落命編27
「槍よ! 刺し碎け!」
投じ、突き刺さった真紅の魔槍が、魔甲獣の頭部を弾けさせる。
「ハアアアッ!」
さらにミリアーナの放った炎が別の魔甲獣を炎で包む。
ケンタル城を包囲、封鎖されたフレオールが取った行動、選択は、ミリアーナと共に魔甲獣を駆逐していくというものであった。
道なき道は何百どころか、何十人と固まって進むこともできない。しかし、装備の充分ではない兵士数人など、魔甲獣の良いエサだ。
ゆえに、魔甲獣と戦い、倒せる老夫婦のみで道なき道を進み、ケンタル城の周りに配された魔甲獣の撃破に歩き回っている。
ケンタル城の建てられている小山の周りには、麓に通じる唯一の山道を除き、魔甲獣は分散して配置されている。フレオールとミリアーナはそうした魔甲獣を何頭か討つと、ケンタル城に戻って体を休め、また魔甲獣を討ちに赴くという行為を繰り返していた。
フレオールとミリアーナが一度に相手する魔甲獣は二、三頭。何かしらのミスをしない限り、二人なら倒せる数である。
これを繰り返し続ければ、いずれ魔甲獣の包囲、封鎖は消滅するというのは、単純計算の話でしかない。
老齢な域にある二人には、山を下りて魔甲獣と戦い、討ち、山を登って戻るというのは重労働だ。いつ不覚を取るかもわからない。
だから、定期的にケンタル城に戻る二人が戻らなくなった時には、玉砕か降伏か、自らの意思で身を処すよう、兵たちには申し伝えてある。
無論、兵たちを見捨てたなら、フレオールとミリアーナのみの脱出は容易だ。ミリアーナの駆るドラゴンならば、二人は魔甲獣と戦わずに飛び去ることもできる。
ただ、その点をヅガートは見落としているわけではない。フレオールが兵を見捨てるような男ではないと判断しての、築いた包囲網だ。
仮に二人が兵を見捨てたなら、それはそれでフレオールの反乱は終わったも同然だ。
ケンタル城から出た後も、再び兵を集めて再起を計るのは可能だ。ただし、それは頭数を揃えられるだけのことで、質など求められようはずもない。
ゴラン、ゴドーの猛攻をしのげたのは、五百の兵が苦境にあっても踏ん張り、奮闘したからだ。いかに堅城、天険を得ても、兵の質が悪ければ、攻め落とされていただろう。実際、鉱山に立てこもった罪人らは、天険に拠ったにも関わらず、ヅガートに完敗している。
頭数だけを集めた反乱では、ケンタル城のような健闘など、望めようはずもない。しかし、今更、二人でどこぞに落ち延び、身を潜めて暮らすことを選べるなら、元よりこのような反乱を起こしていない。
だから、ヅガートが睨んだとおり、フレオールとミリアーナは魔甲獣を、どれだけいるかわからぬ魔甲獣を潰して回ることを選んだ。
数こそ多いが、魔甲獣は分散して配置されている。また、そのサイズから不意打ちを受ける心配もない。逆に、フレオールらの方が奇襲、先制を得られ、順調に各個撃破を果たしている。
時間はかかるが、正面以外の魔甲獣を倒すのは可能。そんな脇の甘い包囲網をヅガートは敷いていなかった。
分散している魔甲獣を先制攻撃でほぼ倒していく。そんな単純なサイクルを繰り返し、無意識に警戒心が磨耗してしまっていたか、二体の魔甲獣を倒した直後、
「そういうことか」
五体の魔甲獣の接近に気づき、ヅガートの策にはまった点にも気づかされる。
フレオールが順次、魔甲獣を各個撃破すると読めていたなら、どうするか?
それに対するヅガートの答えは、分散させている魔甲獣の何体か、特定の魔甲獣に対して少し距離を置き、数体の魔甲獣をフォローさせるようにしておく。
特定の魔甲獣が倒されるか、攻撃を受けたならば、フォロー用の魔甲獣がそちらに向かうようにしておいたからこそ、フレオールとミリアーナは二体を倒した直後、五体と連戦せねばならなくなった。
「よりにもよって、こいつらか」
五体の魔甲獣は、狼に似たフォルムにたてがみを持ち、脇腹から十の触手が生える個体。それはかつてアーシェアにけしかけた魔甲獣だった。
その二体でアーシェアを追い詰めた魔甲獣が、五体。ミリアーナがいるとはいえ、勝敗は明白。
ミリアーナは思念を飛ばして乗竜を呼ぶが、バーストリンクが来るまでしのげるかどうか。
無論、最期まで抗う事を止めるつもりはなく、
「槍よ! 刺し砕け!」
駆け寄って来る魔甲獣の投じた真紅の魔槍は、しかし触手から放たれた数発の魔力弾に打ち落とされる。
「ハアアアッ!」
ミリアーナの放った炎が別の一体の全身を包むも、ダメージを負いながらもその魔甲獣の動きは止まることはなかった。
「槍よ、戻れ」
フレオールの呼びかけに打ち落とされた真紅の魔槍が手元に戻った直後、魔甲獣らは触手の先から魔力弾の一斉射を行う。
降り注ぐ五十発の魔力弾。フレオールとミリアーナは何発かをかわし、何発かを魔槍やフレイルで防ぐが、その全てに対処はできなかった。
若い頃の二人ではないし、最盛期の両者であっても、全てしのぐことはできなかっただろう。
両者共に数発の魔力弾を食らい、倒れながらもまだ息はあったが、次の一斉射で二人の命数は尽きる。
自らの最期を悟ったフレオールが、それでも片手は真紅の魔槍を握ったままだったが、もう片方の手は伸ばし、側で倒れるミリアーナの手を握り、そこに再び魔力弾が降り注いだ。
アーシェア……亡国ワイズの王女。アーク・ルーンの将軍として生涯を終える。
フォーリス……亡国シャーウの王女。フレオールに看取られ、先立つ。
ティリエラン……亡国ロペスの王女。竜騎士学院の再建に尽力し、過労のために亡くなる。
イリアッシュ……竜騎士学院の再建に協力し終えてから亡くなる。
モニカ……ウィルトニアの無事を祈りながら最後を迎える。
スラックス……亡国ミベルティンの宦官。アーク・ルーンの元帥にまで昇りつめて生涯を終える。
シダンス……亡国ミベルティンの宦官。長くスラックスの副官を務めて生涯を終える。
インブリス……アーク・ルーンの元将軍。退役後もうまく立ち回り、一族の安定に成功して逝く。
フィアナート……元暗殺者。アーク・ルーンの将軍として生涯を終える。
ザゴン……元凶賊。最後まで軍務を隠れ蓑にして快楽にふける。
ヤギル……幼女の尿の飲みすぎが原因で死亡。
マフキン……アーク・ルーンの代国官として、最後まで父祖の地タスタルの復興と安定に務める。
ベフナム……アーク・ルーンの司法大臣。最後まで法による人の幸せを追求する。
ファリファース……アーク・ルーンの吏部大臣。最後まで人生を謳歌する。
ヴァンフォール……アーク・ルーンの財務大臣。次の大宰相と目されるも、ネドイルより先に逝く。
フレオール……大宰相ネドイルの異母弟の一人。己の本心に従って戦い、ヅガートの策によって敗死する。
ミリアーナ……亡国ゼラントの王女。フレオールと共に戦い、共に果てる。




