落命編26
フレオールの討伐において、ヅガートは実戦の指揮をゴラン、ゴドーに委ねる、いや、やらせることにした。
この二人の将才はかなりのものだが、どれほどのものか、ヅガートとしては見極める必要がある。自分を含め、クロック、ムーヴィル、ベーヅェレは高齢で、いつ逝ってもおかしくないのだから。
今後のことを考えれば、ゴラン、ゴドーの実力を確かめ、かつ経験を積ませておくべきだろう。
ヅガート、ゴラン、ゴドーがゼラントにいるとなれば、ソナンは無防備となるが、ザラスは足場を固めるのを優先し、無計画に反逆の狼煙を上げることはないだろう。ただ、それは足場を固め終えたなら、アーク・ルーンの防備に関係なく、反逆の狼煙を再び上げることを意味する。
アーク・ルーンというより、ヅガートとしては、ザラスが準備を終えるまでに有象無象の反乱を鎮圧して、ソナン領にとって返せる状態にしておく必要がある。そうした時間制限を考慮し、ゴラン、ゴドーには強攻策を用いてでもフレオールを討つように命じた。
命じられた側はケンタル城の立地を見て、かなり深刻な表情となったが、命令である以上、従うしかない。
一応、二人は五千の兵を四隊に分け、ゴランが一隊を率いてケンタル城を攻めて退いた直後、ゴドーが別の一隊を率いて攻め、さらにその部隊の後退に伴い、ゴランがまた別の一隊で攻めるという波状攻撃を昼夜を問わず、十日に渡って繰り返した。
ゴランとゴドーも頑健な肉体の持ち主であり、どちらも三十以上もヅガートより若い。その二人でさえ、兄弟で交替しながらではあるが、十日もの間、間断なく攻め続け、かなり疲労が蓄積した。
四交替のアーク・ルーン兵の中にも倒れる者が出ているのだから、当然、守る側の疲労もかなりのもの。とりわけ、反乱の首謀者たるフレオールは高齢で、若い時ほどの体力はない。
だが、ケンタル城は未だ不落だった。
それは奇策による成果ではなく、攻める側と同様、守る側も当たり前に堅守に務めた結果であった。
ケンタル城が四方から攻められる城なら、ゴラン、ゴドーの波状攻撃に落城していただろう。しかし、ケンタル城の攻め口は一方のみ。
他の三方を見張りだけとすれば、残る一方を守るのに五百も兵は必要はない。フレオールも兵を二分して交替を繰り返すことで波状攻撃に対応した。当然、自身も疲労を感じれば部下に守城指揮を任せ、休息を取り、ゴラン、ゴドーの術中にはまるのを回避した。
双方、常道で攻防に終始したが、地形や状況からそうなるのが普通である。無論、攻める側も守る側も険しい山中を兵の一部に密かに進ませ、思わね方向から一撃を加えるという策を考えはしたが、相手が油断なく構えていては成功の余地などない。その程度の奇策が通用するなら、ケンタル城が落ちるか、ムーヴィルは大打撃を受けているかのどちらかだ。
ただ、それも底の浅い奇策なら通用しないという意味であり、
「よし、撤退だ。ただし、魔甲獣は残して、だ」
ヅガートとしては、ゴラン、ゴドーはもう少しやるかとも期待したものだが、フレオールらを疲弊させるまでか、と落胆せずにはいられなかった。
ケンタル城が力攻めで落ちないのは当然なのだ。フレオールが集めた兵は皆、覚悟を決めてその元に集ったのであり、何よりも退路などない場所にいるのだから、守る側は自然と必死になる。それが十日に渡る、昼夜を問わぬ猛攻を防いだ最大の要因だ。
城を枕と定めた者が堅城を堅守しているのだから、もう十日、いや、二、三十日と猛攻を続けて落ちるかどうか。
このような場合、兵糧攻めとすべきであり、ヅガートもそちらの手段を用いるだろう。そして、情勢がそれを許さぬなら、兵糧攻めのやり方を工夫すればいいだけだ。
十日の間、ヅガートはゴラン、ゴドーの戦いぶりを酒杯を片手に眺めていただけではない。近隣、いや、少し遠方からでも、集められるだけの魔甲獣を集結させた。
集めた魔甲獣の一部でケンタル城から麓に通じる唯一の山道を塞ぎ、残りはその周りに配して、
「山から下りる者は残らず食い殺せ!」
苛烈な命令を下し、それで終わりとするヅガート、正確にはクロックではない。
ケンタル城の周りの集落に山に入らぬように伝え、かつそれら集落が山に入らずとも暮らしていける手配は終えている。
魔甲獣を用いたケンタル城の封鎖を終えると、ヅガート、ムーヴィル、クロック、ゴラン、ゴドーは各地の反乱鎮圧に赴き、フレオールの前から去った。
攻め口が狭く限られているということは、出て行く場所も限られるのと同義だ。もちろん、山道を通らず、道なき道から山を下り、それから再集結を計ろうとしても、バラバラに動く兵は魔甲獣の餌食になるだけだ。とはいえ、戦力を集中し、唯一の出口から突破しようにも、そこにも魔甲獣が数多とたむろしている。
ケンタル城は地形的に魔道兵器の運用が難しい。だから、フレオールはそれに対抗できる兵器、装備がなくとも守り抜けた。だが、魔道兵器を相手に突破、渡り合うだけの武装がない事も意味しているのだ。
ゴラン、ゴドーの猛攻をしのぐのに手一杯であったフレオールには、この魔甲獣の集結、配置を察知していたとしても、妨害する手立てはなかっただろう。猛攻がようやく止み、疲労した体を休めたフレオールらに待っていたのは、戦って魔甲獣のエサになるか、戦わずに飢え死にするかの選択肢だった。
言うまでもなく、後者は論外。ゆえに老魔法戦士は、真紅の魔槍を最期まで手放さぬ選択を採った。




