魔戦姫編23-8
竜騎士やその見習いは、闇の中でも目視できるが、それにも限界があるので、フォーリスはすぐに能力を解除すると、教室内で倒れている人間が、四人から五人に増えていた。
ナターシャが放った電撃は、教室の中で荒れ狂ったので、敵味方の別なく、当人以外を例外なく襲ったが、それを食らったのは六名だけだ。
打ち合わせした上でのものなので、ティリエランらはドラゴニック・オーラで自分の身を守っている。
ベルギアットに空間封鎖をかけていた六人も、自分の身を守るのを優先し、闇を発生させていたシャーウの王女も、側にいたフリカの王女に守ってもらっている。
ただ、イリアッシュにのされた四人の竜騎士は、身を守る余裕などなく、味方の攻撃を受けることとなった。
一方、魔力に守られている魔戦姫ら、ドラゴニック・オーラで身を包む竜騎士見習いは電撃を弾いてのけたが、魔竜参謀と魔法戦士はその身に文字どおり雷が走っている。
ただ、ベルギアットからすれば軽い痺れが走った程度のものなのだが、人間はそうはいかない。
意識こそあるが、全身が一時的なマヒ状態となり、フレオールは真紅の魔槍を持つこともできず、床に倒れぬよう机にしがみついているありさまだ。
魔法には電撃を防ぐことのできるものもある。が、元々、ティリエランら七人と相対し、土俵際で粘っていた状況に、暗闇が突然、訪れたのだ。精神集中や呪文の詠唱を必要とする魔法など、行使するヒマがあるわけない。
フレオールに可能だったのは、とっさにティリエランらから距離を取り、机に身を隠すことだった。
もちろん、机にしがみつくように隠れる姿など、すぐに見つかるが、そうして稼いだわずかな時、ティリエランらが動けなくなった魔法戦士に詰め寄り、武器を突きつけて、チェックメイトとなるより早く、イリアッシュはフレオールの側へと駆け寄る。
二人では勝ち目がないフォーリスとシィルエールは、身を守るのを第一としたため、イリアッシュの動きを牽制できず、せっかくの奥の手で勝敗を決することはできなかったが、
「フォウ、シィル! 共にイリアを討ちますよ!」
シャーウの王女と、レイピアを拾ったフリカの王女は、ロペスの王女の指示のとおりに動く。
ティリエラン、フォーリス、シィルエール、ターナリィ、ドガルダン伯、ロペスの竜騎士四人を相手にするだけならともかく、動けないフレオールも守りながらとなると、いかにイリアッシュでも手に余るというもの。
「ギエエエッ!」
が、イリアッシュは苦戦する間もなく、リナルティエが暴走状態となり、
「全員! あの魔戦姫に備えなさい!」
ロペスの王女は指示を変更する。
ミリアーナらはリナルティエを押さえていたわけではなく、その攻撃から逃げ回っていただけにすぎない。その魔戦姫一号体が闇雲に暴れ出したとなれば、どこの誰に襲いかかってくるかわからず、全員が警戒せねばならなかった。
示し合わしたわけではないが、リナルティエが暴走するや、マルガレッタとナターシャらも武器を引いた。マルガレッタは、イリアッシュと共にフレオールを守りに向かい、ナターシャらもリナルティエに備えるように矛先を変える。
ターナリィとドガルダン伯、五人のロペス竜騎士がイリアッシュら三人を警戒し、五人の七竜姫と残りの竜騎士らは皆、リナルティエに立ち向かう。
「あの魔戦姫を仕留めます! 皆、全力でいきなさい!」
ティリエランの指示は最善と言えないが、仕方のないものでもあった。
異常な回復力を誇る魔戦姫一号体は、最も速攻で倒し難い敵だ。だから、対処の順序としては最後に回すべきなのだが、今のリナルティエの状態を思えば、落ち着いてイリアッシュらにも対処できない。
先ほどのナターシャの雷撃は広範囲に及んでいるため、威力としてはそう大したものではない。せいぜい、相手を痺れさせて一時的に動けなくさせるだけだ。時を置いて、フレオールが回復する前にリナルティエを何とかせねば、ティリエランらは再び敗走するしかなくなる。
四人の竜騎士がイリアッシュに倒され、このままでは勝ち目なしと判断し、フォーリスは最後の手札を切った。
手札を全て切った以上、ティリエランらにはもはや全力で戦う以外の選択肢はないのだ。
「私たちが攻撃を受け持ちます! 他の者はかく乱に努めなさい!」
食堂の時と異なり、リナルティエの狂闘は初見ではない。ロペスの竜騎士らは防御と回避に専念して、リナルティエの注意を引きつけ、得物をドラゴニック・オーラで最大限に強化した七竜姫らは、隙をうかがいながら渾身の一撃を繰り出していく。
武芸の素人がどこまで強くなるか。そのコンセプトで造られたのがリナルティエであり、その肉体機能は怪物的なものではあるが、その途方もないのパワーには、さしたる技術が伴っていない。
