落命編25
ザラスの降伏は実質、勝利も同然であった。
アーク・ルーンに再び帰順したザラスは古巣に頭を垂れる代わりに、ソナン以北の広大な土地の統括する権利を与えられた。
つまり、ジキンとカセンの両領とその北に広がる草原、現状の支配地域の実質的な支配権を認める代わりに、表面的ながらもザラスはアーク・ルーンに臣従し、その反乱は表向きには終結を見た。
無論、ザラスがこのまま大人しく東の果てで穏当な統治に専念するわけがない。
アーク・ルーンに形だけ頭を下げつつ、支配地域の安定と軍の強化を進め、遠からず反逆の狼煙を再び上げるだろう。
ザラスの軍勢は渡河中に攻撃を加える、極めて有利な状況でしかアーク・ルーン軍、いや、ヅガートに勝てない。ヅガートと真っ向から戦える軍を整えるには、時を必要とする。今回の降伏はその時を得るため、再戦のための準備期間にすぎないのだ。
そんなザラスの思惑は百も承知で、その降伏をアーク・ルーンは受け入れた。受け入れるしかないから、受け入れたと言うべきか。
ヅガートがザラスにかかりっきりになれば、他の反乱の鎮圧に当たれない。有象無象の反乱を放置すれば、無秩序な争乱となりかねず、無計画に拡大していきかねない。
対して、ザラスは当面、次の戦いの準備に専念し、無秩序や無計画な反逆を行うことはない。
ザラスの反乱を叩き潰し、フレオールらその他の反乱を順次、鎮圧していくのが理想だが、その理想を裏切らねばザラスの理想は達成されない。
ヅガートの予想どおり、船団を以て東進すると同時に、ザラスは兵を引き上げ、大河の北岸に大軍を展開し、アーク・ルーンの北上に備えた。
さらに山間部の北の守りを固め、こちらからの進軍にも対応されると、ヅガートは手詰まりとなった。
いかな名将とて、天険の前に人智は及ばない。天険を活かしたザラスの守り、迎撃態勢はヅガートとて無闇に踏み込めるものでなかった。
一応、ヅガートもわざと軍勢や陣地に隙を作り、ザラスを南岸に誘き寄せようとしたが、そんな見え透いた策に乗ることなく、長引く対陣は他の反乱によって戦うことなく終わりを迎えたのは前述の通りである。
もちろん、ザラスの降伏という名の譲歩を受け入れるのは、問題の先送りにすぎないが、
「ダメだ。早期に打ち破る術はない」
長期戦であるなら、ザラスの陣営を内から崩すなどの打開策も採りようはあるが、それが無理な以上、ヅガートに打つ手はない。
アーク・ルーンが真っ当な点は、ザラスの降伏を受け入れたことだ。
ヅガートが早期の決着は無理と判断しようが、ネドイルやイライセンにはヅガートに戦いを強要したり、別の将と替える権限もある。ただ、当たり前ながら現場の意見を無視して敗北を招き、情勢を悪化させる両者ではない。
当面、ザラスは足場を固め、西に打って出る準備に専念するだろう。ならば、こちらもその間に、有象無象の反乱を片づけ、ザラスを短期決戦で討ち取る段取りを整えるべきである。
それなら片づけ易い反乱から片づけ、堅城に立て籠るフレオールはこのままムーヴィルに押さえさせ、後回しにしても良いというか、それが常道だ。
しかし、ヅガートはムーヴィルと合流し、フレオールの始末を優先した。これは奇をてらったわけではない。単純にケンタル城を攻略する算段があるから、早めに片づけた方がいい反乱の鎮圧に取りかかったのだ。
「戦況は説明した通りだ。兵の指揮、采配は一任する。速やかに謀叛人フレオールを討て、ゴラン、ゴドー」




