入学編1-5
「魔法帝国アーク・ルーンは、知っての通り魔術師たちが大陸中央部に築いた国です。この頃より大きな国でしたが、遠方ゆえ、我ら七竜連合は、何ら関心を払わず、また、それで近年までは何の問題もない国でした」
用意された資料を読む新米教官、ティリエランの説明に、円卓に座す七人はただ黙って耳を傾ける。
入学式という大きなイベントのあった日の夜、生徒たちが就寝時間を迎えた頃、その六人の生徒はどれだけ疲れていても眠ることを許されなかった。
ライディアン竜騎士学園の一室、そこに置かれた円卓には、八人のやんごとなきお方が着いている。
学園長と七竜姫と呼ばれる、七竜連合の王族八名である。
ターナリィとティリエランはもちろん、他の六人のお姫様も、父祖より受け継ぐその血のため、政治や軍事に関わらねばいけない立場にあり、一介の生徒のような気楽な学園生活など許されぬ身だ。
現在、七竜連合の最大の懸念事項は、言うまでもなく魔法帝国アーク・ルーンの侵略だ。そこよりの新入生二名を迎えた今日、七カ国八人の王族は、その問題について話し合う前に、敵国についての基本情報を、再度の確認するため、ティリエランがその資料を読み上げている。
「が、その状況は大宰相ネドイルの登場で一変します。ご存知と思いますが、ネドイルはアーク・ルーンの名門オクスタン侯爵家の長男として生まれました。ただ、母親が娼婦であったため、家督が継げず、それどころか十八で家から追い出され、地方軍の下士官という低い地位につくことになります」
これは貴族平民と問わず、長男でも母親の身分で家督を継げないのは珍しい話ではない。
特に、ネドイルの父親の正室は、つまりはフレオールの母親は、エストック侯爵家の当主の妹であるので、母親が娼婦ではそもそも話にならない。
何より、母親の商売が商売なので、ネドイルが本当にオクスタン侯爵家の血を引いているか、昔から疑問視されている。
ちなみに、ネドイルの二つ下に、正室の生んだ異母弟がおり、オクスタン侯爵家は彼が継いでいる。ゆえに、末子であるフレオールは継ぐべき実家がないので、分家のブリガンディ男爵家の当主となった。
オクスタン侯爵家の前当主は九人の女性との間に、フレオールを最後に二十人の子供を設けているので、ネドイルと年の近い者の中には子供どころか孫もおり、その一人一人を追っていたら時間がいくらあっても足りず、その辺りは割愛して、あくまでネドイルに焦点を合わせて説明を進める。
「当時、アーク・ルーンはオクサス公国を侵略していましたが、オクサスは魔法で生み出されたドラゴンを保有しており、その力でアーク・ルーン軍を撃破したそうです。この自然ならざるドラゴンが、今、当学園にいる、フレオールの駆るドラゴン、ベルギアットです」
竜騎士になるには、知識や実力以前に、ドラゴンを所有していないと、竜騎士を目指すことさえできないので、当然、ライディアン竜騎士学園の生徒となったフレオールは、変則的ながらドラゴンを所有している。
「この魔道のドラゴンが、ネドイルの率いる小隊に捕らえられたことにより、オクサス公国は滅び、ネドイルがベルギアットを手に入れたことにより、その覇道が開始されます。オクサスでの功で中央に戻ったネドイルは、驚異的な速度で出世し、権力闘争に勝ち抜いて、二十代の半ばにしてアーク・ルーンの実権を握るに至りました」
この辺りも七竜連合にとって大事な部分ではないので、簡略な説明ですませ、ティリエランは次の資料を読み上げる。
「これまでもアーク・ルーンは他国を侵略していましたが、ネドイルが実権を握ると、その規模は一気に拡大しました。そして、十一年前、ワイズ王国の西の隣国クラングナを征服したアーク・ルーン軍は、ついにワイズ王国へと攻め入りました」
