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落命編17

 魔法帝国アーク・ルーンに未来がないわけではない。


 次代の担い手として期待されていたトイラックは、あまりに早く亡くなった。しかし、ネドイルの長生きは政権がただ延命して終わらずにすむ可能性へとつないだ。


 ザラスである。


 幼少の頃より常人と異なる才気と気骨を見せていたザラスは、成長するにつれ、その巨大な才幹は明らかになっていき、父親に勝るとも劣らない青年へと成長した。


 現在、当人の強い希望もあり、ザラスは父親と同じく東方太守の秘書官を務めている。


 本来なら、彼は中央、帝都に身を置き、ネドイルから大宰相の位を引き継ぐ準備をすべき身だが、ザラスからすればそれに何の意味も見出だせない。


 ネドイルが死んでも、ネドイルが遺す統治システムは健在だ。中枢さえ機能すれば、当面はアーク・ルーンを維持できる。


 ただし、当面のみだ。


 元々、世界全土を一国が支配下に置くこと自体が物理的に無理なのだ。どのような統治システムとて、小さな綻びは避けられない。


 今も小さな綻びが生じ続けている。ヅガートがそれを即座に鎮圧するから、確かに大事にはなっていない。だが、ヅガートという抑止力を失えば、小さな綻びは拡大していき、地方の離反、独立へとつながるだろう。


 亡きトイラックがネドイルの死後に抱いていた構想は、フレオールのそれに近い。暗に地方の離反と独立を認め、アーク・ルーンを緩やかな統一と安定した分裂にもっていこうとしていた。


 ただし、その構想は自分と年の近い、ヅガート、スラックス、ヴァンフォールなどの存在を含めてのものだ。


 ひるがえってザラスと同世代に、これといった人材がいない。野に埋もれているだけかも知れないが、ザラスにはネドイルのような幸運、優れた人材と出会う機会に恵まれなかった。


 ただ、運不運だけの問題だけではない。ネドイルの時代は戦乱の時代。戦いの中で頭角を現した、サム、リムディーヌといった人材もいた。そのネドイルが戦乱を治め、世界から大きな戦いはなくなったという点もある。


 さらに言及するなら、アーク・ルーンがもたらした戦いと困難を前に、常人と異なる行動力を示した者、イライセンやゾランガのような存在もいる。平和な時代なら、イライセンは評判の良い大臣、ゾランガは評判の良い官吏として終わっただろう。


 人の歴史は戦争と平和の繰り返しだ。


 戦争の中で頭角を現した人物が戦いを勝ち抜き、世に平和をもたらす。しかし、勝者の子や孫に平和を維持するだけの才能があるとの決まりがあるわけではないから、また戦乱の世が訪れる。


 ネドイルは肉親にこだわらず、才能で後継者を選んだ。進歩的な方法ではあるが、完璧な方法ではない。


 極論すれば、ネドイルのみが能力で後継者を選んでも意味がないのだ。ネドイルが能力を見込み、引き立てた部下らが肉類の情に勝てねば、旧来の統治システム、血統による支配体制へと戻ってしまう。


 権力者の顔ぶれが変わっただけで、その本質は変わるところがない。ネドイルはこの世界に一石を投じ、水面に大きな波紋こそ起こしこそすれ、水そのものは以前のものと変えることはできなかった。


 そんな国、世界を引き継いでも、ザラスだろうが誰だろうが、いずれ淀みが溜まり、どうにもならなくなる。溜まった淀みが流れをせき止め、決壊を引き起こし、そうして次の戦乱が生じる。


 いかなる統治も平和も破綻は免れない。だからこそ、トイラックの構想は地方を切り離し、アーク・ルーン古来の地と一部の地域では破綻時に混乱がそう起きぬようにしようとしていた。


 亡父やフレオールの考え方が現実的なのは、ザラスも理解できる。亡父の構想を実現するのが、賢い選択なのもザラスは理解できていた。


 しかし、ならば、ネドイルがなぜ世界の果てを求めたのか。世界の果てどころか、その十分の一すら維持していくのは不可能だ。だが、ネドイルはその不可能に挑んだ。


 アーク・ルーン古来の地に周辺の国々をいくつか加えさえすれば、魔法帝国アーク・ルーンは世界一の大国となる。それだけの国力があれば、いかなる国が相手でもふんぞり返ることができ、本来ならそれで充分なはずだ。


 にも関わらず、ネドイルはなぜ充分以上を望んだか。破綻するのはわかっていたはずだ。それがザラスにはわからず、それが亡父との決定的な差であった。


 ネドイルが築いた崩れゆくものを支え、世界国家アーク・ルーンの延命に寄与するのは容易い。亡父の構想を施行し、ネドイルの築いたものの一部を維持するのも不可能ではない。


 だが、世界を望んだネドイルの心情。手に入れた全ての維持を放棄しても良いと判断した亡父の考え。それはザラスにはわからない。


 ネドイルとトイラック、二人の成果と想い。そこに何の意味があるのか、いや、あったのか。何を以て、砂上の大帝国を築くのに執着したか。


 それがわからぬまま、自身が納得できぬまま、それを引き継ぐなどできようはずもない。それでもネドイルがそうと命じたならば、臣として私心を排するしかないだろう。だが、そのような命令を口にする男が、大宰相の座にいない。


 ザラスの人生を用いて、自分のケツを拭かせる気などないネドイルは、ザラスの悩みも黙認している。


 無論、聡明なザラスにはわかっている。悩んでいるという時点で、もう答えが出ているのが。


 何よりも、自分がネドイルの後継者たらんとするなら、何をすべきなのかも。



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