落命編22
複数の騎馬民族をまとめ上げたザラスの反乱は、旧ジキンとカセンの地のみならず、ソナンの地にまで手を伸ばしつつあった。
ただ、その内実は見た目の快進撃ほど、楽観が許されるものではない。
クロックがうまく引っかかり、ヅガートらがバディンの方に行ってくれたので、初手の成功は約束されたものだ。フレオールも挙兵するという、思わぬ幸運にも恵まれている。
ザラスとしては、ヅガートらがこちらに来るまで、旧ジキン、カセン、ソナンの地を完全でなくとも押さえておきたい。それだけの土地を奪っても、アーク・ルーンの全領土に比すれば大したものではないのだから。
支配領域を拡大すればアーク・ルーンに対抗できるほど、ザラスの反乱と立場は安定していない。ザラスが率いる騎馬民族らは心から従っているわけではないのだ。あくまで豊かな土地が手に入るという話に飛びつき、利益を得る可能性があるから指示に従っているにすぎないのである。
もちろん、最初から騎馬民族に心からの臣従など求めても、反発を買うだけだ。ザラスもその程度の現実、理解している。まずは騎馬民族に豊かな土地を奪わせ、自分の指示に従えば得をすると思わせるだけでいい。最初は損得感情で指導者と認めていようが、成功し続ければザラスの能力と実力を自然と認めるようになるだろう。すでに騎馬の民の中には、ザラスの指導力を認め、心から従う者も現れ始めている。
そうした内部の意識改革を進めておかねば、これからの戦い、特にヅガートとの決戦に臨めるものではない。
今のところ、ザラスの反乱は順調に推移している。旧ジキン、カセンの要所は落とし、はや一部は旧ソナン領に雪崩れ込んではいる。一見すれば、それは卓越した軍事手腕の産物であり、それに騎馬の民は熱狂しているのだが、
「味方が味方を襲ったのだ。初手はうまくいくに決まっている」
騎馬の民も農耕の民も、今や同じアーク・ルーンの民。国が異なっていた頃と同じように警戒しているわけもない。
当然、余計な事を言う必要はない。用兵巧者であり、強力な指導者と思わせた方が、ザラスにとっては何かと都合がいい。ザラスに従えば栄光をつかめるという考え、夢想は、複数の騎馬民族をまとめる上で有効に働く。
逆に言えばザラスの手勢は騎馬の民の連合軍にすぎず、指揮系統や連携、協調に難があり、その点を改善せねばヅガートと相対しても勝算は低い。
旧ジキン、カセン、ソナンの全土とまでいかずとも、その要所を全て押さえれば、ヅガートはタイトガ以西での軍の編成を余儀なくされ、ザラスは旧ソナン、カセン、ソナン全土を押さえ、充分な準備を以てヅガートと戦えるのだが、
「そう、何もかもうまくいくものではない」
手勢の一部は渡河を果たし、リンカンやヨージョに攻めかかっている。その混乱はかなりのもので、それを鎮めながら軍の編成をしようとは、今のヅガートも考えまい。いや、今のアーク・ルーンの状況から、そうしたくとも選択できないと言うべきか。
一方でソナンの西、山間部に送った六万の兵馬は撃退されている。
ザラスの反乱軍、その一部の襲来を受け、その地の有力者らはこぞって降伏する素振りすら見せた。
もし、ゴランとゴドーという兄弟が六千の兵を率い、迎え打っておらねば、西の山間部一帯もザラスの手に落ちていただろう。
天険を用い、地の利を得ていたとはいえ、十倍の敵を撃破することなど、生半可な手腕ではない。ゴラン、ゴドーの力量の高さは明白だ。
戦略的にはマズイ展開だが、ザラス個人からすれば、これこそ待望していた展開である。
ネドイルが歩んだ覇道、巻き起こした戦乱において、敵味方を問わずに数多の有為な人材が世に現れた。彼らがいたこそ、ネドイルは実質的に世界の頂点に立てたのは間違いない。
が、それも過去の話だ。戦乱、時勢を得て、高位高官となった者たちはほとんど他界したが、それだけならまだ良い。過去の貴族たちがそうであったように、彼らの得た地位や特権は大した才能のない、あるいは全く無能な子供らに引き継がれているケースが目につく。
それは、かつてネドイルが叩き壊そうとした世界だ。
ネドイルの後継者に収まり、ネドイルの築いたものを引き継ぐのは容易い。だが、それは唯々諾々とネドイルの否定した世界を受け入れることである。
幼き日、皇太子ともめた案件など、正にネドイルが否定しているものを如実に表している。
ザラスとて、もう子供ではない。建前の重要性は理解している。また、先に手を出した自分にも、非がいくらかあるのは心得ている。
しかし、根本的な問題はそこではない。皇太子のような勘違いした人間が大きな顔をしていたことだ。
無論、皇太子はその後、勘違いのツケを命で払い、ホコリ取りとしての役割を全うしたが、それはネドイルの築いた世界であったからだ。ネドイルの否定した世界では、そんな勘違いがまかり通る。
弱肉強食に近い騎馬民族の中でも、血統のみの下らない人間が上に立っていることもある。だが、今回の反乱で身分の低い者の中から頭角を現す者もおり、ザラスはそうした者を積極的に引き立てている。
亡父のようにネドイルの否定した世界を、仕方ないものとできたなら、無用な戦乱を起こさずにすんだだろう。だが、ザラスはトイラックは違う。彼が選んだのは、ネドイルの築いた世界の再構築であった。
ネドイルのように実力、能力、成果主義を掲げ、ネドイルの支配する世界を奪い取る。その課程で、ネドイルが遠慮してできないことをやる。スラックスの甥だろうが、ファリファースの息子だろうが、誰の家族縁者かなど考慮せず、ネドイルの築いた世界を再現する。
もちろん、当たり前ながら、ザラスの目論見がうまくいったからといって、それはネドイルの築いた世界の永続を意味しない。
ネドイルが世界を手に入れる課程で、様々なしがらみを得たように、ザラスも世界を奪い取った時には、同様に様々なしがらみに縛られていよう。自身の覇道を支えた功臣の子に親ほどの才がなかったからといって、無能と切り捨てることなどできないし、そうした非人間的な態度こそ、国の礎をより崩すことへとつながる。
ザラスが、そしてネドイルが真に聡明である点は、人の手で永遠を求めても詮ないということを理解していることだ。だから、ネドイルは自らが築いたものをザラスに押しつけるようなマネはせず、その自由意思に任せている。ザラスがネドイルの築いたものを再構築しようとしているのは、当人が望んで選んだ道、人生だ。
無論、ザラスが実力で世界の頂点に至ったとしても、その時、後継者に人が得られるかなど、わかるものではない。ネドイルとて、トイラックやザラスの出現を見越して、覇道を歩み出したわけではないのだ。
だが、未来がどうであれ、ザラスは己の歩みを止めるつもりはない。ザラスの人生の晩年、世界や思想を引き継げる者がいなくても仕方ないと割り切る。
その時は世界はこれまでのように、腐敗と破壊を繰り返すだけなのだから。