冷静にリナルティエの動きを見れば、正に隙だらけ。また狂化で理性を失っているゆえ、カンタンな術策にもはまってしまう。
ロペスの竜騎士らに引きつけるような動きにつられ、そちらに斬馬刀と意識を向けるリナルティエに、五人の七竜姫は死角から強打を叩きつけていく。
ティリエランの打棒の突きが右の肩当てを、ミリアーナの振るったフレイルが左の肩当てを、シィルエールのレイピアが巧みに右の手甲を、フォーリスのフランベルジュの一撃が右のすね当てを、ナターシャの繰り出した矛が大兜をひしゃげさせ、留め金が壊れて弾け飛ぶ。
「あのお姫様たち、思ったより強い。このままではリナが殺されかねない」
さすがに七竜姫の戦いぶりに危惧を抱き、イリアッシュにフレオールのことは任せ、マルガレッタは黒塗りの長槍を構え直して駆け出す。
無論、こうした動きに備えるために配置されているターナリィやドガルダン伯らに、イリアッシュは数発のドラゴニック・オーラを飛ばすが、その威力はゆるいものとなっていた。
フレオールは七対一の状況で粘っていたが、戦いが長引けば負けていたかも知れない。だから、イリアッシュはフォーリスらを手早く片づけるべく、ドラゴニック・オーラの消耗を度外視した戦い方をした。
元来なら、イリアッシュもフレオールと同様、回復に努めるべき状態だが、手札を切っているのは何もティリエランらだけではない。
リナルティエが狂化したのは、フレオールが動けなくなったからなのに加え、ここが勝負所と踏んだからだ。
相手が最後の手札すら切ったならば、ここをしのげばティリエランらにはもう打つ手は残っておらず、退くより他なくなる。
それを察してマルガレッタも動き、イリアッシュも回復ではなく支援を選んだ。
パワーダウンしているとはいえ、イリアッシュのドラゴニック・オーラは充分な威力があり、何よりその知性に消耗や疲労は見られなかった。
「ハアアアッ!!!!!!!」
イリアッシュの放ったドラゴニック・オーラを、ターナリィら七人がかりで防ぐ。
射線的にかわせば、リナルティエかティリエランら、どちらに当たるかわからない以上、ターナリィらには防御しか選択肢はないが、イリアッシュの消耗を知らない彼女らの行動は明らかに過剰なものであり、当然、それでできた隙をマルガレッタを突いた。
「ハッ! ハッ!」
黒塗りの長槍が過剰防衛に走った竜騎士ふたりに、竜鱗の鎧を突き破り、胸部に深手を負わせる。
「私があの魔戦姫を抑えます。あなた方はイリアッシュに対処しなさい」
自身は打棒を構えて、マルガレッタの前に立ちふさがるターナリィの行動と指示は無茶もいいところだった。
威力が弱まっているイリアッシュのドラゴニック・オーラを、ドガルダン伯ら四人で防ぐことは何とかできるだろうが、もしフレオールの側を離れて、イリアッシュが接近戦を挑んできた場合、七竜姫を欠く四人では勝ち目などない。
が、それ以上に魔戦姫二号体と一対一となったターナリィは守りに徹して、姪たちが魔戦姫一号体を倒すまでの足止めに努めるのもできそうになかった。
堅実な戦い方をするマルガレッタは強攻突破に向かず、リナルティエに比べれば攻撃力に劣る。それでも、決して弱くないターナリィの必死の防御を破り、わずか数合で竜鱗の肩当てが突き破られ、右肩に負傷を負わせる。
「……くっ!」
「学園長!」
呻くターナリィに、トドメとばかりに繰り出した黒塗りの長槍は、しかしナターシャの矛で寸前で止められる。
十七の小娘は魔槍の穂先を一つ年上の小娘に変えると、傷を負った三十女は足手まといにならぬよう、そっとその場を離れる。
ターナリィと同様、ナターシャは守りを固めて、味方がリナルティエに勝利するまでの間、マルガレッタの足止めに徹しようとするが、
「なっ!」
その意図は明白ゆえ、矛の切っ先、その鋭いがゆえに点でしかない部分に、魔槍の穂先、これまた点でしかない部分が合わされる。
神技と評するべき槍さばきで矛の切っ先と魔槍の切っ先、点と点を合わされた側は、極度の集中と絶妙なコントロールを強いられる。
矛と長槍では、後者の方が柄は長い。ナターシャが穂先の切っ先を外し、矛を突き出そうが、柄の長い魔槍の方が先に届く。逆に後ろに下がっても、マルガレッタが踏み込んでくれば、長槍の餌食だ。
無論、現状を維持すればするほど、精神や体力が消耗していく。そして、仕掛けた側の精神的な優位は元より、人とは比べ物にならない長時間稼働が可能な存在ゆえ、どちらかが先に音を上げるか、考えるまでもない。
仕掛けられた体勢を維持すればじり貧となり、それを脱しようとすれば、敗北を早めるだけ。
