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落命編28

「ヅガート閣下。もうこれまでのようでございます」


 天幕に置かれたベッドに横になるヅガートに自軍の敗北を告げたのは、天寿を迎えた副官のクロックではなく、ゴドーであった。


 天寿を迎えたのは、クロックだけではない。ムーヴィル、ゾランガ、イライセンもすでに命数を使い果たしている。


 そして、ヅガートもそれに続くことになるのが明白な状態にあった。


 さらにゴドーが告げた「もうこれまで」というのは、ヅガートの命数ではなく、戦況を指すものであった。


 ザラスの偽りの降伏を受け入れた後、魔法帝国アーク・ルーンはフレオールの乱を皮切りに、各地の反乱を平定していった。


 これ事態は何の問題もなく鎮圧できていった。ヅガート、ムーヴィル、クロック、そしてゴラン、ゴドーが各地に飛び、現地の兵を率いたなら、フレオールのように粘り強く抵抗できる反乱勢力は一つとしてなく、時間こそかかったがアーク・ルーンの情勢は一応の平静を取り戻している。


 もちろん、その平静は表面的なものにすぎない。民の大半はともかく、特権を失った者とその子孫の不満は常にくすぶり続けている。それにいつ火がつき、自らの命数を縮めるのかは、それは挙兵する当人しかわかることではない。


 どれだけ反乱を鎮めても、小康状態にしかならないのが、今の魔法帝国アーク・ルーンの現状だ。とはいえ、過去の栄光、虚栄を忘れられない人間が尽きぬ以上、小規模な反乱は対処療法で鎮めていくより処方はない。


 それでも小康状態にまで事態を収拾すれば、ヅガートらを改めてザラス討伐に差し向けられる。


 だが、天運はこの時、ザラスに味方していた。


 アーク・ルーンは反乱の終息と同時に、ザラスに出頭の命令を出した。実質はどうあれ、ザラスはアーク・ルーンの臣であり、これを拒む権利はない。しかし、実質的な関係から、ザラスが出頭命令に応じるわけがないが、命令を拒めばザラスを討つ口実ができる。


 予定どおりにザラスが出頭を拒み、その討伐の準備に取りかかった直後、不意にゾランガが倒れ、そのまま帰らぬ人となった。


 さらにアーク・ルーンの不幸は留まらず、ムーヴィル、クロック、ゴランまでも相次いで帰らぬ人となってしまう。


 年齢的にゾランガ、ムーヴィル、クロックは残念だが、ゴランはまだ若く、本来ならその死は惜しまれるものであるはずだが、その死因は弟のゴドーさえ呆れるしかなかった。


 ザラスの反乱の際の功績で高い地位を得たゴランは、にわかに好色となった。それでもヅガートや弟の目のある所では控えはしたが、逆に独自に兵を任され、上司や弟の目のない所では、体を壊すほど精力剤を多用し、戦場ではなく何人もの女を傍らに置いて息を引き取った。


 兄の死に複雑な思いを抱きつつも、いつまでも感傷に浸っているわけにいかない。ザラス討伐の計画は動き出しているのだ。ゴランのみならず、ムーヴィルもクロックも亡き今、実戦以外は何もしないヅガートの補佐を受け持つのは、ゴドーの役目なのである。


 相変わらず体調など気にせず、ゴドーの小言を聞き流して酒杯を片手にザラスとの再戦に臨むヅガートを、いや、アーク・ルーン軍を更なる凶報が襲う。


 軍務大臣イライセンの急死だ。


 これは一個人の死に留まらず、ザラス討伐の再戦における作戦計画に大きな支障をもたらした。


 ヅガートが陣頭に立ったところで、戦場の駆け引きに限れば、ザラスとの戦いは膠着状態になるしかない。大河を挟んで睨み合うか、険しい山道を進んで立ち往生となるかのどちらかだ。


 だから、アーク・ルーンはザラスの部下たちを離反させ、内部からの切り崩しを計り、進めていた。


 当初の作戦ではアーク・ルーン軍の渡河に合わせて、内通者たちが矛を逆さにザラスらに襲いかかり、内と外から攻めて一挙に撃滅するというものだったが、イライセンの急死した事を知った内通者らが密約どおりに行動するかどうか。


 いや、それ以前にイライセンの急死に内通者らが動揺を見せ、アーク・ルーン側の切り崩し工作に粗が見られるようになると、ザラスがそうした動きと計略に気づき、自軍への統制を固め直した。


 それだけではない。対岸にいる敵軍を搦め手から攻めようとしたのはザラスも同様で、その謀略の手を遠く南に伸ばしていた。


 古い話だが、ヅガートはソナン以南を攻めた際、苛烈な戦いぶりを見せ、現地の者の怒りを大いに買っている。その古い怨恨をザラスはうまくまとめ、南からソナン領を攻めさせた。


