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魔戦姫編17-1

「つまりは、フレオールは、シャーウに謝罪を求めているということですか」


 たった、それだけ。それだけの結論を口にしたティリエランは、たった四日の間に、目の下にくっきりとくまが浮き出て、元から軽い体重が頬がこけるほどより軽くなっていた。


 ライディアン竜騎士学園は今年度、何度目かの、開校以来、例のない異常事態に直面していた。


 二人の生徒と二人の部外者と一匹のドラゴンによる校舎の占拠。学園の安全性を一挙に覆す大問題となり、発生から四日目を迎えた現在も、まったく解決の目処が立っていない。


 相手はたった四人と一匹であり、制圧部隊を編成して、強行突入で一挙にカタをつける。そうした提案が多かったが、それは見送られて今に至る。


 フレオール、イリアッシュ、リナルティエ、マルガレッタ、ベルギアット。この面々がいかに手強くても、百騎以上の竜騎士とその見習いを動員する必要もない。


 学園長であるターナリィと、ティリエランたち教官、そこに四人の王女が加われば、充分にフレオールらに圧勝できる。


 ただし、フレオールらが校舎内に立てこもっていなければ、だ。


 校舎の犠牲を前提にすれば、ドラゴンを駆っての突入作戦を強行でき、フレオールらを殺すのも捕らえるのも、そう難しい話ではなくなる。


 だが、ドラゴンと共に戦えないというより、数の利を活かし難い屋内での戦いとなると、フレオールたち、正確にはリナルティエへの対抗策がにわかに立てられなかった。


 先の乱闘では、突発的なこともあり、武器もなく、統率も取れていなかったが、あれだけの人数がいたにも関わらず、フレオールたちに背を向ける結果になった。その敗因は様々だが、最も大きな点はリナルティエを力ずくでどうにかできなかったことだろう。


 魔戦姫一号体は、ドラゴニック・オーラで強化した男子生徒が何人がかりでも取り押さえることができず、その防御力と回復力が何よりも厄介であった。


 それでも、乱闘の場が食堂、ある程度の広さがあったこともあり、奇跡的にも食堂に死体が転がることはなかった。が、もっと狭い場所で乱闘が発生していれば、どうなっていたかわからない。


 それほど乱闘で負傷した者の大半は、リナルティエの怪力で痛めつけられているのだ。彼らの中には、乗竜の生命力や回復力を使わねばならないほどの重傷者もいたくらいだ。


 相手が食堂に陣取ったままとは限らない。もっと迎撃をし易い場所に移っている可能性の方が高い。七竜姫らは立場的に、無策で突入作戦を行うわけにはいかず、考えなしに四人と一匹を叩きのめそうと息巻く生徒などをなだめ、抑えながら、まず彼らが当面、暮らしていけるようにしなければならない。


 学園の倉庫には、野外学習用の装備が揃っているし、ロペス軍も陣を張っているので、学園の外に退避した生徒や教官たちの野営地は速やかに整った。


 速やかに解決しないのはこの異常事態だ。


 食堂から退いたナターシャたち生徒会メンバーの内、書記二名が生徒や教官、さらに学園で働く使用人らを外に退避させる一方、生徒会長と副会長と会計の二名は、ターナリィやティリエランの元に行って状況を説明したが、これだけなら大した時間はかからなかった。


 時を要したのは、他の者への状況説明というより、たった四人に校舎を明け渡しているこの状況を納得させることだった。


 制圧目標の質を無視して数のみを言い立て、無為無策の突入作戦に踏み切るべしとの声が多く、それらをおとなしくさせるのに、ナターシャらはその日の夕方すぎまでかかった。


 幸いだったのは、ナターシャの説明を聞き、ティリエラン、ターナリィが慎重論を指示した点だろう。


 現場にいなかった学園長と新米教官だったが、聡明な二人は乱闘の様子を聞くと、特にリナルティエが何の準備も作戦もなしに挑んで良い相手ではないのを理解した。


 かくて、最初の投降の呼びかけがフレオールに無視されると、ティリエラン、ナターシャ、フォーリス、ミリアーナ、シィルエールの七竜姫の五人と、ライディアン竜騎士学園の学園長ターナリィ、そして学園の外に陣取るロペス軍三千の指揮官たるドガルダン伯爵が、味方の激発と独断専行を抑えつつ、魔法戦士と裏切り者と魔戦姫二体と魔竜参謀に対処する方策を話し合おうとした矢先、一度目の急報がライディアン市からもたされた。


