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魔戦姫編22-2

 その日の夕刻前、ついに自分たちの学びやを取り戻すべく、七竜姫の五人はロペスの竜騎士とその見習い十八名と共に、ライディアン竜騎士学園の校舎内に足を踏み込んだ。


 元々、ロペスの竜騎士が集まり、ロペスの王女の体調が回復すれば、すぐにでもフレオールらを排除に乗り出す算段だった。


 もっとも、すぐにと言っても、無計画に突っ込むわけではない。充分に作戦を練ってから、当初は夜半、寝込みを襲おうとしていた。


 その計画が前倒しされたのは、タスタルの現状が大きく起因する。


 フォーリスの策は、タスタルの竜騎士が大急ぎで祖国に戻り、ナターシャの手紙を介してタスタル王に伝わる手はずだ。


 包囲下にあるタスタル兵三万の身の保全を計るには、降伏させるだけではなく、フレオールらの身柄を確保しておく必要がある。それも、なるべく早期に、だ。


 それゆえ、方針はできるならフレオールらを捕らえるから、必ず捕縛するに変更され、作戦開始時刻も早まることとなった。


 だから、まだ陽が出ている時に、二十三名は校舎内に踏み込み、ゆっくりと、慎重な足取りであったが、奇をてらうことなく、まっすぐに一年生の教室に向かう。


 不意を打てれば最善だが、一同は武器を手にするだけではなく、竜の鱗でできた鎧も身にまとっている。鉄より固い竜の鱗は、防御力は高いが、鱗と鱗が当たると硬く響くので、隠密行動を取るなど不可能に近い。


 鎧も靴も脱いだところで、忍び足の修練などしていない竜騎士である。どのみち、発見される公算が高く、そのために防御力を大きく下げるのはあまりに愚かな選択というもの。


 ゆえに、発見されるのを前提で進む一同は、ロペス竜騎士三名と矛を手にするナターシャ、


「我は求めん! 見えざる魔力を見る魔の力!『マジカル・センス』!」


 そして、魔力を感知する魔法を使ったシィルシールの五人が先頭集団を形成する。


 次にロペスの竜騎士五名が続き、さらにドガルダン伯爵を含む四人の家臣に守られた、打棒を持つティリエランの順で、後衛をロペスの教官と生徒の六人とミリアーナ、刃がノコギリ状の剣、フランベルジュを腰に下げるフォーリスが固める。


 この布陣において、ティリエランはロペスの者が大半を占めるので、中央に位置して司令塔の役割を担う。


 シィルシールはその魔法に関する知識を重視され、危険を承知で先頭集団に配置された。が、ナターシャの場合、一同の中で一番、腕が立つから前に立っているわけではない。


 作戦がうまくいき、フレオールらの身柄を確保した時、構成人数の関係上、ロペスが大きな発言力を持つようになるのは明白だ。が、それを傍観しては、苦境にあるタスタルとしては困るので、フレオールらの身柄に関する権利をいくらか主張できるよう、ナターシャとしては先頭に立って戦う必要があるのだ。


 政治的な配慮でナターシャが前に出たように、家臣たちより腕の立つフォーリスやミリアーナを後方に配置したのも、皮算用の配分を気にしたからに他ならない。


 もっとも、後ろに貴重な戦力を置いておくのは、いざという時の予備戦力ともなるので、指示とタイミングを間違えなければ、それはそれで有効な方策として機能はする。


 適度な間隔をあけ、一直線、最短距離で一年生の教室に向かう竜騎士と見習いの前に、まず子供ほどの木の人形が二体、立ちふさがる。


「……あれ、パペットマン。魔法で、仮初めの命、与えられている。けど、強くない」


 シィルシールの言うとおり、廊下に立つ二体のパペットマンは、進み出た二人の竜騎士の一撃で砕かれ、あっさりと木片と化す。


 あまりの弱さに、ロペスの竜騎士らはむしろ戸惑いを見せるが、


「おそらく、わたくしたちを防ぐためではなく、こちらの侵入を知るためのガーディアンなのでしょう。倒す際に大きな音が立ちましたから」


 タスタルの王女の洞察に、シィルシールはうなずき、三人の竜騎士も少し遅れて理解する。


 パペットマンは魔法で生み出されたモンスターの中では、一、二を争う弱さだ。訓練を受けた兵士なら一対一で互角以上に戦える。


 竜騎士からすれば、話にならないほどの弱敵であり、実際に一撃で倒せたが、その時に生じた堅い木材を砕く大きな音は、まだ距離はあるが、一年生の教室まで届いていても不思議はなかった。