この部分になると、全員の顔が自然と緊張に引き締まる。ターナリィ以外、その当時はまだ子供だったが、大人たちが騒然としていたのを覚えているのだろう。特に、当事者であるウィルトニアの表情が硬い。
「ただ、これもご承知のとおり、ワイズ王国とアーク・ルーンとの間に、すぐに和平が成立しました。アーク・ルーンは奪い取った領土をワイズ王国に返しただけではなく、金貨三十万枚にも及ぶ賠償金を支払い、公式に謝罪してその非を認めました。それゆえ、ワイズ王国は、いえ、我ら七竜連合は、十年の間、アーク・ルーンと友好関係にありました」
もちろん、その友好が偽りでしかなかったのは、誰もが知るところである。一同は苦々しい表情となり、ティリエランは苦みを帯びた声で、さらに苦い内容を読み上げる。
「今更ながらの考察ですが、十一年前、アーク・ルーンは、東に我ら七竜連合、北に巨人大同盟、西に神聖帝国、南に精霊国家群の、四方の大敵と戦う準備が整っておらず、また一挙に拡大した領土が不安定であったため、一端、兵を収めたものと思われます。そして、十年もの間、我らを欺き続けた末、昨年、ワイズ王国への再侵攻に出た」
十年もの間、欺かれた八人は、苦り切った表情となる。
アーク・ルーンの、否、ネドイルの演技は徹底しており、七竜連合で祝い事が起きれば、必ず祝いの品を届け、また各国の王族への贈り物を欠かさず行ってきた。
この場にいる八人は、パーティの際、一度ならず、ネドイルから贈られた装飾品を身に着けて出席しているし、律儀なターナリィ、ティリエラン、クラウディア、ナターシャは、ネドイルに対して贈り物の礼状すら送っている。
「昨年の戦い、結果がどうであったか、今更、述べる必要はないでしょう。ただ、改めて情報を探った結果、ワイズ王国に攻め入ったのはアーク・ルーンの第十一軍団、司令官はフレオールとなっていますが、実際に指揮を取っていたのは、ヅガートという将軍です。元は傭兵であるにも関わらず、兵の指揮・統率の才をネドイルに見込まれ、一軍を任された人物です。どれほどの強敵であるかは、アーシェア殿を打ち破った手腕からでもわかるでしょう」
行方不明となっている、ワイズ王国の第一王女アーシェアは、竜騎士としてだけではなく、将才にも優れていたが、ヅガートの前にはまったく歯が立たず、敗退を繰り返した。
その圧倒的な実力を知る一同は、改めてアーク・ルーン軍の強さを思い知る。
「そのヅガート率いるアーク・ルーン軍は、ワイズの民に略奪は働き、結果、激しい抵抗を招き、一時は撤退の気配を見せましたが、そこにやって来たのがトイラックという人物です。元は浮浪児だったのをネドイルに拾われ、四年前、ネドイルが暗殺者によって、意識不明の重態に陥った際、十七で大宰相代理を務め、その時の内乱を鎮圧した他、ネドイルが復帰した後は内務大臣として功績を上げ、ネドイルの後継者と目されています。そのトイラックがワイズ王国に赴任すると、治安が急速に安定していき、現在は合計五十万もの兵が駐留していることもあり、ワイズの民による抵抗はほとんど見られなくなっています」
つまりは五十万のアーク・ルーン軍がワイズ王国への支配体制を着実に固めつつあり、ワイズと境を接するタスタル、フリカのどちらかが、侵略される日が近づきつつあるということだ。
銀髪をツインテールにした、小柄で愛らしい容姿の、フリカ王国の王女シィルエールは、表情が乏しい方だが、今はハッキリとわかるほど不安げな顔をしており、タスタルの王女ナターシャも同様の反応を見せている。
「別に敵が攻めて来るのを待つ必要はない。こちらから攻めればいい。我らワイズの者がいくらでも、協力し、案内しよう。敵の支配が固まりつつある今、一日ごとに攻めるのが困難になっている。この状況を放置していれば、取り返しがつかなくなるのは明白だ」
