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落命編19

 フレオールが挙兵の地に選んだのは、ゼラントの地。妻たるミリアーナがゼラント王国の元王女であるからだ。


 反乱を起こしたフレオールは、ミリアーナと正式に結婚式を挙げた。彼にはミリアーナの他に、フォーリスとの間に設けた子がいる。どちらかを正室にすると、もう一人は側室ということになる。


 正室と側室の子では、相続に明らかな差が出る。それを避けるため、フレオールはどちらも選らばなかったが、今やその心配はない。フォーリスは亡くなっており、反乱者となった今、子らは父親との関係を絶っている。そもそも、反乱を起こす前にフレオールは子供らに、公平に財産を分け終え、後顧に憂いはない。


 ゼラント王国の復活を旗印にし、その傍らにミリアーナ元王女がいるにも関わらず、フレオールの挙兵に対する反応は芳しくない。


 もうゼラント王国の滅亡は昔の話。滅亡の直前に襲った天災の爪痕も、完全に癒えてから久しい。ゼラントの地に住む者にゼラント王国の旧民という意識はもはやなかった。


 アーク・ルーンの統治に人々が苦しんでいるなら、決起や反乱に民も同調しただろう。だが、ネドイルはアーク・ルーンの実権を握ってから民の暮らし易い国を標榜してきた。これまで内乱が拡大せず、小規模かつ早期に鎮圧されてきたのは、民が祖国の再建を熱望しなかったからだ。


 ネドイル、兄の覇業に反発を覚えながらも、フレオールがそれに協力してきたのは、その方針が滅びていった国々より民の支持を得られるものだったからだ。


 ミベルティン、神聖帝国、ジキンなどは末期的な国情であったから、アーク・ルーンの侵略によって民が救われたといっても過言ではない。特にミベルティン帝国など、暴政の果てに民衆反乱によって滅亡しているありさまだ。


 だが、一方でコノートのように善政を敷く王国を強者の論理で踏み潰したのも、アーク・ルーンの侵略だ。フレオールがその滅亡に深く関わった七竜連合とて、アーク・ルーンの侵略と天災で統治能力を失っただけで、別段、民を虐げていたわけではない。


 特に七竜連合、その王家の末路は筆舌に尽くし難い。情勢によっては王家の処刑は仕方ないこともあろうが、苦しませるようなマネはいただけない。


 それよりも可もなく不可もない王の元、平穏な暮らしを営んでいた民の生活を乱した罪は大きい。アーク・ルーン軍は掠奪、放火、虐殺などで民を害することはほとんどないが、戦火というものはいや応なしに民を傷つける。


 アーク・ルーンの侵略でどれだけの兵が戦死したことか。それは戦死者の家族らを嘆かせたことも意味する。


 それでもメドリオー、シュライナー、リムディーヌ、スラックスなどは父親を失う子供、夫を失う妻のことを念頭に置きながら戦い、戦場以外で血を流さぬように努めていた。が、一方でヅガートなどはそんなことに頓着しない。敵の負傷兵を捕虜とせず、火の中に放り込んだことさえある。ザゴンなどもっと悪質で、捕虜をなぶり殺しにしてさえいたのだ。


 無論、フレオールは兄に対して、地上に完全な正義を敷こうとしていたから、協力していたわけではない。ネドイルの目的がくだらないものと知りつつ、それが結果的に地上によりマシな統治をもたらすなら、一時の流血と破壊も仕方がないとした。


 それがネドイルという傑物、あるいは怪物への恐怖を誤魔化すための方便であったのは、わかっていた。一時の流血と破壊、あの凄惨な光景の数々は、心の奥底では容認できなかった。


 だが、ネドイルの覇業はフレオール程度で妨げるものではない。スラックスやヅガートと戦場で相対しても、勝てる自信はない。だから、自分を誤魔化し続けてきた。


 しかし、フレオールの人生も終わりに近い。勝算など絶無なのを承知で、最後くらい自分を偽るのを止め、兄へのちょっとした抗議に残り短い命を使うことに定めた。


 フレオールの決起に集った兵は五百程度。この兵でゼラントの地にある城を一つ占拠した。


 少数とはいえ、城を守っての戦いとなれば、今やすっかりと弱体化したアーク・ルーン兵など、いくら押し寄せても撃退する自信はある。


 ただし、ヅガートが指揮を採らねば、だ。


 軍事には、一頭の獅子が率いる羊の群れは、一頭の羊が率いる獅子の群れを駆逐するという警句がある。これは指揮官の重要性を説いたもので、精強な兵であっても無能な指揮官の元では十全に力が発揮できず、逆に有能な指揮官ならば率いるのが弱兵であっても勝利してのけるであろう。


 フレオールとヅガート、実戦指揮官としてどちらが優れているかなど、論じるまでもない。ネドイルの異母弟だからと配慮する男でもないし、ヅガートが近隣の兵をまとめ、攻め寄せてくれば、どれだけ城を固く守ろうとも、守り切れるものではない。


 敗北は、討ち死は覚悟の上の決起だ。ヅガートが相手なら不足はない。ヅガート相手にどれだけあがけるか、試す心持ちさえあるが、フレオールの命日は意外に伸びることになった。


 フレオールの決起に前後して、ザラスも兵を挙げたからだ。


 しかも、敗北を承知のフレオールと違い、ザラスは成算と計略を以て、挙兵したのだから。



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