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落命編20

「それでどこの反乱から手をつければいいのですか?」


 クロックに問われ、しかしムーヴィルはにわかに答えることができなかった。


 優れた将らがほとんどいなくなったアーク・ルーン軍。その中で古参の軍人であるムーヴィルとクロックは、近年、ヅガートの下で専ら反乱討伐に当たっている。


 ムーヴィルとクロック、共に六十を越えるほどに老いた。が、さらに高齢なヅガートは老いのために軍議に出ず、横になっているほど、平時はいちじるしく衰えた。


 歯がだいぶ悪くなり、粥のような柔らかい物しか食べられなくなったヅガートだが、一方で酒杯を手放さぬ生活を送っている。


 だが、精彩を欠くのは平時のみで、戦場では軍馬を乗り回し、その指揮ぶりは健在だ。いや、健在どころか、経験を重ねた今の指揮は、若い頃よりも洗練されている。


 しかし、戦に先立つ軍議でその経験を頼ることができない。ムーヴィルとクロックで軍の方針を定めねばならなかった。


 有能な軍官が次々と逝き、統制力の低下している魔法帝国アーク・ルーンでは、小さな反乱が後を絶たない。しかし、どれも一戦で鎮圧できる程度のもので、アーク・ルーンの治世が揺らぐことはない。常なら、ムーヴィルとクロックは反乱内容を確認するのみで軍議は終わる。


 が、今回の反乱は常のようにはいかない。ほぼ同時に三つの反乱が生じたというだけなら、さほど悩む必要はなかっただろう。ムーヴィルとクロックの苦悩させているのは、その三つの反乱の内容、何よりも首謀者だ。


 三つの反乱の内、東の騎馬民族らの起こしたものが、最も規模が大きく、遠方に位置する。


 元々、ジキンとカセンを建国した騎馬民族は、荒涼な土地で貧しい暮らしを送っていた。厳しい環境を生き抜く内、精悍な騎馬民族となっていった彼らの近くには、豊かだが弱兵しかいないソナンの地がある。侵攻し、豊かな土地を奪ったのは当然の流れだろう。


 少数の騎馬民族が多数の農耕民族を支配するジキン、カセンの両国は、アーク・ルーンによって滅びた。アーク・ルーン帝国は彼らを古地に戻したわけではない。ただ、支配者としての特権を失った騎馬民族は、農耕民族の中でうまく生計を立てられる者がそう多くなく、大半が自然と従来の生活に戻っていったのだ。


 アーク・ルーンの支配下にある騎馬民族らは農耕民族からそれまでのように掠奪や侵攻ができず、豊かな土地を遠望するしかなかった。


 この経済格差に対して、アーク・ルーンは騎馬の民に農耕や定住を働きかけたが、民族の根幹に根差した問題なので、この程度で解決するものではない。何より、生活様式を転換しても、不慣れな農耕や定住に、騎馬の民はさらに貧しくなるケースすらあった。


 ジキンやカセンの旧勢力のみならず、その北に割拠する騎馬遊牧民も加わり、豊かな旧ソナンの地を求める大規模な反乱が勃発した。


 いや、大規模な反乱を起こされたと言う方が正確であろう。


 元来、騎馬民族は独立独歩の気風が強いものの、強者には従順なふりをして、生き残りを計る強かさと柔軟性は有する。ただ、対等な相手、それも同じ騎馬の民となると、同じ獲物を狙い合っているという、競争意識の方が働くのか、あまり手を組むということがない。実際、これまで騎馬民族が起こしてきた反乱は一部族単位のものばかりだった。


 騎馬民族の気質的に、何者かが共闘するように計らねば、大同団結するということはあり得ない。つまり、いくつかの部族をまとめ、決起させた人物、黒幕がいるということだ。


 その黒幕の名はザラス。亡父に劣らぬその才幹を思えば、これくらいの反乱を起こさせたとしても、不思議ではない。


 騎馬民族らをまとめ、使嗾してこうも大規模な反乱を発生させただけでも厄介なのに、ザラス自身、バディンの地で一万もの兵を集め、自らも表立って反乱を起こしている。


 さらに悪いことは重なるというか、フレオールもゼラントの地で兵を挙げ、余計な手間を増やしてくれている。


 ムーヴィルやクロックには、フレオールやザラスが挙兵、ネドイルに反抗する理由というものがまるでわからない。特にザラスなどは武力に訴えずとも、ネドイルの後継者として全権力を引き継ぐ身だ。奪おうとするものは全て、黙っていても手に入るものなのだ。


 だが、反乱首謀者の心中はどうあれ、その行いは看過できるものではない。アーク・ルーン軍としては討伐する他に選択肢はないが、問題はどの反乱から討つか、だ。


 フレオールの乱は後回しにしていい。脅威の度合いは最も低い上、多少の時を与えても大乱となる可能性はない。ムーヴィルとクロックがどれだけ検討しても、反乱成功の見込みが見えず、自滅するために兵を挙げたとしか思えなかった。


 順当に考えれば、騎馬民族らの反乱を真っ先に叩くべきだ。規模の大きさと拡大の危険性から、この反乱を早期に鎮圧せず、時を与えると、どれだけ戦火が広がるかわからない。


 ヅガート、ムーヴィル、クロックは騎馬民族の反乱を全力で討つ。その間、ザラスとフレオールの乱には近隣の兵を向かわせ、

討伐できずとも最低限、封じ込めておく。必要ならワイズに駐屯する竜騎士隊も動員する。


 騎馬民族、ザラス、フレオールの順で反乱を討っていくのが、常道ではある。ここでムーヴィルとクロックが悩みどころは、そのような常道がザラスに通じるか、だ。


 騎馬民族を真っ先に叩くということは、ザラスに時を与えるということになる。ムーヴィルらからすれば、その間にこのこしゃくな若造がどのような策をろうするか、知れたものではない。騎馬民族をまとめた才幹は軽視できるものではなかった。


 例え騎馬民族による反乱がどれだけ拡大しようが、時間をかければ鎮圧できる。それを思えば、ムーヴィルとクロックにはザラスに時を与えぬことの方が肝要という考えに至った。



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