ウィルトニアの主張は、祖国を取り戻したい心情もあるだろうが、軍事行動としては間違ったものではない。
ワイズ王国は圧政を敷いていたどころか、七竜連合の中で最も民心に配慮した政治を行っていたので、民衆はアーク・ルーン軍に強い反発を抱いている。
今は大軍によって、ワイズの民の反発が抑え込まれているが、七竜連合が兵を進め、そこでワイズ王かウィルトニアが民衆に呼びかければ、アーク・ルーン軍は決起した民衆とも戦わねばならない、苦しい状況に置かれることとなる。
一方で月日が経てば、ワイズの民の反発も和らいでいき、攻め入るのが困難になるだけではない。ワイズ王国がアーク・ルーン軍の支配の下、完全に安定してしまうと、そこを拠点に七竜連合は攻められることになる。
敵の準備が整っておらず、ワイズの民が味方につく速戦こそ上策であり、敵の準備が整って攻め込まれるのを待つのが愚策。
王族として軍学も学んでいる面々なので、ウィルトニアの意見が純粋に軍事的には有効なのはわかるが、
「……ウィル、祖国を早く取り戻したい気持ちはわかるが、我々は昨年の戦で少なからぬ損害を受けた。再び連合軍を組み、アーク・ルーンと戦うには、まだ時間がかかる。父たちも現状がわかっているゆえ、軍の立て直しに手を尽くしておられるだろう。悔しいのはわかるが、もう少し我慢してくれ」
クラウディアに苦い口調でさとされ、ナターシャとシィルエールが恥ずかしげにうつむいているのを見ると、ウィルトニアは無言で一礼して黙った。
昨年の大敗で少なからぬ損害を受け、七竜連合の各国が軍の立て直しに時を必要としているのは事実だ。が、真に連合軍を組んでワイズ王国の奪還に動けないのは、深刻で笑えない背景があるからである。
ワイズ王国に向かうなら、その北東にあるタスタル王国か、南東にあるフリカ王国のどちらかに軍を集結させねばならないが、この両国が互いに連合軍の駐留を望み、激しく対立しているため、兵を動かしたくても動かせないのだ。
七竜連合が攻めるつもりでも、アーク・ルーンがそれを大人しく待っているとは限らない。逆に打って出てくる可能性もある。その際、連合軍がいれば国防に有利であるがゆえ、タスタルとフリカは自国の安全上の問題から、譲り合うことができず、ひたすらもめまくって、他の五カ国をうんざりとさせている。
当然、タスタルとフリカの両方に援軍を送るのは論外である。現状の七竜連合の総兵力は百万近くとなるが、国の守りもあるので、その全てを動かすことはできない。試算で、連合軍の数は三十万から三十五万となるのが精一杯だ。
数で劣る側が兵を分散させれば、各個撃破されかねない。アーク・ルーン軍が五十万で十五万の連合軍を討てば、残りの二十万は倍以上の敵と相対することになる。
先の連合軍も各個撃破されており、とても兵を二分できないが、それではどこに兵を集結させるかが決まらねば、七竜連合は兵を動かすことができず、アーク・ルーンが準備を整えていくのを眺めているしかなかった。
「アーク・ルーンにどう対するかは、私たちの手が及ぶことではない。そちらは父たちに任せて、私たちが考えるべきは、目の前のことだ。教官、その点についての説明をお願いします。」
クラウディアに促され、ティリエランは一つうなずいてから、
「では、ネドイルの異母弟フレオールについて、説明していきます。彼はオクスタン侯爵家の前当主とその正室との間に生まれ、ネドイルの末弟に当たります。魔法学園の魔法戦士科を弱冠十四で首席卒業し、その翌年に名目上の司令官としてワイズ王国を征服、そして今年、このライディアン竜騎士学園に入学したわけですが、彼のこの行動は不可解と言わざる得ないでしょう。正確には、ネドイルがいかなる意図を以て、弟と魔竜参謀ベルギアットを当学園に送り込んだか、ですが」