 迎え撃つ側は、事前に色々と備えておけるメリットがある反面、いつ敵が来るか、それに常に備えていなければならない。


 長時間の緊張状態は、当然、疲弊を招く。だが、敵の接近を早めに知る方法を配しておけば、それまで身心を休めておける。


 だから、一気に一年生の教室まで駆け、フレオールらが迎撃態勢を整える前に踏み込むというのも一つ手立てだが、それをするにはまず後方のティリエランにおうかがい立て、命令してもらう必要があるので、スピーディな強襲による不意打ちなどできるものではない。


 何より、二体のパペットマンの残骸を踏み越えた直後、学園の廊下、進む先が歪み出したので、五人の足が止まったのは、短い間のこと。


「……これ、幻覚。何もせず、進んで、問題ない」


 言うや、フリカの王女は止めた足を進め、何事もなく歪んだ空間を通り抜ける。


 パペットマンや初歩の幻術、足止めにならない守衛、シィルシールがいれば容易く見破れる魔法の罠は、それから二、三と続き、ナターシャらはその度に足踏みこそしたが、大して手間取ることもなく前進していった。


 無論、それで大した時を稼げないのは、仕掛けた魔法戦士も承知のこと。迎え撃つ側からすれば、出迎えの準備ができるだけの足止めで充分なのだ。


「ハアアアッ!」


 一年生の教室前、竜鱗の鎧をまとい、腰に二丁のトンファーを下げた、完全武装の制圧目標の一人が、その膨大なドラゴニック・オーラを制圧部隊の先頭集団に解き放つ。


「ハアアアッ!!!!!」


 二人の竜騎士見習いと三人の竜騎士は、とっさにドラゴニック・オーラを展開し、一人分のそれを相殺しきれず、五人は呻き声をもらしながら無様に床に転がる。


 もっとも、ドラゴニック・オーラで防御したからこそ、否、そこに七竜姫が二人と加わったからこそ、その程度ですんだと言える。そうでなければ、堅固な竜鱗の鎧ごと、身体を吹き飛ばされていただろう。


「ハアアアッ!!!!!」


 が、ロペス各地からわざわざ集められた歴戦の竜騎士は甘くなく、先頭の五人が倒れるや、動揺はしつつも、第二陣の五人はイリアッシュにドラゴニック・オーラを放つ。


 だが、さらに甘くない双革甲を身に着けた魔法戦士と黒塗りの甲冑をまとった魔戦姫が、紅と黒の魔槍を振るい、五発のドラゴニック・オーラを防ぐ。


「……全員、一時撤退! フォウ、ミリィはその援護を!」


 この指示に、七竜姫以外は状況のまずさがわからず、戸惑いを見せたが、それで己の役割を果たさなかったのは、後方に位置する六人だけだった。


 先頭とその次にひかえる、ナターシャとシィルシール、そして八人の竜騎士は、協力して今度は完全にイリアッシュの放ったドラゴニック・オーラを防ぐ。


 さらに第二陣のすぐ後ろまで駆け出たフォーリスとミリアーナが、武器を構えてフレオールとマルガレッタを牽制するように睨みつけ、中央のドガルダン伯を含む四人の竜騎士は、シャーウとゼラントの王女の援護できるような位置取りをする。


「さあ、早く! 今の内に退きなさい!」


 一方で、唯一、下がった七竜姫は、立ち尽くす同僚と教え子に撤退を促し、成績にだけ優れる面々に来た道を引き返させていく。


 イリアッシュのドラゴニック・オーラがいかに膨大でも、並の十人前を撃ち破れるものではない。ゆえに、無駄になるとわかっている第三射をひかえる。


 フレオールやマルガレッタも、相手のフォーメーションにつけ入る隙がないのを見て取り、ナターシャとシィルシールをしんがりに、じりじりと退く相手を見送った。


 一年生の教室、ここを迎撃地点とした意味を、やっと理解し、何の策もなしでは攻略できぬと悟った者たちを。



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