 もっとも、南から攻撃を受けた程度で、ヅガートの統制を揺らぐことはない。広大なソナン領をアーク・ルーン軍の背後まで北上するなど、あまりに非現実的だ。


 とはいえ、北上する反乱軍を放置することもできない。ザラスの計略の妙は、南の反乱軍を叩き潰すのにヅガートが自ら動くしかない状況を作り出した点だ。


 ヅガートは南に向かい、現地の兵をまとめ、北上する反乱軍を撃滅した。その間、留守を任され、ザラスと睨み合い、渡河する隙を見せなかったゴドーは、東から不意打ちを受けることになった。


 ザラスの籠絡の手は東海の島にも及んでおり、アーク・ルーンを裏切った一部が船団を仕立て、東からゴドーらを攻めると同時に、ザラスは渡河を敢行して、アーク・ルーン軍を見事に挟撃して一敗地にまみれさせた。


 大敗したゴドーは南に走り、合流したヅガートから、


「何で西にいかん」


 ゴドーの度重なる判断ミスを怒鳴りつけた直後、倒れてしまう。

 西にある山岳部は天険の地。また、ゴドーの故郷であり、ここで軍勢を整え、早急に守りを固めればザラスの勢力拡張をここで食い止めることも可能ではあった。


 しかし、ゴドーはヅガートとの合流を優先し、敗軍を立て直して再戦を挑むことを選んだ。ヅガートの指揮ならば、勝てると踏んだ判断も、そう間違ったものではない。


 が、ヅガートは寄る年波には勝てず、今度は性病以外の理由で倒れ、とても兵馬の指揮を採れる体調ではない。そして、抜け目のないザラスはゴドーの判断ミスを見逃さず、兵の一部を西に急行させ、山岳部を押さえにかかっている。


「ああ。オレはこれまでのようだ。だが、オマエならここを切り抜けられるだろう」


 自ら立って歩くこともできなくなっているヅガートに、殺到するザラスの手勢をどうにかするどころか、その手から逃れる術はない。しかし、武勇に優れるゴドーなら、兵を率いて追撃を振り切るのも可能だ。


 そして、この窮地を脱したなら、西に走って山岳部で抗戦を試みるなり、さらに西に赴き、ザラスに対抗するだけの兵を揃えることもできる。


 ただし、それにはヅガートを、自力で立って歩けぬ一人の老人を見捨てる必要がある。


 ためらいを見せるゴドーに、


「負けた以上は仕方ない。負けて、逃げられない以上、くたばるしかない。だが、元気なヤツらは、オマエが引っ張れば、だいぶ逃げられる。ぐずぐずするな」


 敗軍をまとめて逃げる際、その指揮を採れるのは、もうゴドーしかいない。ゴドーがぐずぐずしていれば、兵たちは無秩序に逃げるか、敵に討たれるか捕らえられるだけだ。


 その意味を察した、いや、すべきことを気づかされたゴドーが一礼して立ち去ると、ヅガートは枯れ木のような腕を近くの卓に伸ばした。


 末期の酒を手にし、飲み干すために。



アーシェア……亡国ワイズの王女。アーク・ルーンの将軍として生涯を終える。


フォーリス……亡国シャーウの王女。フレオールに看取られ、先立つ。


ティリエラン……亡国ロペスの王女。竜騎士学院の再建に尽力し、過労のために亡くなる。


イリアッシュ……竜騎士学院の再建に協力し終えてから亡くなる。


モニカ……ウィルトニアの無事を祈りながら最後を迎える。


スラックス……亡国ミベルティンの宦官。アーク・ルーンの元帥にまで昇りつめて生涯を終える。


シダンス……亡国ミベルティンの宦官。長くスラックスの副官を務めて生涯を終える。


インブリス……アーク・ルーンの元将軍。退役後もうまく立ち回り、一族の安定に成功して逝く。


フィアナート……元暗殺者。アーク・ルーンの将軍として生涯を終える。


ザゴン……元凶賊。最後まで軍務を隠れ蓑にして快楽にふける。


ヤギル……幼女の尿の飲みすぎが原因で死亡。


マフキン……アーク・ルーンの代国官として、最後まで父祖の地タスタルの復興と安定に務める。


ベフナム……アーク・ルーンの司法大臣。最後まで法による人の幸せを追求する。


ファリファース……アーク・ルーンの吏部大臣。最後まで人生を謳歌する。


ヴァンフォール……アーク・ルーンの財務大臣。次の大宰相と目されるも、ネドイルより先に逝く。


フレオール……大宰相ネドイルの異母弟の一人。己の本心に従って戦い、ヅガートの策によって敗死する。


ミリアーナ……亡国ゼラントの王女。フレオールと共に戦い、共に果てる。


ムーヴィル……ネドイルの知遇に応え、アーク・ルーンのために戦って天寿を迎える。


イライセン……アーク・ルーンの軍務大臣。天寿を迎えるまで、ワイズの地の安寧を計り続けた。


ゾランガ……アーク・ルーンの内務大臣。復讐より覚め、民の安寧を案じた一生を終える。


クロック……ヅガートの副官として、振り回されながらも、最期まで良き補佐役を全うする。


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