落命編14
第二、第三軍団、叛す。
今、その凶報が魔法帝国アーク・ルーンに駆け巡っている。
魔法帝国アーク・ルーン、その実質的な最高権力者である大宰相ネドイルは、世界の全てを手に入れるために、十三個の軍団、百三十万にも及ぶ兵を外征に投じた。
十三人の軍団長の内、十人はネドイルが純粋に将才で以て選んだ。メドリオーやヅガートなどである。が、残る三人、シャムシール侯爵夫人、メガラガ、インブリスは政治的な配慮で軍の要職につけざる得なかった。
この三者はすでに退役して、一線を退いている。が、軍団結成時の事情が事情ゆえ、この三軍団は他の軍団に比べて私兵集団としての特色が強い。それを証明するかのように、メガラガとインブリスの後を継いで軍団長となったのは、彼らの息子であり、シャムシール侯爵夫人はまず弟に跡目を譲り、現在の軍団長はその息子が就任している。
他の軍団が解体されたり、別の軍団が吸収したりなど、様々な再編が行われ、それらはメドリオーの死後、元帥となったスラックスが統括されているのに対して、この三軍団は治外法権的な扱いを受けていた。
受けていたと過去形なのは、さすがに世界征服が完了した今、ネドイルも黙認していた三軍団の特権に改革のメスを入れようとしたからだ。
もちろん、廃止する特権に対する配慮もした上での緩やかな改革を心がけたが、それでも第二、第三軍団の反逆を招いてしまった。
「バカが。多少の損で全てを失うか」
第二、第三軍団の反逆を耳にしたインブリスは、その愚行を嘲笑った。
息子に兵馬の権を譲ったとはいえ、かつて率いていた第八軍団にインブリスは隠然とした影響を持つ。なので、息子と第八軍団の面々に口を酸っぱくして、ネドイルの干渉を全面的に受け入れるように説いておいた。
失われる特権への未練はあるが、インブリスはネドイルの怖さを知悉している。逆らった者の末路の数々を、思い出すまでもない。
メガラガも生きていれば息子を諫めただろうが、死後の反乱、愚行など止めようもない。シャムシール侯爵夫人は生きているものの、実権を譲ってからの期間が長すぎたせいか、どれだけ諫めても甥は聞く耳を持たなかった。
反乱というより特権の維持と回復を求めて軍事行動を起こした第二軍団と第三軍団は、南北から帝都を目指して進軍を開始したが、本気で帝都を攻め落とすつもりも、ネドイルの政権を覆すつもりもない。国が、ネドイルが要求を呑めば、両軍団は兵を退くつもりであり、そこにはそれなりの成算がある。
北にはヅガート率いる第四軍団がいる。第二軍団の南下はヅガートに阻まれるだろう。だが、第三軍団の北上を阻む軍団はいない。
第六軍団を率いていたレミネイラはすでに退役している。第八軍団を率いる、父親の狡猾な気性を引き継いだ息子は、中立寄りな態度を取り、積極的に阻止行動に出ないであろう。
第八軍団からすれば、第二、第三軍団の反逆にネドイルが妥協したなら、自分たちの特権も回復するのだから。
西のスラックス、ヴェン、東のフィアナート、アーシェアは距離的に、軍を率いて来ても間に合わないが、そんな甘い計算、ネドイルに通用するはずもない。
第三軍団の北上など、第八軍団を頼らずとも、レミネイラの副官であったベーヅェレに第六軍団を率いさせ、当たらせればいいだけだが、
「せっかくの獲物を他人に任せるなど、もったいない。どっちもオレにやらせろ」
ヅガートは第二、第三軍団の討伐をどちらも受け持つと言い出し、ネドイルもイライセンもそれを承認した。
ヅガートは戦うに際して、加減というものは一切しない。例え味方だろうが、徹底的に叩く。しかし、だからこそ、見せしめをさせるには良いと大宰相と軍務大臣は考えたのだ。
もちろん、第四軍団を率いるヅガートは北にいる。軍団ごと南に移動するなら長い行軍となるが、そんなバカな計算をするヅガートではない。
転移の魔法で単身、第六軍団と合流したヅガートがベーヅェレから指揮を引き継ぎ、第三軍団の悪夢が始まった。
ヅガートは兵の大部分をベーヅェレに任せ、強行軍を命じ、第六軍団を第三軍団の行く手に回り込ませた。
第三軍団からすれば、第六軍団が背後から来襲すると考え、後方への警戒を怠らなかった。戦いは追われる側より追う側の方が断然、有利だ。その基本を無視し、前へと回り込んで来た第六軍団の意図がわからず、第三軍団は戸惑った。
戸惑いつつも、行く手に立ちふさがった第六軍団とどう戦い、どう突破するかに第三軍団が考えと意識が集中し、後方への備えを完全に解いた瞬間、ヅガートが三百騎を以て第三軍団の背後を突いた。
