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魔戦姫編23-9

 負傷のみならず、死傷すらも元どおりにし、べったりと血の跡は残しながらも、愛らしい顔が復元したリナルティエが、ミリアーナの右足をつかんだままおとなしくしているのは、理性も回復したからだろう。


 魔戦姫一号体の驚異的な再生能力の真骨頂、蘇生が果たされるまで多少の時を要したが、ティリエランらは殺しても死なないという異常事態に呆然となっていた中、


「……あっ、空間封鎖……魔戦姫、空間、封じれば、倒せる!」


「ああ、そのとおりだ」


 突如としていつになく大きな声を出すシィルエールの発言を、フレオールはいつも通りに戻った声量で肯定する。


「魔戦姫は、極論すれば、ベル姉の能力を戦闘用に応用した存在だ。その最たる点は、亜空間に魔力の貯蔵庫を作り、そこから人体に秘すには不可能な量のエネルギーが供給されていることだ。疲れず、衰えず、戦い続けるのも、死に至る傷を再生できるのも、膨大な魔力があればこそだ」


 逆に言えば、空間封鎖を行い、魔戦姫らのエネルギー源を断てば、リナルティエやマルガレッタに勝つことは難しくない。特に、魔戦姫一号体など、七竜姫からすれば隙だらけだ。


「その点にもっと早く気づいていれば、そちらが勝っていたかも知れないがな」


 フレオールの言うとおり、空間封鎖をかけながら戦うには、もうティリエランらの現有戦力は低下しすぎている。


 口は動くが、フレオールはまだ自力で立つのがやっとの状態であり、イリアッシュも消耗しているが、消耗や疲労に加え、ティリエランらの側にはもうマトモに戦える人間がほとんどいない。


 ティリエランや一部の竜騎士がまだ多少の余力はあるだろうが、フォーリスやシィルエールは言うまでもなく、ミリアーナも残りのドラゴニック・オーラを全て費やして、ヒビが入ったであろう右足の骨を砕かれないようにどうにか守っている。


 ナターシャもマルガレッタとの戦いで息が乱れに乱れ、気力を振り絞っても、魔戦姫二号体とあと十合と渡り合えないだろう。


 これでは魔戦姫の対処法がわかっても、それを実行できるものではない。


 七竜姫の中でもドラゴニック・オーラの量で一、二を争うゆえ、シィルエールをイリアッシュと相対させていたのは、間違った配置ではない。が、もし、フリカの王女が魔戦姫と相対していれば、リナルティエやマルガレッタへの対抗策にもっと早く気づき、ティリエランらには別の形の勝利がもたされていた可能性もあっただろう。


「……何だ?」


 真っ先にそれに気づいたのは、ナターシャに魔槍を向けるマルガレッタだった。


 彼女が眉をしかめた原因、一年生の教室へと疾駆する足音は、ほどなく全員の耳に届くどころか、うるさいくらいに響き、そして一同はその正体、電光石火の動きで斬り込む存在を目にする。


 双剣の魔竜レイドに。


「くっ!」


 教室に駆け込んで来たレイドは、一直線にマルガレッタに向かい、二本の剣を振るう。


 取り回し難い長槍で、レイドの斬り込みに対応してのけた点は、さすがは魔戦姫というべきだろう。もし、マルガレッタが負傷していなければ、その双剣を十合ぐらいはしのげたかも知れない。


 だが、わずか五合。二本の剣は、ベダイルの作った槍と鎧と少女を破り、マルガレッタは眉間と喉に切っ先が突きつけられる。


「ぎゃあああっ」


 さらにリナルティエの苦痛に満ちた絶叫が響き渡る。


 乗竜に少し遅れ、一年生の教室に踏み込んだ運動着姿のウィルトニアが、ミリアーナの右足をつかむリナルティエの背後に回り込み、後ろから首にしがみついてへし折ろうとする。


 無論、圧倒的なパワーを誇る魔戦姫一号体は、ミリアーナをつかんだまま、首だけでそり投げを打って、新たな七竜姫を床に叩きつける。


 が、ウィルトニアは床に叩きつけられるのを承知で、リナルティエにしがみついたまま、右手を巧みに動かして、人差し指をリナルティエの右目に突っ込み、目潰しをかます。


 当然、指を引き抜かれた右目はすぐに再生を始めたので、リナルティエは呼吸困難に陥る。


 ウィルトニアが魔戦姫一号体の首を絞めているからだ。


 首をへし折ったところで、リナルティエは死なず、亜空間からの魔力供給で、折った首もすぐに治ってしまう。が、息を止めれば、酸素の供給を止めれば、魔戦姫でも気を失おうというもの。