 ライディアン市の広場に、一頭のギガント・ドラゴンが着陸したのだ。


 そのギガント・ドラゴンが、イリアッシュの乗竜たるギガであるのはすぐに判明したが、広場に着陸してから一向に動こうとしない意図を理解するのにやや時間を要したが、ほどなく、これも建物に人質の役割を果たさせているとの推察に至った。


 いかにドラゴンとて、一頭では倒すのはカンタンだ。学園の敷地にある野山にいれば、遠慮なく攻撃できるどころか、ギガを使ってフレオールらを校舎の外に出す手も打てた。


 しかし、ギガがライディアン市内にいるとなれば、攻撃などできなくなる。例え広場とその周りから住民を退避させたとしても、建物は残る。ギガが暴れ回っているならともかく、攻撃を加えて暴れさせたら、確実に建物に被害が出る。


 ドガルダン伯がいれば、着陸前に何かしらの手を打っていたかも知れないが、彼はライディアン市ではなくライディアン竜騎士学園前の陣地にいた上、ドラゴンの往来に慣れきっているロペスの兵も民も、ギガが着陸してようやくおかしいことに気づいた。


 ギガの巨体が寝そべり、広場がいささか荒れたが、それ以外に物理損害がなければ、心理面を除いて人的被害もなく、市民に説明と注意をし、付近の住民を避難させただけで、敢えてドラゴンの尾を踏むマネは避け、イリアッシュの乗竜を放置している。


 この件にドガルダン伯爵がかかりっきりとなり、フレオールらへの対処についての話し合いが延びたのも事実だが、校舎を占拠する面々を四日も放置した根本的な原因は、七竜連合の構造的な欠陥と重なる。


 乱闘で負傷した者たちも回復しており、戦力的には充分どころか、余るほどだ。竜騎士もその見習いも、さらにロペス兵も装備を整え、七竜姫らも様々な状況を想定して作戦を立て、戦い方を取り決めたが、準備段階の根本的な点がクリアできず、フレオールらに再戦を挑めずにいた。


 どう話し合おうが、指揮系統の確立だけがどうにもならないのだ。


 先の乱闘でも、ミリアーナが退けと言っても、ゼラント以外の生徒で素直に応じなかった者がいた。屋内でフレオールらと渡り合うなら、少数精鋭でいかねばならないが、質を求めるなら七竜連合の各国から優れた生徒を選抜せねばならない。


 その少数精鋭の中に七竜姫の五人がいても、うまくいかないのは目に見えている。


 七竜姫の実力を思えば、何人かが前衛を務めねばならない。が、前衛を担当すれば全体を見れないので、指示が出せない。仮に前衛をナターシャ、後衛をフォーリスと役割分担したところで、シャーウの王女がタスタルの生徒に指示を出した結果は、すでに食堂での乱闘で明白となっている。


 多国籍軍では連携がうまくいかないのは目に見えているが、では、どこか一国で事に当たる場合、数はともかく質が揃わない。


 命令系統の異なる者たちの寄り合い所帯は、アーシェアすらどうにもできなかったのだ。彼女より二つ以上は年が劣り、二ケタばかり格で劣る七竜姫の面々にどうにかできるわけがなかった。


 それでも、どうにかしないわけにはいかないので、ティリエランは父親であるロペス王に泣きついた。


 ロペス出身の生徒で優秀な者にロペスの教官ら、さらにドガルダン伯爵の協力を得ても、少数精鋭にはまだ数が足りないので、ティリエランは父王に頼み、優れたロペスの竜騎士を何騎か派遣してもらうことにしたのだ。