まさか、あんな火に油を注ぐような降伏勧告が、ネドイルの狙いとは思えない。そして、当人と接した五人も、まだ初日とはいえ、目的の手がかりすらつかめず、ただ引っかき回されて終わった。
「まず、フレオールの入学をネドイルが打診してきた時、当然、反対の声が圧倒的というより、話にならないという反応でした。が、それが許可に至ったのは、フレオールを利用すべきという意見が出て、それに賛成する者らがいたからです。ただ、そうした意見を述べ、賛成した者たちは怪しむべき点がありました。アーク・ルーンは敵の中に内通者を作り、内から乱して外から討つのを基本戦略としています。昨年のワイズの国務大臣イライセンがその良い例でしょう。おそらく、ネドイルは内通者らを巧みに操り、今回の事態を演出して見せたと思われます」
この場にいる八人は、年の若い順、王宮に最近までいた者ほど、強くうなずく。
七竜連合の各国には、親アーク・ルーン派という貴族、高官が少なからずいる。伊達に十年も友好関係にあったわけではなく、アーク・ルーンは金に糸目をつけず、見込みのありそうな人物に片っ端から大金を積んで抱き込んでいる。幹には枝葉がついているように、一人の貴族、高官を買収すれば、その部下や手下たちも取り込めるのだから、アーク・ルーンからすれば、そう高い買い物ではないだろう。
昨年の段階ですでに手遅れ、もはや七竜連合は内に内通者らを抱えたまま、アーク・ルーンと戦わねばならない状況にある。
もちろん、内通者らを排除することはできない。彼らを処罰しようとすれば、それに抗い、兵を挙げるだろう。そうなれば、七竜連合は内乱状態で、アーク・ルーンと戦うことになるのだ。
ゆえに七竜連合の取り得る手立ては、アーク・ルーンとの戦いを優勢に進め、内通者らの心を引き戻すような戦いをせねばならない。劣勢になればなるほど、内通者の心はアーク・ルーンへと傾いていき、いつイライセンのような裏切り者と化して、祖国に牙を剥くかわからないのだから。
「昨年の連合軍の結成、これもアーク・ルーンの策略という見方が、昨今では強くなっています。これにはイライセンとアーシェア殿が強く反対されていました。前者はともかく、アーシェア殿は、連合軍を組むのには反対しないが、時間をかけて指揮系統を調整しなければ、数が仇となって動くに動けなくなる、そう言われておりました。実際に、連合軍は七カ国の折り合いがついてからでないと動けず、敵に先手を打たれ続けていました。一見、我らに有利なことゆえ、敵の策略と考えられず、結果、敵の思惑に踊らされてしまったのです」
悔恨の念に、沈痛な表情となる一同。
この場にいる八人の内、最年少の二人以外は、学園にいたので、父や重臣らに意見を言うことができなかったが、例え王宮にいたとしても、連合軍結成の報に勝った気でいたので、アーシェアのように反対することはなかっただろう。
そして、今の七竜連合にアーシェアはいないのである。
「当然、国元では、連合軍結成を言い出した者、そしてフレオールの入学に賛成した者らは、内通の疑いがあるので警戒しています。が、我らとの次の決戦が迫る中、前回はともかく、今回のように弟の件で、内通者を用いれば、事前に我らに警戒させることになり、いざという時に内通者が使えなくなるのは明白。我らを内部からかく乱するための手立てを失い、かつ自らの覇業に最も貢献した魔竜参謀ベルギアットを弟に与え、フレオールを我らの元に送り込んだ目的。これを解き明かし、何らかの策であるなら、それを逆手に取るのが我らの果たすべきこと。説明が長くなりましたが、フレオールにどう対していくか、その方針を定めるのが、この会議の主旨です」
