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落命編21

 挙兵するにあたり、ザラスは多数の手勢を確保したが、その大半は兵士というわけではなかった。


 バディンの地のみならず、七竜連合の旧地には多くの鉱山がある。竜騎士に守られた七国に周辺諸国が何度も戦を仕掛けていた理由の一つが、その豊かな鉱物資源にある。


 その七竜連合はワイズ以外、滅亡する直前、大寒波に見舞われた。その際、山間部の人間も多く凍死ないし餓死している。つまり、鉱山で働く鉱夫がこの時いなくなってしまったのだ。


 七竜連合を滅ぼし、雪で埋まった鉱山を支配下に置いた魔法帝国アーク・ルーンだが、鉱夫がいなければ地中にどれだけ鉱物資源が埋まっていようとも、金にならない。


 だから、アーク・ルーンは雪も寒さも残る鉱山に、捕虜や罪人を次々と送り込み、採掘作業に従事させた。

 当たり前の話ながら捕虜や罪人に給金は支払う必要はない。七竜連合の時代より収益率の上がった鉱山経営は、膨大な軍事費を必要とする魔法帝国アーク・ルーンの、財源の一つとなった。


 大寒波の直後は攻め滅ぼした国、降った国が近隣にいくらでもあり、多数の捕虜を得ることができたが、それも昔の話だ。とはいえ、人経費のあまりかからない鉱山経営の魅力と旨味を知ったアーク・ルーンは、少し遠方からでも罪人を連れて来て、今でも一定の採掘量は確保している。


 ザラスが目をつけたのは、亡父の整えたこのシステムだ。亡父と同じ官職にあるザラスはその権限で強制労働を課されている罪人の一部を集め、密かに運び込んだ武具で武装させ、鉱山の一つを占拠して、祖国への反逆を宣言した。


 この反乱に対して、ヅガート、正確にはその下で補佐するクロックが、周囲の兵を集めた。こうして編成した五万の内、五千をムーヴィルにあずけ、フレオールの方へと向かわせた。


 同時期に反乱を起こしたザラスとフレオールだが、別に手を組んでいるわけではない。だが、挙兵した地が近く、両者が連動する恐れがある。ザラスの討伐するのに専念するには、フレオールの動きを抑えておく必要がある。


 鉱山、山のような難所で守り固められたのだ。凡将、いや、多少の才覚のある将では、攻略のできるものではない。しかし、ヅガートやクロックの才覚は多少などというものではなかった。


「数はいようが、所詮は武器を持った素人の群れだ。戦った経験がない分、賊にも劣る。弱兵だろうが訓練を受けた兵とは比べものにならんよ」


 ヅガートの読みは的確であった。


 守る側の統率は取れておらず、陽動や偽攻にカンタンに引っかかる。劣勢になるや動揺し、踏ん張って戦うこともない。


 それでも最後の拠点まで押し込まれると、後のない状況に奮闘するようになったが、その時点で必死になったところで、もう遅い。


 そこに追い詰めるまでにヅガートの指示で、一隊が敵の兵糧を押さえている。こうなると、必死の敵と真っ向から戦う必要はなく、後は兵糧攻めで足りる。


「てめらの墓場はここだ。だが、降参するなら、命日は先延ばしにしてやる」


 罪人らはその罪に応じた年数の強制労働が課せられる。ヅガートは彼らに降伏しても、無期懲役が待っていると告げたのだ。


 それでも多くの者が命日の先延ばしを選んだ。そして、命日が先延ばしになったのは、ザラスも同様だ。


「いっぱい、食わされたな」


 ヅガートは感心したようにつぶやくが、クロックの表情と心中は苦い。


 この地にザラスの姿はなく、指揮を採っていたのは部下の一人だった。


 ここにいないザラスがどこにいるかなど、明白だ。


「どうやら、読み違えたようです。すぐに東に向かい、ザラスを討ち取りましょう」


「まあ、待て。もう慌てても仕方がない」


 クロックと違い、ヅガートは冷静であり、冷徹に戦況を見据えていた。


 まず、ザラスに引っかけられたことをムーヴィルに伝えねばならない。だが、ムーヴィルはフレオールと対峙している。フレオールの乱を鎮圧せねば、ムーヴィルを動かすに動かせない。優れた将の少ないアーク・ルーンにとって、これは大きな痛手だ。