 ティリエランの命令に絶対服従の者のみで部隊を構成し、それに生徒会メンバーが協力する布陣ならば、戦力の面や命令系統の点では問題はないが、これはこれで問題点が二つある。


 一つは、ロペス各地から優れた竜騎士が王命を受け、かつての学舎に飛んで行くまでに日数がかかる点。


 もう一つは、ロペスの竜騎士の手配はロペスの王女にしかできないため、重すぎる二足のわらじを重ねてはいた結果、過重労働でティリエランの体調が目に見えて悪くなった点だ。


 今のティリエランの体調では、とても制圧部隊の隊長など務められるものではなく、休養にさらに日数を費やすか、姪より体調がちょっとマシなターナリィに代わってもらうしかない。


 ともあれ、ロペスの竜騎士の精鋭中の精鋭が到着するのはまだ先なので、実力行使ばかりではなく、交渉による解決策も待ち時間を利用して行われることになった。


 投降の呼びかけには無視していたフレオールだが、交渉には応じてきたので、発生から四日目にして、ようやく七竜姫の五人は、乱闘の原因を知り、その発端に苦々しい表情を浮かべている。


 特に、フォーリスが憮然としているのは言うまでもない。


「シャーウがクリスタという女性への侮辱を詫びれば、その前に戻るとのことです」


 タスタルの王女の発言が、シャーウの王女をうかがいながらのものとなるのも無理はないだろうし、


「クリスタという女性はベダイルの母親。そのベダイルとフレオールは険悪な仲。我が国の者が暴言を吐いたかも知れませんが、そんなものはこじつけにすぎませんわ。フレオールは、その暴言を利用したと考えるべきではありませんこと?」


 フォーリスは表情よりもはるかに苦々しい気分で、自分でも信じていない内容を口にし、相手方の謝罪要求を拒む。


 当然、生徒会メンバーは乱闘の原因をその日の内に探ったが、その発端になったシャーウの男子生徒は自分の暴言を隠した。また、その暴言を耳にした生徒もいたが、同胞を庇うというより、アーク・ルーンへの反感から、フレオールに非があるように仕向けたので、


「……何で、私にだけでも本当のことを言いませんの!」


 フォーリスは家臣の浅慮に、内心で苦々しく罵られずにいられなかった。


 事実がもっと早く、周り知られずにわかっていれば、内々で処理できたかも知れないのだ。


 くだんの家臣を単身、密かにフレオールの元に送り出して土下座させれば、ライディアン竜騎士学園の日常はそれで元に戻った可能性があった。


 が、事態がここまで大事になった上、公になってしまうと、こっそりと処理することもできなければ、謝罪することもできなくなる。


 ここで「ゴメン」と言ってしまうと、この大騒動の原因がシャーウにあると認めることになるのだ。生徒と生徒のケンカやイザコザの段階ならともかく、これだけの事態の責任を取らされるとなると、祖国の国益からして非を認めるなど断じてできない。


「フレオールがこんなことを言い出したのこそ、話し合いなどする気がない証拠ですわ。戦うと定めた以上、足並みを乱すべきではありせん。非は全て向こうにあるのですから」


 シャーウ王国は七竜連合の一角を成す。そのシャーウがアーク・ルーンに対して非を認めれば、七竜連合にとっても不利益となる。


「フォウ先輩の言うことは一理あると思うな。フレオールが話し合いでの解決を望んでいるなら、シャーウに頭を下げろなんて言わないはずだし」


 ミリアーナは同盟国のウソを支援するが、実のところその発言にウソはない。


 フレオールもバカではない。シャーウに頭を下げろと言っても、それに応じないのはわかっているはずだ。学園の占拠などという大事態を何とかしたいなら、もっとシャーウの立場を考え、妥協的な提案をするはずである。


