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落命編10

「くそっ、何故だ! 何故、我がこのように逃げねばならんのだっ!」


「殿下、逃げるのではありません。再起を期して、落ち延びるのです。向かう先は、かつてアーク・ルーン軍さえ攻めあぐねた城塞。ここを拠点とすれば、最終的な勝利は我らのものとなるでしょう。今は我慢なさってください」


 怒りと屈辱に荒れ狂う皇太子を、側近の一人である貴族がなだめ、


「…………」


 その光景をジルトは冷ややかに眺めていた。


 皇太子とその側近二十名ばかりは、かつてマヴァル帝国の西の守りの拠点であった城塞へと向かっている。


 皇太子はつい先日までネドイル打倒が本気で為せると信じ込み、有頂天であった。


 無論、皇太子をそう仕向けたのは、ジルトである。


 ただ、ジルトも不平分子に内密に決起を打診したところ、それに応じる者が予想外に多かった。


 言うまでもなく、皇太子の挙兵に応じる者の中には、ティリエランのような他の不平分子を釣り上げるためのサクラが何人もいる。だが、それを差し引いても、思ったよりアーク・ルーンの、ネドイルの処遇に不満を抱く者がいた。


 アーク・ルーン軍に侵攻された当時は、命さえ助かれば御の字と思っていても、本当に命が助かって安堵し、侵略者への恐怖が薄れ、亡国前の暮らし、過去の栄光を忘れられずにいれば、自然と不満は募っていく。


 過去を懐かしみ、不満を募らせ、本来の自分の特権を取り戻したい。その考えにとりつかれている者は確かに多い。とはいえ、皇太子の名前だけで、彼らが挙兵を決意したわけではなかった。


 自分の地位にあぐらかくだけで、思慮が浅く才幹に乏しい皇太子の呼びかけだけなら、大して不平分子を釣り上げることはできなかっただろう。そんな不平分子を皇太子の名で釣り上げるのが、ジルトの役割だ。


「メドリオー、トイラック、ミストールなど、ネドイルは多くの功臣を失い、その力は往時に比べて大きく落ち込んでいる。イライセン、ゾランガ、アーシェアは我らと同じ亡国の身。ネドイルの力が強く従っているだけであり、その強きが弱まれば、我らは強き味方を得て、ネドイルの力はますます弱くなる。今やネドイルの勢威は張りぼても同然。我らは見てくれに誤魔化されているだけにすぎない。このまま夜に野犬の影だけを見て猛獣と思い違いをし、怖れて何もせずにいれば、これほど愚かなことはない。もはや忍耐の時はすぎました。ネドイルの虚像を打ち砕く時は今しかありません」


 実際、ネドイルの側近は何人も他界している。さらにその部下たちも元々、亡国の臣が多い。その点を何度も強調し、都合良く解釈させれば、元は不満を募らせ、ネドイルを打倒してたまらない者たち、一線を越えさせるのは難しくなかった。


 後は不平分子らが存分に網にかかった頃合に、釣り上げればいい。ただし、一挙に一網打尽とはいかない。


 ジルトは当然、不平分子の情報をネドイルに送っている。それを元に不平分子の残らず捕らえられればいいが、捕り逃すと不平分子は隠れて、小さくとも禍根を残すことになりかねない。


 不平分子の側も皇太子のように有頂天となり、周りが全く見えていない者ばかりではない。多少は用心し、警戒している者もいよう。


 だから、取り逃がした魚を捕らえるための漁場として、マヴァル領の城塞を用意した。


 皇太子をわざと城塞へと落ち延びさせる。アーク・ルーンの捕縛を逃れた者は、在野に身を隠すよりも城塞へと向かうだろう。


 城塞を拠点にネドイルを打倒すれば、全てを手に入れられる。しかし、拠点に向かわねば、隠れ潜むだけの日々が待っているだけだ。


 後は城塞を囲めばいい。皇太子を初めとする不平分子は、城塞を墓場として終わる。あるいは、ジルトが内から手引きして、早く終わらせてもいい。


 ジルト個人としては、こんな下らぬ出来レース、早々に終わらせたい。


 例え何年か先、同じ事をやらされるにしても。


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