落命編15
魔法帝国アーク・ルーンの北部の状況は最悪だった。
ただし、反乱軍、第二軍団にとって。
北に戻って来たヅガートは、即座に第二軍団に戦いを挑まなかった。
第二軍団には悪魔召喚に長けたシャムシール侯爵家一門の者が多くいる。だから、第二軍団には魔道戦艦や魔甲獣の他、悪魔も
それなりの数、従軍している。
それだけではない。
第二軍団の反乱には、相当数の北の地の民、さらに人里から離れた場所に隠れ潜んでいた巨人の生き残りらも加わっている。
北の地の反抗勢力も加わり、より数が増し、何よりも戦力的に強大となった第二軍団を恐れ、ヅガートは手を出しかねているわけではない。反乱軍は内部崩壊を起こして久しく、すでにトドメの一撃を加えるタイミングを計っている状態にある。
ヅガートは第四軍団に牽制と堅守を命じてから、南の地に転移した。一方、第四軍団が積極的に動かぬこともあり、第二軍団は北の地の反抗勢力に呼びかけ、戦力増強を優先した。
「連中はオレが怖くて仕方ないはずだ。こちらが待ち構えているように見せれば、ヘタな攻撃はかけてこまい。向こうは時が経つほどバカが集まるし、自分たちが何もしなくても、南から味方が帝都を突き、勝利すると思うだろうからな」
第二軍団の動向は、正にヅガートの読んだ通りになった。
サムの後任として北の地にやって来たヅガートはその卓越した軍事的手腕を反抗勢力を相手に披露し続けている。第二軍団が第四軍団というより、ヅガートを警戒して、無闇に戦いを仕掛けなかったのも、当然の用心ではあるのだ。
レミネイラが退役した今、南部にこれといった将はいない。第二軍団が動かずとも、手薄な南部を第三軍団が北上し、帝都を突けば、ネドイルから妥協という勝利を引き出せる。仮に、第三軍団が北上を阻まれたなら、その時は第二軍団が南下を始め、第四軍団に戦いを挑み、これを打ち破って帝都に向かえばいい。
第三軍団の動向、北上の可否が伝わる頃には、呼びかけた北の地の反抗勢力も集結も終え、第二軍団は数的にも戦力的にも勝る状態で第四軍団に戦いを挑める。
が、そんな浅はかな思惑と計算は、ヅガートに完全に読まれていた。
第二軍団が座視している間に、ヅガートは第三軍団を散々に打ち破った。そして戦力を増強しつつ、第三軍団の北上の可否を待っていた第二軍団は、ヅガートの指揮によって大敗した凶報を耳にするや、動揺して内から乱れ、崩れ出していった。
正確には致命傷となったのは、第三軍団が大敗した点よりも、大敗させたヅガートが取った処置である。
ネドイルの挙兵から尽力したメガラガの生家さえ、これまでの功績による減刑が望めない。さらに士官一同も全員、家族ごと首をはねる、徹底した処置ぶりだ。
ただ、ヅガートの処置が、逆らう者は皆殺しというものであれば、第二軍団は覚悟を決め、一丸となって、第四軍団に挑めただろうが、
「士官の首を持って行けば、兵士なら降伏を認めてもらえるそうな」
敗報を耳にすれば、当たり前ながら誰もが不安を覚えるし、兵士同士でそうした不安を語り合うのも当然の反応だ。
だが、どうしても助からぬ士官の方からすれば、兵士らが自分たちの首を狙い、密談しているように見えてしまう。
こうなると、士官と兵士の対立、第二軍団内部の悪循環は止めようがなくなる。
士官に疑われた兵士は不快に思うし、不快に思った兵士の態度に士官の疑惑は募っていく。こうして猜疑が積み重なり、疑われているならいっそのことと考える兵士が出れば、あるいは疑うあまり先んじて怪しいと感じた兵士の排除に士官が動けば、第二軍団は軍組織としての破綻は避けようがない。
実際、兵士全体の動揺を鎮めるためと、士官の一部が見せしめに数人の怪しいと睨んだ兵士を処刑すると、第二軍団は第四軍団と戦うどころではなくなった。
この見せしめの直後、深夜、士官を殺し、その首を持って、脱走する兵士が続出するようになっただけではない。士官と従軍魔術師らは何かと固まるようになり、魔道兵器や悪魔を味方の、兵士らへの警戒に用いるようになった。
この味方同士の、第二軍団の内部対立に、巨人と共に加わっていた北の地の民らは呆れ果て、離脱するようになっていき、戦わずとも第四軍団の、ヅガートの勝利は確定したようなものだが、