 次に気になるのが、現地の状況だ。騎馬民族の南下を受け、彼の地は大変な混乱が予想される。


 そのような大混乱の中、騎馬民族に対抗できるだけの兵を集められる状況にあるか否か。それが今後の討伐の方針を分ける。


「オレらがもう二十、いや、十、若りゃあ、現地の味方を集めながら戦えたんだがな」

 敵が何万、何十万だろうと、一千や二千でも戦いようがある。寡兵で転戦しながら、味方を糾合していき、充分な数が揃った時点で反撃に出るという戦法は、今のヅガートでは選択できない。


 転戦を繰り返すだけの体力が、老将となった元傭兵にはもうないのだ。


 かつてジキン、カセンが建国された、騎馬民族が隆盛だった頃でも、ソナンは滅亡することはなかったが、それは天険によるところが大きい。


 ジキンとカセンの侵攻を受け、ソナンに残されたのは西の山岳地帯と、湖沼が点在する大河以南の地。どちらも騎兵の運用に不向きな土地であり、だからこそアーク・ルーン軍が来襲するまで征服を免れてきた。


 これらの地の兵馬を集めれば、騎馬民族に、いや、ザラスに対抗できる軍勢を編成できる。


 だが、それはザラスも承知している。そして、それらの地を押さえれば、反乱の討伐が困難となるのも、ザラスは理解しているだろう。


 騎馬遊牧民が割拠していた北の草原、旧ジキン、カセン、ソナンの地をザラスが征していたとすれば、ヅガートもかなりの準備をせねば、その鎮圧に乗り出せるものではない。


 ザラスが東域に巨大な独自勢力を築いていた場合、はるか西、それこそマヴァル辺りでしか大軍を編成するしかなくなる。


 ソナンの東は小さな島国があるのみ。ファブンが大船団を率いて征し、そこもアーク・ルーンの領土であるが、そこで整えられる兵は十万に届かず、兵数がどうにも足りない。


 ソナンの南には、かつてヅガートが征した大地が広がり、人口的には大軍の編成が可能だが、気候的には難しい。その地でどれだけの数のアーク・ルーン兵が暑さにやられたことか。クロックも暑熱に倒れた者の一人だ。ヅガートとて、若い頃は平気だったが、今の年では耐えられぬかも知れぬ。


 ソナンの西には高山やら砂漠やらの難所が多い。そこに方々から兵を集めるとして、大軍が駐屯できるような土地があるか、あったとしても兵糧や飲み水の確保もカンタンにいくまい。


 大軍の編成がソナンで困難であるなら、タイトガ以西で兵を集めるしかなくなる。


 ただし、これも大軍の編成そのものは容易であっても、進軍に難題がつきまとう。


 南回りの進軍ではまた兵も指揮官も暑熱にやられる。北回りの進路は騎馬遊牧民のテリトリーを進むことになり、進むには危険が大きすぎる。


 そして、東にまっすぐ進んだ先、ソナンの地までには高い山が連なり、広大な砂漠が広がっている。


 スラックスなりアーシェアなりが生きていれば、大軍の指揮を任せ、ヅガートは現地に赴き、その地の兵を率い、ザラスの思惑をくじくのに専念できただろう。戦場における駆け引き、嫌がらせの数々においてヅガートの右に出る者はいない。才幹はあれど経験の浅いザラスを引っかき回すのも可能である。


 そもそもにおいて、ヅガートは大軍を正攻法で運用するのを得手としていない。ヅガートの用兵は我流であり、正統な用兵を学んでいるわけではないのだ。


 だが、そんなヅガートが大軍を率いた方がマシなほど、人材が乏しくなっている。


 それがアーク・ルーン軍の実状だった。


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