せ、当然、それを聞くこともできる。その能力を竜騎士も用いることができるので、一年生の教室からわりと遠いこの特別教室に、己の危機を報せることは不可能ではない。


「何となく、想像がつくな、何が起こったか。これはマズイぞ」


「そうですね。ヘタしたら、ティリーやクラウも殺されかねないので、急いで現場に向かいません?」


 促されるまでもなく、フレオールが走り出し、イリアッシュもそれに続く。


 喜劇的な惨劇の場へと。



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