ヅガートの背後からの奇襲で第三軍団が混乱すると、ベーヅェレの号令一下、第六軍団が同じアーク・ルーン兵に襲いかかる。
前後からの挟撃を受けた時点で勝敗は決した。それでも第三軍団は劣勢と混乱の中、兵を立て直して反撃を試みようとしたが、
「そこの部隊。あの地点に集まろうとしている連中を叩け」
ヅガートの指示が飛び、第三軍団の反撃の試みはことごとく潰されていった。
そこまでは良いが、ついに敗走を始めた第三軍団に対し、
「そこの部隊とそこの部隊。代わる代わる敵を追え」
徹底した追撃の指示には難色を示す者もいたが、ヅガートは命令に従わぬ士官の首をはね、抗命行為を一切、許さず、必死になって味方が味方を追うように仕向けた。
「第八軍団にも敗残兵狩りを命じろ。それと士官の首を持って来た兵らは許すと言っておけ」
敗残兵を狩り出すにも、一個軍団でやるより二個軍団でした方が効率が良い。
勝敗は決している。日和見を決め込んでいた第八軍団は、勝った側に加担するため、ヅガートの命令に応じた。
さらに助命の条件を布告すると、第三軍団は完全に崩壊した。
当然、第三軍団の中には逃亡よりも降伏を選んだ者も少なくない。降った兵を全て、ヅガートは許した。正確には、下士官までは許したが、士官以上の降伏は一切、許さなかった。
元は味方同士である。第三軍団の士官の中には第六軍団の者と知り合いもいる。だが、ベーヅェレの口利きであっても、ヅガートは降伏した士官らの首をはねさせた。
否、首をはねられたのは士官以上の者だけではない。第三軍団の士官以上の家族の首、老若男女を問わずに千以上の首も飛んだ。
メガラガの生家を含め、いくつかの家門が潰れ、処刑された者らの家産は全て国庫に没収され、
「どうだ。これで軍縮とやらにもなったし、死んだ連中の金もたんまり手に入ったのだ。二十万人分の宴会代など安いもんだろ」
相変わらずなヅガートの恩賞請求に、ネドイルは苦笑しながらそれを了承した。確かに功績に比して、安い恩賞だ。
第六、第八軍団が勢揃いの、大規模な祝宴が開かれたが、その雰囲気は最悪だ。第三軍団、味方を殺しておいて、祝う気になれるものではない。酒と料理を前に、第六軍団の面々は苦い顔を並べ、第八軍団の面々は愛想笑いを浮かべるだけで、陽気に飲み、食い、騒いだのはヅガートだけだ。
そのヅガートは朝まで酒を飲み続けた後、転移の魔法で北へと戻って行った。
二次会の予算を得るために。
退場人物
ウィルトニア……七竜連合の一角、ワイズ王国の第二王女。フレオールの槍で致命傷を負い、山中で人知れず息を引き取る。
レヴァン……マヴァル帝国の老将軍。アーク・ルーンとの戦いで戦死を遂げる。
カーヅ……マヴァル帝国の大将軍。アーク・ルーンの謀略に踊り、失策を重ね続け、味方に討たれる。
フンベルト……コノート王国の国務大臣。背信行為の責を取り、自害する。
ダルトー……コノート王国の大将軍。アーク・ルーンとの戦いで覚悟の討ち死にを遂げる。
ラインザード……魔法帝国アーク・ルーンの名門オクスタン侯爵家の当主。息子たちの悪行、凶行の責任を取る形で自害して果てる。
ネブラース……七竜連合の一角、タスタル王国の第一王子。アーク・ルーンとの戦いに敗れ、策にはまり、村民に毒殺される。
ターナリィ……ライディアン竜騎士学園の学園長。ドラゴンの暴走による混乱の中、命を落とす。
ドガルダン……ライディアン市を治める竜騎士。ドラゴンの暴走による混乱の中、命を落とす。
シィルエール……フリカ王国の王女。ゾランガの謀略により自決。
サクリファーン……フリカ王国の王太子。無念の内に衰弱死する。
ナターシャ……タスタル王国の王女。亡国後、アーク・ルーンに従い、ソナン戦役の最中、戦死。
シュライナー……第七軍団の軍団長。西の神聖帝国と交戦中、陣中にて病死。
メドリオー……第一軍団の軍団長。老いて天寿を全うする。
サム……第四軍団の軍団長。退役後、暴漢に刺されて死す。
ロストゥル……第十軍団の軍団長。老いて天寿を全うする。
トイラック……アーク・ルーンの次代の担い手と期待されつつも、若くして病死する。
マードック……東方軍後方総監。老いて天寿を全うする。
ミストール……ゼラント代国官。病を得て死す。
リムディーヌ……第十二軍団長。アーク・ルーンに節を曲げた人生を終える。
コハント……第十二軍団副官。リムディーヌの後を追うように病死する。
メガラガ……第三軍団長。退役後、天寿を全うする。