完全に打つ手を失ったナターシャだが、
「……ハアアアッ!」
乗竜の能力を発現させ、いくつもの氷のつぶてがマルガレッタを打つ。
これを仕掛けたのは、右肩を押さえるターナリィだった。
ライディアン竜騎士学園の責任者が敗れて引き下がると、マルガレッタの意識を新たに挑んできたタスタルの王女に集中してしまい、見事に不意打ちを食らう格好になってしまったのだ。
無論、これは完全にマルガレッタのミスであり、油断としか言いようがない。
「……ヴッ」
刺すように冷たい氷のつぶてが何個も突き刺さり、苦痛に顔を歪める魔戦姫二号体に、
「ハアアアッ!」
ナターシャが乗竜の能力を用い、雷撃を放つが、そのほとんどをマルガレッタはかわす。
が、マルガレッタの機敏さへの対応に、四人の竜騎士と共に苦慮していたナターシャからすれば、この程度の雷撃を全てかわせなかったことが、ターナリィの攻撃で明らかに動きが鈍った何より証明というもの。
ゆえに攻勢に出たナターシャに対して、一号体のように再生能力のないマルガレッタは、凍傷を負った状態で、今度はターナリィを警戒しつつ、繰り出される矛を防ぎ、反撃も行う。
この一年生の教室で双方が激突し、数人の負傷者が出て、机とイスの半分が使い物にならないほどの激戦が繰り広げらるほど、戦いが長引いてきている。
イリアッシュの消耗も、後先を気にしない戦いぶりに加え、それが長引いた点も挙げられる。
無論、消耗や疲労が見え出しているのは、ティリエランの側も同様である。全体的にドラゴニック・オーラを節約せねばならない状態に陥ってきている。
特に、イリアッシュと打ち合っていたフォーリスとシィルエールは、リナルティエに有効打を与えられないほどドラゴニック・オーラの低下にしており、彼女たちも陽動に回るようになっている。
息を乱しているナターシャにしても、手にする矛を包むドラゴニック・オーラの輝きが、当初に比べてぼやけており、それも負傷しているマルガレッタを押し切れぬ要因の一つだろう。
一方で、魔戦姫らはどれだけ動き回っても疲労の色が見えない。マルガレッタはそうした特性を活用してフレオールに勝利しているし、デタラメな再生能力を有するリナルティエにおいては、防具をいくつかはぎ取られた後、深手を負わせようが、すぐさま元どおりになってしまう。
防具のみならず、全身が強い魔力で守られているリナルティエは、よほどの攻撃でなくてはダメージを与えられない。そして、そのよほどの攻撃が可能な、ドラゴニック・オーラの消耗が比較的に少ないのは、もうティリエランとミリアーナしか残っていない。
もちろん、そのよほどの攻撃で与えたダメージは、すぐに回復してしまう。
「大きな傷では意味がない。それが致命傷とならない限り」
限られたアタッカーであるティリエランとミリアーナはそう判断し、無駄な攻撃をひかえて、致命傷を叩き込む機会をうかがっているが、いつまでもリナルティエの狂乱を眺めてばかりもいられない。
時が経つほど、疲労するティリエランらは疲労しない魔戦姫らに勝ち目がなくなっていく。それでなくとも、消耗して、イリアッシュの放つ、いつもよりしょぼいドラゴニック・オーラを、ドガルダン伯らは四苦八苦して辛うじて防いでいる、土俵際のような戦況なのだ。これでフレオールの戦線復帰が成ってしまえば、完全にチェックメイトというもの。
もう後のない局面、フォーリスとシィルエールは気力を振り絞り、ドラゴニック・オーラを放って魔戦姫一号体の注意を引き、さらに意図的に斬馬刀をギリギリでかわし、
「ハアアアッ!」
ティリエランの突き出した打棒が、仲間の作ってくれた隙を突き、リナルティエの眉間を砕き、そこからしたたり出る血はすぐに止まり、いつもどおり再生が開始される。
「ハアアアッ!」
が、再生の途中、魔力で守られていない状態の頭部は、ミリアーナの振るったフレイルを食らい、頭蓋骨を粉砕し、脳の中身は撒き散らしながらリナルティエが倒れる。
魔戦姫一号体を倒し、ミリアーナらは喜色を浮かべかけるが、
「まだです! まずはナータの援護を!」
まだ勝利が確定していないゆえ、ティリエランは味方に注意を喚起し、勝利を確定するには間違った指示を出す。
「ぐあああっ」
油断、というには酷だろう。つかまれた右足の骨が軋むほどの激痛に、ミリアーナの上げた絶叫は教室どころか、廊下にまで響き渡る。
砕かれた頭さえ再生していくリナルティエの手で。
「……殺したら死ぬとは限らないからな」
ぼそっとした声だったが、しゃべれる程度に回復したフレオールは、机にしがみつきながらであったが、自力で立ち上がった。




