魔戦姫編13-3
「……キ、キサマァッ!」
食堂が騒然とした食後の乱闘の場となるのに、さしたる時間を必要としなかった。
入学式からの、否、去年の開戦からのフラストレーションがついに爆発したか、一人の男子生徒が吠え、フレオールへと殴りかかっていく。
どんなに怒ろうが、周りが見えなくなるほど無用心ではなく、魔法戦士は自分へと振るわれた拳を易々とかわした上、カウンター気味に肘打ちを叩き込む。
二人目の男子生徒が床に転がると、後はなしくずしに魔法戦士のみならず、魔戦姫にも竜騎士見習いが何人もつかみかかっていった。
もっとも、この時点では、昼休みも終わりに近かったため、食堂の座席はもう三分の二は空席となっており、また長々と居座っていた竜騎士見習いのほぼ半数も、戸惑って立ち尽くしている。
とはいえ、いきり立ったシャーウ出身の男子生徒を中心に、十数人が四人に襲いかかり、一方的に床へと転がっていく。
もっとも、彼らはドラゴニック・オーラで肉体を強化しているので、床に叩きつけられても、見た目ほどのダメージはなく、すぐに起き上がって、また床に転がされる。
「マル、何があったのです?」
イリアッシュと共に、男子生徒の手を払いのけながら戻って来たリナルティエが問うと、
「こいつらが、ベダイル様の母上を侮辱した!」
男子生徒のみぞおちに拳を叩きつけながら、マルガレッタが不正確に答える。
「それは許せませんね」
暴言を吐いたのは一人だけで、その男子生徒はとっくにノビているが、パワー重視の魔戦姫はそれまでと違い、フルパワーで拳を振るい、ドラゴニック・オーラでの守りをものともせず、大柄な男子生徒を壁際まで殴り飛ばす。
「ギエエエッ!」
「マズイ! イリア、離れるぞっ!」
焦り気味にイリアッシュを促し、三人は奇声を発したリナルティエから慌てて距離を取る。
一方、距離を取らなかった竜騎士見習いらは、
「ギエエエッ!」
奇声と共に、彼女の両手に出現した斬馬刀の一振りで、まとめて薙ぎ倒される。
さすがに全員、その巨大な刃をドラゴニック・オーラで受け、振るった勢いに押されて床に倒れただけで、斬殺死体になることはなかったが、床に転がった竜騎士見習いの中には、傍観していた者もいた。
「ひいいいっ」
乱闘に参加していなかった者らは、リナルティエの攻撃と行動にパニックとなり、ドラゴニック・オーラの集中砲火を食らわす。
が、全身を包む魔力がドラゴニック・オーラを防ぎ、それを貫いてダメージを与えた端から回復してしまう。
「ギエエエッ!」
小うるさいドラゴニック・オーラがカンに触ったか、再び振るわれた斬馬刀は、しかし振り切られることはなかった。
遅まきながら、ようやく大きく激しくなる事態に、ナターシャが割って入ったからである。
ドラゴニック・オーラで最大限に力を強化して、何とか斬馬刀を押さえながら、
「静まりなさい、双方っ! これ以上のっ、きゃっ!」
しかし、魔戦姫が魔力をさらにパワーへと転化して止められた得物を振り抜くと、七竜姫の一人はあっさりと床に転がってしまう。
「姫様っ!」
タスタルの生徒らは一丸となって、倒れたナターシャの前へと飛び出し、必死にドラゴニック・オーラを放ち、あるいは斬馬刀にしがみついて、リナルティエを押し留めようとする。
が、男子生徒三人ごと斬馬刀を振るってのける魔戦姫に、
「ハアアアッ!」
サンダー・ドラゴンと契約している王女が電撃をかます。
同胞が押されている状況と、何よりその圧倒的なパワーに心理的に気圧されてしまったナターシャは、言葉と責任を放棄し、乱闘へと自ら足を踏み入れてしまう。
ナターシャの攻撃に、一瞬、リナルティエの動きは止まるが、次の瞬間には回復して、タスタルの王女は自分に振り下ろされた斬馬刀をかわす。
「ちょっと、もう、これはシャレになりませんわよ」
リナルティエがナターシャを含む大半の竜騎士見習いを相手に大立ち回りしているため、乱闘の渦から自然と外れることになったフレオールら三人に、フォーリスが抗議の声を上げながら詰め寄ろうとする。