「そいつは面白くない」
放置すれば第二軍団はいずれ自滅するが、それでは反抗勢力、せっかく集まった北部の火種が逃げてしまう。
だから、ヅガートは夜襲を仕掛け、第二軍団の兵糧の大部分を焼いた。味方同士で睨み合うばかりで、外への警戒をおろそかにしている上、脱走して来た兵からいくらでも内部情報は得られるのだ。ヅガートからすれば、実に容易い夜襲であった。
敵を強攻するしかないように追い込み、それに対して守りを固めて対処し、損耗を強いるのはアーク・ルーンの常套手段の一つだが、この時、ヅガートはさらに一手を加えた。
夜襲後、第二軍団に使者を送り、
「巨人とそれを崇める連中の首を取れば、まあ、命だけは助けてやる」
ヅガートの言葉を伝え聞き、第二軍団は即座に動いた。考え込むだけの時間的な余裕、兵糧がない以上、迅速な決断、行動を取るしかない。
第二軍団は自分たちが呼び集めた反抗勢力に襲いかかった。だが、襲われた側もその動向に注意を払っていた。何より、巨人も北の民もこの裏切りに腹を立て、怒りのままに決死の抵抗をし、双方はたちまち乱戦状態に陥った。
反抗勢力も死物狂いに戦いはしたが、第二軍団とは元から数が違う。第二軍団の約一割を道連れに全滅した。
一割を失う激闘を終え、気力を使い果たした第二軍団に、ヅガートは第四軍団を率いて迫り、降伏を促した。降伏せねば攻撃するとも告げ、第二軍団は武器を捨てて降った。
第三軍団の時と同じ降った兵、下士官以下の者は許したが、今回は士官らの首をはねなかった。ただ、命は取らなかったが、地位財産は取り、士官とその家族は罪人として鉱山に送られ、強制労働に従事することとした。
それはシャムシール侯爵家も例外ではない。
魔法帝国アーク・ルーンで名門中の名門、シャムシール侯爵家も今度ばかりはお家のお取り潰しは免れず、彼らの生きる場は強制労働を強いられる鉱山のみとなった。
だが、そんな生に意味はない。シャムシール侯爵夫人は毒杯をあおり、自害して果てる。それは彼女のみならず、その親族の多くも自裁の道を選んだ。
退場人物
ウィルトニア……七竜連合の一角、ワイズ王国の第二王女。フレオールの槍で致命傷を負い、山中で人知れず息を引き取る。
レヴァン……マヴァル帝国の老将軍。アーク・ルーンとの戦いで戦死を遂げる。
カーヅ……マヴァル帝国の大将軍。アーク・ルーンの謀略に踊り、失策を重ね続け、味方に討たれる。
フンベルト……コノート王国の国務大臣。背信行為の責を取り、自害する。
ダルトー……コノート王国の大将軍。アーク・ルーンとの戦いで覚悟の討ち死にを遂げる。
ラインザード……魔法帝国アーク・ルーンの名門オクスタン侯爵家の当主。息子たちの悪行、凶行の責任を取る形で自害して果てる。
ネブラース……七竜連合の一角、タスタル王国の第一王子。アーク・ルーンとの戦いに敗れ、策にはまり、村民に毒殺される。
ターナリィ……ライディアン竜騎士学園の学園長。ドラゴンの暴走による混乱の中、命を落とす。
ドガルダン……ライディアン市を治める竜騎士。ドラゴンの暴走による混乱の中、命を落とす。
シィルエール……フリカ王国の王女。ゾランガの謀略により自決。
サクリファーン……フリカ王国の王太子。無念の内に衰弱死する。
ナターシャ……タスタル王国の王女。亡国後、アーク・ルーンに従い、ソナン戦役の最中、戦死。
シュライナー……第七軍団の軍団長。西の神聖帝国と交戦中、陣中にて病死。
メドリオー……第一軍団の軍団長。老いて天寿を全うする。
サム……第四軍団の軍団長。退役後、暴漢に刺されて死す。
ロストゥル……第十軍団の軍団長。老いて天寿を全うする。
トイラック……アーク・ルーンの次代の担い手と期待されつつも、若くして病死する。
マードック……東方軍後方総監。老いて天寿を全うする。
ミストール……ゼラント代国官。病を得て死す。
リムディーヌ……第十二軍団長。アーク・ルーンに節を曲げた人生を終える。
コハント……第十二軍団副官。リムディーヌの後を追うように病死する。
メガラガ……第三軍団長。退役後、天寿を全うする。
シャムシール侯爵夫人……元第二軍団長。一族の反乱失敗により自害する。




