落命編18
人生の最後の瞬間を子や孫に看取られながら迎える。
だが、死の床にあるジルトは今、大きな心残りを抱いて最後の瞬間を迎えようとしていた。
苦しげに喘ぐジルトの傍らには、妻であるエリシャリルの姿はない。彼女は半年前に天に召されている。
妻はいなくとも、妻との間に設けた子らもいれば、子らが設けた孫らもいる。しかし、ジルトは我が子の誰もコノート王とすることもできず、何よりも孫を含めてコノート再興を託せる肉親に恵まれなかった。
志を果たせず、また志を引き継がせることもできないのが、ジルトを終わりの時まで苛んでいるのだ。
名君は二代と続けば奇跡という言葉がある。優秀な親から優秀な子が生まれるより、その反対の例がずっと多い。トイラックとザラス父子などは希少な例であろう。そして、ジルトの子や孫は多数例に属し、コノート再興の構想を引き継がせる子や孫は一人としていなかった。
仮に託したとしても、子や孫の才覚では失敗するのは目に見えている。それは一族、コノート王家の血が絶えるということでもある。
無論、コノート再興の構想を引き継がせる者を、子や孫と限定する必要はない。ネドイルがトイラックに大宰相位を引き継がせようとしていたように、コノート旧臣かその家族の誰かに祖国の再建を託そうとすれば、選択肢は大きく広がる。
それが可能であったなら、ジルトも望みをつなげられたかも知れない。だが、かえすがえすも皇太子の挙兵に巻き込まれたのが痛かった。
あれでコノート旧臣、祖国再建の策の核が致命打を受けた。何より、ジルトも不平分子のあぶり出しに加担したと見られ、コノートの地に住む人々の信頼を失うことになった。
だから、子や孫、身内に選択肢が限定され、才能を引き継がせられねば、希望も潰える結果となるしかなかった。
コノート滅亡の際、父やフンベルト、多くの犠牲を出してつないだ望みも、ここに途絶えることになったのだ。ジルトの悔恨の強さは、想像を絶するであろう。
その悔恨を晴らす術も時間もジルトにはない。ジルトからすれば、まさか三十近く若い自分の方がネドイルより先に逝くとは思わなかった。
その意味では、皇太子の挙兵の際の失策よりも、ネドイルの長生こそが、ジルトにとって最大の誤算であった。
死の床でいかにすればコノートの滅亡を回避できたか。子や孫らからの呼びかけに答えす、延々と答えのない答えを求め、繰り返し続けたジルトの思案は、不意に途切れる。
命数が尽き、意識が闇に呑まれ、息絶えたからだ。
「……我が策、及ばず……」
それがコノート再建を最後まで案じた男の最後の言葉であった。
退場人物
ウィルトニア……七竜連合の一角、ワイズ王国の第二王女。フレオールの槍で致命傷を負い、山中で人知れず息を引き取る。
レヴァン……マヴァル帝国の老将軍。アーク・ルーンとの戦いで戦死を遂げる。
カーヅ……マヴァル帝国の大将軍。アーク・ルーンの謀略に踊り、失策を重ね続け、味方に討たれる。
フンベルト……コノート王国の国務大臣。背信行為の責を取り、自害する。
ダルトー……コノート王国の大将軍。アーク・ルーンとの戦いで覚悟の討ち死にを遂げる。
ラインザード……魔法帝国アーク・ルーンの名門オクスタン侯爵家の当主。息子たちの悪行、凶行の責任を取る形で自害して果てる。
ネブラース……七竜連合の一角、タスタル王国の第一王子。アーク・ルーンとの戦いに敗れ、策にはまり、村民に毒殺される。
ターナリィ……ライディアン竜騎士学園の学園長。ドラゴンの暴走による混乱の中、命を落とす。
ドガルダン……ライディアン市を治める竜騎士。ドラゴンの暴走による混乱の中、命を落とす。
シィルエール……フリカ王国の王女。ゾランガの謀略により自決。
サクリファーン……フリカ王国の王太子。無念の内に衰弱死する。
ナターシャ……タスタル王国の王女。亡国後、アーク・ルーンに従い、ソナン戦役の最中、戦死。
シュライナー……第七軍団の軍団長。西の神聖帝国と交戦中、陣中にて病死。
メドリオー……第一軍団の軍団長。老いて天寿を全うする。
サム……第四軍団の軍団長。退役後、暴漢に刺されて死す。
ロストゥル……第十軍団の軍団長。老いて天寿を全うする。
トイラック……アーク・ルーンの次代の担い手と期待されつつも、若くして病死する。
マードック……東方軍後方総監。老いて天寿を全うする。
ミストール……ゼラント代国官。病を得て死す。
リムディーヌ……第十二軍団長。アーク・ルーンに節を曲げた人生を終える。
コハント……第十二軍団副官。リムディーヌの後を追うように病死する。
メガラガ……第三軍団長。退役後、天寿を全うする。
シャムシール侯爵夫人……元第二軍団長。一族の反乱失敗により自害する。
アーシェア……亡国ワイズの王女。アーク・ルーンの将軍として生涯を終える。
フォーリス……亡国シャーウの王女。フレオールに看取られ、先立つ。
ティリエラン……亡国ロペスの王女。竜騎士学院の再建に尽力し、過労のために亡くなる。
イリアッシュ……竜騎士学院の再建に協力し終えてから亡くなる。
モニカ……ウィルトニアの無事を祈りながら最後を迎える。
スラックス……亡国ミベルティンの宦官。アーク・ルーンの元帥にまで昇りつめて生涯を終える。
シダンス……亡国ミベルティンの宦官。長くスラックスの副官を務めて生涯を終える。
インブリス……アーク・ルーンの元将軍。退役後もうまく立ち回り、一族の安定に成功して逝く。
フィアナート……元暗殺者。アーク・ルーンの将軍として生涯を終える。
ザゴン……元凶賊。最後まで軍務を隠れ蓑にして快楽にふける。
ヤギル……幼女の尿の飲みすぎが原因で死亡。
マフキン……アーク・ルーンの代国官として、最後まで父祖の地タスタルの復興と安定に務める。
ベフナム……アーク・ルーンの司法大臣。最後まで法による人の幸せを追求する。
ファリファース……アーク・ルーンの吏部大臣。最後まで人生を謳歌する。
ヴァンフォール……アーク・ルーンの財務大臣。次の大宰相と目されるも、ネドイルより先に逝く。
ジルト……祖国コノートの再興を果たせず、無念の内に没する。