 が、双方の折り合いがつかない謝罪を要求をするのは、本気で仲が悪いベダイルの母親への侮辱を本気で怒っており、一歩も妥協する意思がないのを明白しているからに他ならない。


「ボクには、クリスタって人の立ち位置はわからない。けど、フレオールはその名誉のために命を張ると言っているんだ。こちらも覚悟を決め、妥協なんて弱気を捨ててかかるべきさ」


 暗に、本気の相手に安易な気持ちで臨むべきでないと、一同に注意を促すゼラントの王女。


「……たしかに。これは想定外のことですが、最悪、今年度の最大のイレギュラーが一気に片づくことになりかねません。その点についてはよろしいですか、フォウ?」


「仕方ありませんわね、こうなってしまったからには」


 フレオールとイリアッシュを利用するつもりで、その入学願書にオッケーを出したのはシャーウ王国である。


 今回のトラブルはこれまでとはケタが違う。とことんまでいきつくことにもなりかねない。フレオールらが死体になった時を想定して、ナターシャは先にシャーウの王女に対して「後でガタガタ言うなや」と確認を取ったのだ。


「ティリー教官、心苦しいことですが、平和かつ速やな解決が無理となりました。ロペスに多くを負わせるのは本意ではありませんが、この度は貴国の武勇にに頼らせて下さい」


「え、ええ、大丈夫です。そのつもりで、ロペスの精鋭を集めていますから。だから、大丈夫ですよ」


 明らかに大丈夫そうにないほど、疲労で思考力が低下している反応を見せる最年長の七竜姫。


「とりあえず、我が国の最精鋭が揃うまで、まだ日数がかかりますから、今日はもう休みなさい」


 姪に近い体調の叔母が休養を勧める。


 が、彼女たちに休養も安息も許すほど、アーク・ルーン軍の対応は甘くなかった。


「ナターシャ姫! ナターシャ姫はおられませんか!」


 天幕の外から呼ばれる声に、当人のみならず、同席する六人も反応します。


 ナターシャは少し眉を寄せて戸惑いながら「……失礼します」と断り、外に出るまでもなかった。


「失礼します!」

 おそらく、誰かに自国の姫の場所を聞いたのだろう。息を切らしながら、タスタルの竜騎士が踏み込んで来る。


 その竜騎士はその場で膝を折り、


「おお、ナターシャ姫! それに姫様方、どうか、無作法のほど、一大事ゆえ、お許し下され! ついにアーク・ルーンが牙をむきましたぞ!」


「ど、どういうことですか!」

 当たり前だが、ナターシャは緊張をはらんだ声を問い、他の姫らや王妹や伯爵の顔も一気に強張る。

「アーク・ルーンの第五軍団が我が国に攻め込んできたのです!」


 小さくない声量と衝撃的な報告に、ナターシャらは揃って絶句し、天幕の外で耳にした者からどんどんと伝っていき、ライディアン竜騎士学園の外が動揺に包まれていく。


「……あの、フリカも、攻められたの?」


 タスタルの南、ワイズの東にある国の姫が、自国のことも問うが、


「い、いえ、わかりません! その点は聞いていませんゆえ!」


 ちゃんとした答えが得られなかったシィルエールは、泣き出すかと思えるほど、不安げな表情を見せる。


 天幕の内のみならず、外も激しく動揺する事態に、


「み、み、皆さん、お、お、落ち着いて下さいませ! かつてワイズの国境を突破するのに二十日以上もかかりましたわ! それだけの日数があれば、充分に我が国も、他の国からの援軍も間に合います! ですので、無用に悲観することはありませんことよ!」


 フリカの東にある国の姫の言に、動揺の気配が鎮まるように見えたのは一瞬のこと。


「姫様方、無念でございますが、我が国の国境はすでに突破されましてございます。悔しゅうございますが、半日、たった半日で、城と砦を七つも落とされたとのことです!」


 初戦から信じ難いほどの大敗に、ナターシャの顔色は、ティリエランほどに血の気が引いた。


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