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真エピローグ

 齢八十八に達すると、一代の大傑物ネドイルもついに倒れ、その時代は終焉の時を迎えようとしていた。


「……よくもまあ、ここまで来れ、こうまで長く生きられたものだ」


 自らの生へのやや呆れ気味の感想、それが臨終間際に発した言葉であった。


 臨終に際して、ネドイルは医師どころか、人を遠ざけ、最期の時を迎えようとしていたが、その側に誰もいないわけではない。


 その枕頭にはベルギアットの姿がある。


 いや、その覇道を共に歩んだ者は、もう彼女しかいないと言うべきか。


 無論、全ての者がネドイルより先立ったわけではない。近く親しい者は何人かまだ生きている。


 父ロストゥルの正妻フュリー、異母弟ベダイル。後はサリッサ本人もその子や孫らもネドイルの死を看取る事は可能だ。


 にも関わらず、ネドイルはベルギアットのみに死を看取る事のみを許可したのは、もう自信がないからだ。


 衰えた自分が口にしてはいけないことを抑える自信が。


 いや、若き日からずっとくすぶり続けていた想いを吐露したいがゆえ、彼女のみを呼んだのかも知れない。


「その長き人生で世界の果てまで手に入れ、満足はできましたか?」


「わかっていることを聞くな。だが、満足はできなかったが、我慢はできた。それで充分だ」


「本当によく我慢しました。それはトイ君もヴァン君もですが。ただ、あの二人からすれば、あなたが我慢している以上、我を通すことができなかったんでしょうが」


「東の地の騎馬の民、あの風習の中で育っていたなら、ライを殺してでも、家督を奪っていたかも知れんがな」


 騎馬の民には父親が死んだ際、その後継者は生母以外の父の妻たちを引き継ぐ風習がある。その風習について口にしたネドイルの心情、想いをベルギアットはかなり昔から察している。


 ライルザードやフレオールの生母フュリーは、自分以外が産んだ子供たち、ネドイル、ヴァンフォール、ベダイルも分け隔てなく育てた。


 フュリーに育てられたネドイルは、母に誉められるのが何より嬉しかった。その感情は成長するにつれ、変化し、どうしようもない想いとなってしまった。


 それからはネドイルの人生は誤魔化しと我慢の連続だ。


 そして、本当に手に入れたいものがわかっていながらも、それに手を出してはならないという鬱屈した想い、そのイライラを世界にぶつけた成果が、今の魔法帝国アーク・ルーンだ。


 そんな下らない理由で様々な悲劇の果て、祖国を失う悲哀を味わった側はたまらないだろう。だが、そこまでしたからこそ、ネドイルは身近な幸せを壊さずにすんだと言える。


 いや、ネドイルだけではない。ヴァンフォールもトイラックも、自らの想いを抑えることもできた。


 ヴァンフォールもネドイルと同様に、ネドイルに拾われたトイラックがフュリーに世話をされている内にどのような想いを抱いたかも、ベルギアットは察していた。


 二人がその想いを律することができたのは、ベルギアットの見るところ、ネドイルを範としたというより、ネドイルの我慢と自

制する姿があればこそだろう。


 それのみではないだろうが、トイラックとヴァンフォールが魔法帝国アーク・ルーンの世界征服に邁進した理由の一つは、ネドイルのように世界というサンドバックを共に叩き、鬱屈したものを誤魔化さねばならなかったに他にならない。


 そのトイラック、ヴァンフォールも今は亡い。いや、二人のみならず、もはやネドイルと共に世界帝国を築き上げた者はほとんどいなくなった。フレオールも死に、ザラスも亡父と同様、才能に恵まれながら命数に恵まれず、すでに亡い。ヅガートは生死不明ではあるが、もう会うことはないだろう。


 例えヅガートがまだ生きているとしても、ネドイルの方が旅立とうとしている。


「まだ暴れ足りないですか?」


「いや、もう飽きた。そんな年でもなくなったようだ。おとなしくなる頃合なんだろう。少し長く生きすぎた」


 最初こそ一人で始めた覇道だが、時が経つにつれ、多くの者がそれに加わった。しかし、それも時がさらに経つにつれ、一人、また一人といなくなり、寂寥を覚えずにいられなかった。


 その覇道の晩年、喪失を味わい続けた男は、


「オマエは独りで大丈夫か?」


 最後にして最初の一人の、これからの孤独を案じる。


「耐えるしかないでしょう、あなたのように。けど、これからあなたのような物好きが現れぬとは限りません」


 ベルギアットの稼働限界はまだまだ先のこと。元の遺跡に戻るつもりの彼女は、これより独りで本来の使命を務めねばならない。


「……そうか。耐えるしかないか……」


 その弱々しい言葉を吐き終えた時、ネドイルの呼吸が止まる。


 充分に覚悟をしていた瞬間が訪れ、ベルギアットの瞳から自然と涙が流れ、あふれでた。


「……何で、先に逝くのよ……」


 作り物である自分にこんな熱い涙を流させた男に、そんな文句をつぶやく。


 だが、ネドイルからの返答はない。


 永遠に。


アーシェア……亡国ワイズの王女。アーク・ルーンの将軍として生涯を終える。


フォーリス……亡国シャーウの王女。フレオールに看取られ、先立つ。


ティリエラン……亡国ロペスの王女。竜騎士学院の再建に尽力し、過労のために亡くなる。


イリアッシュ……竜騎士学院の再建に協力し終えてから亡くなる。


モニカ……ウィルトニアの無事を祈りながら最後を迎える。


スラックス……亡国ミベルティンの宦官。アーク・ルーンの元帥にまで昇りつめて生涯を終える。


シダンス……亡国ミベルティンの宦官。長くスラックスの副官を務めて生涯を終える。


インブリス……アーク・ルーンの元将軍。退役後もうまく立ち回り、一族の安定に成功して逝く。


フィアナート……元暗殺者。アーク・ルーンの将軍として生涯を終える。


ザゴン……元凶賊。最後まで軍務を隠れ蓑にして快楽にふける。


ヤギル……幼女の尿の飲みすぎが原因で死亡。


マフキン……アーク・ルーンの代国官として、最後まで父祖の地タスタルの復興と安定に務める。


ベフナム……アーク・ルーンの司法大臣。最後まで法による人の幸せを追求する。


ファリファース……アーク・ルーンの吏部大臣。最後まで人生を謳歌する。


ヴァンフォール……アーク・ルーンの財務大臣。次の大宰相と目されるも、ネドイルより先に逝く。


フレオール……大宰相ネドイルの異母弟の一人。己の本心に従って戦い、ヅガートの策によって敗死する。


ミリアーナ……亡国ゼラントの王女。フレオールと共に戦い、共に果てる。


ムーヴィル……ネドイルの知遇に応え、アーク・ルーンのために戦って天寿を迎える。


イライセン……アーク・ルーンの軍務大臣。天寿を迎えるまで、ワイズの地の安寧を計り続けた。


ゾランガ……アーク・ルーンの内務大臣。復讐より覚め、民の安寧を案じた一生を終える。


クロック……ヅガートの副官として、振り回されながらも、最期まで良き補佐役を全うする。


ヅガート……元傭兵。ザラスに降伏し、その死後、行方は全くわからなくなる。


ザラス……トイラックの息子。アーク・ルーンに反逆し、一国を打ち建てるも、亡父のように志半ばで命数が尽きる。


ベルギアット……アーク・ルーンの魔竜参謀。ネドイルの死後、遺跡へと還る。


ネドイル……アーク・ルーンの大宰相。その覇道を完遂し、齢八十八にて逝去する。

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