長い長い説明を終え、ティリエランはやっと資料をテーブルに置け、そっと安堵の息を吐く。
ようやく全員で話し合えるようになり、最初に挙手したのは、小柄で、オレンジ色の髪が短いためか、美少年的な外見の、ゼラント王国の王女ミリアーナだった。
年齢や学園の立場ではなく、七竜連合における国の同士の関係から議長を務める、バディン王国の王女が発言を許可すると、
「ネドイルとの仲はどうなの? 仲がいいなら、弟を溺愛して無理を通した。逆に仲が悪いなら、こちらの手で、弟と腹心を始末しようとしているとか」
元気な男の子という外見にそぐわない、明るい声で同級生の私的な部分を問う。
ミリアーナの疑問に、クラウディアが小さくうなずいてから、ティリエランが朗々とした口調で答える。
「仲は悪くなく、むしろ良い方である、とのことです。ただ、表面的にそうであるだけで、ネドイル、フレオール、ベルギアットの水面下での関係は判然としていません。ただ、私見を述べれば、溺愛している弟を敵地に送るようなことはしないでしょう」
もっともな見解に一同はうなずいてから、次に発言を求めたのは、ウィルトニアだった。
「議題となっている点を含め、アーク・ルーンに関することは、本職の密偵が必死になって探っているのだろ? なら、私たちがするべきは、フレオールらを早々に始末し、密偵らの負担を減らしてやることだろう」
「先ほどのミリィの言っていたことを聞いていなかったのですか? もし、敵の目的がこちらの手でフレオールらを始末するためなら、むざむざ敵の手に乗せられることになるんですよ」
ナターシャにたしなめられ、しかし亡国の王女はなおも言い募る。
ちなみに、ミリィとはミリアーナの愛称である。堅苦しいのを嫌う当人の性格もあるが、七竜連合の国々は交流が盛んで、王族同士が親しい間柄にあり、互いを愛称で呼ぶ者も少なくない。
「敵の手に乗ればいい。いちいち、敵の思惑を考えて戦えるものじゃない。そもそも、こんなことで手数を割いている場合ではないはずだ。我々の方が戦争の準備で、はるかに遅れをとっているのだからな」
アーク・ルーンはワイズとの和平を成立させてからの十年を、戦争の準備に費やしてきた。一方、七竜連合は昨年、攻め込まれてから、戦争の準備を始めているのだ。迎え撃つ側は、アーク・ルーンの魔道兵器に対して、有効な戦法ひとつ確立させられないのが現状だ。
戦争の準備にやるべきことが多々ある中、無駄なことに労力を費やしている。そう感じる者もいなくないが、
「わかってませんね。本当にネドイルが弟と、何より魔竜参謀ベルギアットの抹殺を計っているならば、両者を我が陣営に取り込む好機ですのよ。フレオールはともかく、大国アーク・ルーンをネドイルのものとした魔竜参謀の力、それを味方にできれば、我らは一気に有利となりますわ」
ウィルトニアに挑発的な視線と言葉を投げかけ、彼女の意見を真っ向から否定したのは、長い亜麻色の髪を、五つも宝石がついた髪飾りで飾る、やや小柄で、可愛らしく整っている顔に似合わず、挑むような目つきと高飛車な雰囲気の、シャーウ王国の王女フォーリスだった。
フレオールがライディアン竜騎士学園に入学できたのも、七竜連合の副盟主国シャーウがそれを利用するように強く主張したからである。
当然、フォーリスは祖国の主張を支持するべき立場にあるが、それだけが理由ではない。
フォーリスは知略を好む性質をしており、元々、武断的なウィルトニアとそりが合わなかった。が、何よりも決定的なのは、亡国の王女と同じ学年である彼女は、副会長の座を争い、敗れた経緯がある。