「とにかく、今すぐあの人を……」
「槍よ、来い!」
呼びかけに応じ、手元に出現した黒塗りの長槍をフォーリスに突きつけ、
「キサマらの言葉、シャレですむものと思ったか?」
「姫様っ!」
自分たちの王女が槍を突きつけられる様に気づくと、シャーウの生徒らはダメージを負った体でそちらに駆けつけようとする。
「加勢を頼む! アーク・ルーンの奴らを倒すぞ!」
午後の授業が始まる時刻だが、あまりに派手な物音を聞きつけ、食堂に戻って来た生徒らに、リナルティエの振るう斬馬刀をかわしながら男子生徒が助勢を求める。
「槍よ、来い!」
突然の事態にやや戸惑いが見られるものの、戻って来た生徒らが続々と参戦する状況に、フレオールも真紅の魔槍を手元へと飛来させる。
「……マズイ……」
大規が拡大していく乱闘に、シィルエールは表情こそいつもと変わらないが、内心では強い危惧を抱く。
数が増えれば有利という単純な話ではない。食堂は全生徒が食事をできるスペースはあるが、百人が暴れ回るには狭すぎる。
フレオールやマルガレッタは魔槍を振るって生徒らの接近を阻み、牽制というよりも、魔槍を振るえるだけのスペースの確保を優先し、イリアッシュはドラゴニック・オーラを飛ばして、自分の身を守りつつ、二人の援護に徹している。
対して、竜騎士見習いらの方は、個々が思い思いに動き、まったく連携が見られない。致命的なのは、元来、統率すべき立場のナターシャやフォーリスが、混乱して他の生徒と大差ない行動をしている点だろう。
そんな中、ミリアーナとシィルエールは冷静に事態を見ているが、二人にはこの乱戦状態にある味方をうまく制御する自信はない。
客観的に見れば、乱闘に参加している竜騎士見習いたちには、出身国によって行動と傾向がやや異なる。
最も果敢に戦っているのはタスタル、シャーウの生徒である。
タスタルの生徒らはナターシャを中心にリナルティエに、シャーウの生徒らはフォーリスを中心にマルガレッタに立ち向かっている。特に、現状で最もダメージが酷いにも関わらず、シャーウの生徒らは歯を食いしばって、マルガレッタを牽制で精一杯という状態にしている。
バディン、ロペス、ワイズの生徒らも積極的に戦っているものの、タスタル、シャーウの生徒らに引きずられている風な動きがいくらか見える。
そして、ゼラント、フリカの生徒らは、ミリアーナ、シィルエールを気にして、やや積極性に欠ける。
ミリアーナとシィルエールが号令をかければ、臣下らの動きも違ってくるが、あくまでゼラントやフリカの生徒がそうなるだけにすぎない。
ワイズの生徒にミリアーナが命じれば、その指示には従うだろうが、逆に言えば指示がなければ動かず、積極的にミリアーナのために動くことはないだろう。
が、さらに厄介なのはタスタル、シャーウの面々だ。彼らは例えミリアーナが全体を考えて指示を出しても、各々の王女の側を離れるようなマネをするとは考え難い。
結局のところ、指揮権の明確化が成されていないゆえ、せっかくの数が活かせないどころか、むしろこのままではその数が仇となりかねない。
ネックとなるのは、やはりリナルティエだ。彼女の手にする得物はその巨大さのため、一振り一振りが遅く、ドラゴニック・オーラで強化した運動能力ならば、冷静に対処すればかわすのは難しくない。
ただし、かわすだけのスペースがあれば、だ。
連携も役割分担もなく、ただ数だけが増えている今の状況では、いずれ互いが邪魔になって、自由に動けなくなり、リナルティエの攻撃、そのパワー食らって取り返しのつかないことにもなりかねない。
「もっと広い場所に誘い出すか、あるいは人数を絞るか。とにかく、このままじゃあ、たしかにマズイね。一度、退いて、仕切り直すべきだ」
ミリアーナの見解に、シィルエールもうなずく。
