落命編23
ソナンの西にある山間部は、何度も自立し、国家が打ち建てられた地である。
険しい山々に守られる一方、盆地や高原の地味は豊かで、一国を成せるだけの生産力を有しているからだ。
ただ、反面、この地に築かれた国家は二代で終わる短命政権ばかりであった。国が永続しなかった理由はいくつもあるが、この地に建てられた国は構造的に一つ大きな欠点を抱えることになる。
国力不足だ。より正確には、人口不足と言うべきか。
肥えた盆地や高原は険しい山々の中にあるので、田畑にできる土地、人が住める土地がどうしても限られる。それは石高や人口が一定までくると、どうしても頭打ちになることを意味する。
人口が多いほど、動員できる兵数が高くなり、兵の補充も易くなる。戦いは兵数の多い方が有利であり、仮に同数での損耗を繰り返していけば、数の劣る側が先に力尽きる。それは一度や二度の奇策による打撃でくつがえるものではなく、逆に一度の敗北が数に劣る側に大きく響く。
もっとも、それは今の情勢には関係ない話と言えるだろう。
かつてアーシェアはこの山間部を制した後、ここから東に向かい、ソナンを征した。山間部以西はアーク・ルーンのほぼ領土であり、スラックスやリムディーヌの軍団がいて、アーシェアはソナンのみに兵を向ければ良かったなど、いくつもの勝因はある。
ヅガートも必要なものが現地で調達できなければ、西からいくらでも運び込める。兵員や物資に関して憂いはない。
シワだらけのヅガートの顔をくもらせるのは、その地形だ。
山間部は守るに適した地形ではあるが、出撃拠点としては難がある。
ザラスの従える主戦力が騎馬の民である点から、一挙にカタをつけるなら、北、正確には北東へと進み、その本拠地を狙うのが常道。この軍事行動を阻まねば、ザラスは騎馬の民からの信用を失い、反乱軍は空中分解するであろう。
ただ、山間部の北か北東はかなりの難路だ。それでも相手が無警戒であれば、踏破は可能だ。ザラスも反乱による混乱を突く形で、この地に手勢を送り込めた。
それらはゴラン、ゴドーによって撃退されたが、ヅガートが逆進する形で兵を進めても、反乱軍のように踏破は難しいだろう。ザラスが備えを怠っていとは思えない。
ならば、アーシェアと同様、船団を仕立て、水路から東に向かい、まずはソナン領を回復する。これはそう困難な軍事行動とはならないと思われる。
ソナン領はまだ完全にザラスの手に落ちていないし、その手勢である騎馬の民は湖沼、湿原の地形は不得手としている。船団を以て大軍で東に進めば、さして戦わずに北帰するとヅガートは見ている。
ヅガートにとって頭が痛いのは、その後だ。
山間部から出撃するのは前述の通り、困難。こちらから大軍を進めても、敵が守りを固めてしまうと、進軍が容易に阻まれてしまう。一方で、大規模な補給路の構築は難しく、長期戦に持ち込まれると、撤退を余儀なくされるだろう。
ならば、ソナン領から北に向かうとするなら、大河を渡河せねばならない。
渡河は軍事行動の中でも困難なものの一つとされている。船で河を渡った直後、上陸中に急襲を受ければ、いかなる戦上手にも防げるものではない。
特にザラスの主力は騎兵だ。渡河を気づかれた時点で、その機動力の餌食になりかねない。生半可な手段では渡河を試みる先から各個撃破される公算が高い。
もっとも、それはザラスの同様であり、ヘタに渡河しようとすれば、せっかくの騎兵が水の上で虚しく無力化する。さらに仮に渡河に成功したとしても、上陸した先に広がるのは、騎兵の機動力が活かせぬ湖沼や湿原だ。純軍事的な面で不利なのは、ザラスの方だ。
しかし、政略面、大局的には、ザラスは決して不利な情勢にあるわけではない。
ヅガートはこの先の展開が容易に想像がつく。おそらく、ザラスとは大河を挟んで睨み合うことになるだろう。経験に劣るザラスは、マトモに戦えば勝ち目のないことを熟知しているはずだ。
無論、ヅガートとて強引に渡河をしようとして、進んで不利を招くようなマネはしない。
ならば、両者の戦いは搦め手で、戦場の外で決するものとなろう。
一見、純軍事面のみならず、謀略でも多くの国に苦渋をなめさせ、滅ぼしてきたアーク・ルーンの方が有利なように思えるが、ザラスは勝算もなく反乱を起こすような、甘い若造ではなかった。
「後は小僧が隙を見せるのに期待するのみか」
一千余の戦船と約八万の兵を用意したヅガートは、そうつぶやいたものだ。
それはザラスが隙を見せねば、実質的に敗北するのが自分、いや、アーク・ルーンであるということを意味していた。