実技ではかなわないが、フォーリスは勉学では勝り、副盟主と国の位でもワイズを上回っている。
なのに、ウィルトニアが副会長になってからは、両者は前にも増してそりが合わなくなる、正確にはフォーリスが以前より突っかかるようになった。
血の気は多い方だが、面倒を嫌うウィルトニアは、面白くなさそうな表情で、
「そうか。では、がんばってくれ。その方針において、私は役に立てそうもないからな。無論、私だけではないだろうが」
この発言に、ターナリィ、ティリエラン、クラウディア、ナターシャといった、今日、フレオールともめた面々が顔をしかめる。
ネドイルの目的を探るには、フレオールと接触し、色々と聞き出す必要があるが、対象とすでに口論となった面々は、相手に警戒されていると見るべきだろう。
そもそも、フレオールの側にイリアッシュがいる以上、今日、もめた五人の内、ターナリィ以外に、冷静でいろというのが無理な注文なのだ。
「私、ティリー教官、ナータ、ウィルは、バックアップに回るしかないようだ。すまないが、フォウ、ミリィ、シィルは、フレオールとなるべく接するように心がけ、仲良くなってもらいたい。向こうも警戒してはいるだろうが、親密になれば口や心もゆるむ時はあるはずだ。ただ、無理はしなくていいぞ。それと、シィルは対象との接触よりも、その魔術に対する注意に重きを置いてもらいたい」
クラウディアが各々の役割分担を定めていく。
七竜姫の内、フレオールらともめた四人は、裏方に回るしかない。もめていない三人の内、社交的なフォーリスとミリアーナが、フレオールと接する役割を担うことになるだろう。
そして、七竜姫の内、唯一、魔法が使えるシィルエールは、無口な性格なのもあり、フレオールと少し距離を置いて、おかしな魔法を使わないか、注意を払うポジションとする。
七竜連合、いや、魔法帝国アーク・ルーン以外にも、魔術師はけっこうおり、彼らは大別して二つに分けられる。
ネドイルとの権力闘争に敗れ、アーク・ルーンから亡命してきた者と、彼らに魔法を習った者。言うまでもなく、シィルエールは後者に属し、そうした竜騎士見習いがここには十人くらいはいる。
フリカ王国のみならず、他の七竜連合の国々にも、亡命してきた魔術師がいる。
目には目を、魔法には魔法を。皮肉なことに、自分たちを追い出したネドイルのおかけで、魔法は世界的に高い評価を受けることになり、魔術師たちは異国の地で、アーク・ルーンの脅威が迫るほど、その対抗手段として、強い発言力を有するようになっていった。
魔術師の優劣を決める要因はいくつかあるが、その一つが先天的な素養、生まれ持った魔力である。
魔力は人の内にあって見えないものなので、その魔術師が魔法を習得して行使するまでわからないが、一つだけ外見による判断基準がある。
銀髪の者は、なぜか総じて生まれながらにして高い魔力を持ち、シィルエールも例外ではなく、強い魔力を有している。おそらく、七竜連合の王族で、最も優れた魔術師は彼女だろう。
目には目を、魔法には魔法を。優れた魔法戦士であるフレオールにアプローチするに際して、シィルエールの知識に一同は期待する部分が大きい。
「では、今日はもう遅いので、これで終わりにしよう。すまないが、明日から頼むぞ、フォウ、ミリィ、シィル」
これからの方針を定め、クラウディアが解散を宣言すると、フォーリスが挙手してそれを阻む。
「何かあるのか、フォウ?」
「はい、フレオールに接触するに際して、皆さんにやっていただきたいことがございまして」
自信に満ちた笑みを浮かべて言う。
そして、七人はフォーリスの策に耳を傾け、顔をしかめたが、結局はそれに応じることとなる。
決してよろしくない、その策を。