 だから、リナルティエはミリアーナから手を離し、ウィルトニアの腕をつかもうとする。


 対して、ウィルトニアは首を絞めるのを止め、伸びてきたリナルティエの右手首をつかみ、ねじり上げようとする。


 が、亜空間から供給される魔力で、怪力を振るえるリナルティエは、極められた右腕を強引に外そうとし、


「ぎゃあああっ!」


 右腕をへし折られ、絶叫を発する。


 いかに間接を極めようが、リナルティエの怪力ならば強引に外すのはカンタンだ。それゆえ、ウィルトニアは、強引に外す際の力を逆用して、素早くアームロックを極めて右腕の骨をへし折ったのだ。


 もっとも、目を潰そうが、骨を折ろうが、魔戦姫一号体はすぐに再生するので、ミリアーナが痛む右足を引きずるようにして離れると、ウィルトニアも跳んでリナルティエから間合いを取る。


「……これは仕方ないな。降参だ」


 まだ痺れが残る緩慢な動作で、フレオールが両手を上げると、イリアッシュも二丁のトンファーを捨てる。


 そして、マルガレッタが悔しげに黒塗りの長槍を手放し、リナルティエも両手を上げ、あっさりと戦況と勝敗が逆転した。


 フレオールが満足に動けず、マルガレッタが双剣を突きつけられているのもあるが、ウィルトニアだけならまだしも、レイドが参戦するとなると、正にお手上げというもの。


「……ウィル、あなたが、なぜ、ここにいるんです?」


 思わぬ一局面における逆転勝利に、喜ぶより先に、ティリエランがいぶかしげな表情となるのも当然だろう。


 ロペスの王女だけではなく、王妹も、伯爵も、竜騎士も、その見習いも、国が健在な他の七竜姫も、こぞって亡国の王女に、学園に戻って来た理由を問いたげであった。


 予想していた質問を受けたウィルトニアは、昂る心中を抑えて、


「……やはり、まだ伝わってないようなので、タスタルの戦況を告げさせてもらいます。我がワイズ軍の第一陣がタスタルの国内に入ったので、私は数名の家臣と偵察に出て、前線の様子を探ったところ、現在、アーク・ルーン軍は撤退の途上にあります」


「ほ、本当ですか、ウィル! 我が国は助かったですね!」


 喜色満面、心の底から安堵するタスタルの王女に対して、ワイズの王女は首を左右に振ってから、感情を消した顔と声で過酷な現実を告げる。


「ナータ先輩、アーク・ルーン軍は退いたのです。それは撤退が可能な状況にあるということです。遠回しな言い方で、変な期待を持たせた点は謝りますから、心丈夫に聞いてください。正確な数はわかりませんが、ざっと上空から見たところ、少なくとも二万のタスタル兵は捕虜となっています。戦死者の方はどれだけになるか、確とは言えませんが、包囲されていた三万、それを助けに向かった二万、いずれの軍勢の姿もなく、タスタルの兵の死体がただ散乱していました。貴国の損害のほどはわかりませんが、アーク・ルーン軍は充分な戦果を挙げ、悠々と引き上げています」


 最低でも二万の兵が捕虜となった。その一事のみで、ナターシャのみならず、一同の顔色を失わせる充分な大敗だ。


 フォーリスなどがアレコレと考えた策など、スラックスの迅速果断な用兵の前には、机上の空論にしかならなかったという事実と現実に、


「とにかく、前線の様子からして、我らが敗れたのは明白。なら、敗れた後のことを考えねばなりません。敵の戦果に比べれば、四桁は違うが、こちらの四人の捕虜をいかに活用して、敗戦処理をするか。それこそ、我々が取り組むべき問題でありましょう」


 ウィルトニアの提案と現実はどこまでも不愉快だったが、どれだけ不愉快だろうが、その正しさから目を背けるわけにはいかなかった。


 惨敗の事実を無視し、フレオールらの扱いを間違えれば、アーク・ルーン軍に捕らわれた二万人以上のタスタル兵の帰還が絶望的となるのだから。


「情けない話だが、幼き時と同じく、兄上に迷惑をかけねばならないか。自らの未熟さゆえ、その点は甘受するから、早々に交渉なり、取り引きなりを成立させてもらいたい。私にとっても不愉快な事態だが、それを自らの手でどうにもできない以上、ベダイル様の元に一刻も早く戻り、今回の件を詫びたい。だから、呆けておらず、とっとと動いて欲しい」


 双剣の魔竜に二本の剣を突きつけられた状態でありながら、魔戦姫二号体は憮然とした態度で、勝者たちに迅速な敗戦処理を促した。


 敗者にとって現状は等しく腹立たしいが、どれだけ不本意だろうとも、選択の余地がないのだから仕方がない。


 勝者に従い、拒むことができないのが、敗者なのだから。



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