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落命編13

 兵事において、心を攻めるを上策とする。


 軍事において基本中の基本であるものの、その基本をわきまえぬ者も多い。


 先日、鎮圧された元皇太子の反乱も、最後は力ずくではなく、その心を攻めて内部崩壊を誘発し、終幕となった。


 そして、西域最後の領域も、敵を内輪もめさせ、神聖皇帝の首を差し出させて、スラックスとヴェンは西域における軍事行動を、何より魔法帝国アーク・ルーンの世界征服を完了させた。


 亡きメドリオーとシュライナーから西部戦線を引き継いだスラックスとヴェンは、実に九人もの神聖皇帝を神の御元へと送っている。


 西域における最大勢力、神聖皇帝の治める神聖帝国は、その広大な領土に比して国力は低い。その最たる理由は痩せた土地が多く、水質が悪く、技術も未熟な点が大きい。ただ、土地や技術による生産力の低さは西域全体に言えることだ。


 だが、アーク・ルーン、侵略者からすれば、さらにもう一つ、西域全体に見られる問題の方がずっと困難であった。


 西域の民の信仰心、もっと言えば狂信は、長らくアーク・ルーン軍の進攻を阻んできた。


 神の教えに凝り固まった西の民は、聖職者の言葉、扇動ひとつで、アーク・ルーン兵に襲いかかったものだ。


 神聖皇帝が唱える聖戦に多くの民が武器を取り、アーク・ルーン軍はかつて百万を相手にしたこともある。


 西部戦線の戦いは、この民の信仰心を解きほぐすのに腐心する繰り返しであった。


 一部の聖職者を味方につけ、西の民にアーク・ルーンが信仰の敵でないと説かせる。同時に、痩せた土地の生産性を高め、こうした作業を繰り返し、神聖帝国を滅ぼしたが、その西にはまだまだ信仰を同じくする、厄介な国がいくつもある。


 その後もアーク・ルーン軍は同じ作業に終始し、西へ西へと亡命しながら聖戦を唱え続ける神聖皇帝の扇動を都度都度、撃破していき、ついには神聖皇帝を捕らえ、処刑するのに成功した。


 ただ、ミベルティン帝国の末期と同様、唯一無二の神聖皇帝の死後、何人もの司教が神聖皇帝への即位を宣言し、アーク・ルーンという大敵を前に西域の諸勢力は一つにまとまるどころか、八人の神聖皇帝が自らの正当性を主張し合い、各個撃破の好餌となった。


 当然、この好機と状況を活かさぬアーク・ルーン軍ではない。


 ヴェンが後方を固め、シダンスが神聖皇帝らの対立と反目が悪化するように計り、スラックスの陣頭指揮の元、神聖皇帝を一人ずつ討ち取っていった。


 が、最後の神聖皇帝を腹心らに討たせるように計ったシダンスは、さすがに寄る年波にはかなわず、西域最後の勢力が降伏を申し出て、魔法帝国アーク・ルーンの世界征服が完了したその瞬間には、体調を崩して療養に入っていた。


「まだ戦うべき相手は残っているのだぞ、シダンス」


 アーク・ルーンの、ネドイルの最後の敵を降したスラックスではあるが、その双眸は百隻をはるかに越える魔道戦艦、次なる戦いを見据えており、それだけに副官の不在がかなり痛い。


 東域と同様、スラックスとヴェンは協力して、西域全体の軍事面を統括する。師団長らを各主要都市に置く予定なのも、東域と同じである。


 だが、東域の果てに至った時と違うのは、もはやアーク・ルーンに外敵が残っていない点だ。


 世界征服事業を推進するために、アーク・ルーンは大量の魔道兵器を生産した。戦時下なら良い。が、今やそれらは過剰戦力と化している。


 北、南、東の各所に分散配置し、それでも余った魔道兵器は西部戦線に回されたが、その西も魔道兵器を向けるべき敵はもういない。


 ある程度は西でも分散配置するが、その残り、余剰となった魔道兵器は早々に破棄すべきだろう。


 せっかく生産した魔道兵器を処分するのは、確かにもったいない。万が一の時に対処するために、魔道兵器を残しておけるなら残した方が良いことは良い。


 なのに、処分・破棄するのは、残した魔道兵器が万が一の事態を引き起こす公算の方が高い。


 どれだけ優れていようとも道具は道具。問題は、それを操る魔術師たちにある。


 過去のアーク・ルーンと違い、ネドイル政権下の魔術師は権力者ではなく技術者にすぎない。ただ、特別な技術に対して、ネドイルもそれなりの優遇処置を取っていた。が、その優遇も戦時下であるから、つまり世界征服を推進するための必要経費だったからだ。


 しかし、外敵のいなくなった今、魔術師に対する優遇処置もなくなる。この優遇処置で技術者としての扱いと折り合いをつけていた魔術師も多い。


 それは優遇処置が無くなれば、権力者に戻ろうとする魔術師も少なくないことを意味する。


 一応、魔道兵器と魔術師を分散して配置し、反乱の予防措置を取ってはいるが、魔術師同士が密かに連絡を取り、一ヵ所に集まればそれまでだ。


 これからの魔法帝国アーク・ルーンは内乱の鎮圧、味方同士で争う時代が到来することになる。


 そして、誰もが満足できる人の世などない以上、アーク・ルーンが唯一無二の国家である限り、味方同士で血を流す世が続くことになる。



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