いずれティリエランやターナリィもくるだろうが、それまで待っていると、増えた数が仇になって、また学園の医務室に遺体が並ぶことになりかねない。
何より、フレオールらと戦いながら、この混戦を収集して、味方を統制するなどということが、最年長の七竜姫にもできるとは、最年少の七竜姫の二人には思えなかった。
犠牲が出る前に一端、退くべき。そう判断したゼラントとフリカの王女は顔を見合わせて一つうなずき、
「ミリィ、援護、お願い」
シィルエールは素早い動きで、奇声を発して狂ったように斬馬刀を振り回すリナルティエに、回り込むように近づいていく。
現状の魔戦姫一号体は、狂ったようにではなく、本当に狂気による暴走状態にある。
理性というリミッターを解除することで、肉体を限界以上に酷使して、異常なまでの怪力を引き出しているのだ。
普通ならば、それだけの怪力を引き出せば肉体はすぐに痛み、壊れるところを、ベダイルは狂気に染まった精神による無痛状態と、膨大な魔力供給による肉体の自動修復で補っているが、いかにシィルエールが魔道に詳しくとも、魔戦姫の構造などはわかるものではない。
フリカの王女にわかるのは、相手は未知の魔道技術の産物であり、マトモでも尋常でもない点だ。
機敏に、しかし注意深く、充分に接近したシィルエールは、
「……ハアアアッ!」
至近距離から乗竜の能力を借り、風の刃を放ち、リナルティエの右足を半ばから断つ。
無論、どれだけの激痛も、今のリナルティエ異常な精神状態の前では意味を成さないし、千切れかけた右足は即座にくっつき出したどころか、再生途中だというのにその足で踏ん張り、斬馬刀をシィルエールの頭上へと振り下ろす。
「ハアアアッ!」
最も小柄な七竜姫の体に、巨大な刃に届くより早く、ミリアーナが放ったドラゴニック・オーラが斬馬刀の軌道を逸らし、シィルエールの鼻先をかすめて、巨大な切っ先は床に刺さる。
右足が再生中でなければ、斬馬刀に当たったゼラントの王女のドラゴニック・オーラで軌道がズレ、フリカの王女を仕留め損なうことなどなかっただろう。
もっとも、それがシィルエールの狙いであり、
「ハアアアッ!」
続けて、強風をリナルティエに叩きつける。
大柄な男性でも押し飛ばすほどの風力も、右足の再生した魔戦姫は、踏み留まるどころか、突風の中、鈍い動きながら斬馬刀を振り上げる。
「ハアアアッ!」
そこにナターシャが電撃を飛ばし、リナルティエはいくらかの火傷を負い、即座に回復していく。
再生中は魔戦姫の動きも悪くなり、リナルティエが斬馬刀を振り上げたまま固まったわずかな間に、
「……みんな、この場は退くんだ!」
ミリアーナが撤退を促すが、突然の指示に誰もが戸惑う。
が、その年下の王女らの意図を察したナターシャは、電撃をまた放つと、
「……あっ、そのとおりです! ここは一時、退きなさい!」
「……そうですわ! 一度、退き、態勢を立て直すべきですわ!」
さらにフォーリスも、ようやく現状のマズさに気づいて撤退するように叫ぶ。
シィルエールとナターシャがリナルティエを牽制し、ミリアーナとフォーリスが具体的に撤退の指示を出し始めると、ようやく食堂から少しずつ生徒が退き始めるが、
「フォーリス様、ミリアーナ様、我らが姫がこのままでは取り残されてしまいます!」
タスタル、フリカの生徒らが、自分たちの姫がしんがりを務める点に噛みつく。
「だから、エア・ドラゴン、サンダー・ドラゴンと契約している者は残れ。最後に二人の撤退を援護してもらう」
そう指示されると、両国の生徒らもおとなしくなる。
一方、フレオールは竜騎士見習いが退くのをおとなしく見送り、その背後に手を出すのをひかえた。
マルガレッタなど黒塗りの長槍を遠ざかる背中に繰り出そうとしたが、フレオールにそれを制され、渋々、魔槍を引っ込めた。
七竜姫ふたりがかりの足止めが功を奏し、テーブルやイスがほとんど転がり、その中のいくつもが壊れている食堂に残る十数人の生徒の内、
「ハアアアッ!!!!!!!」
強風を三人、電撃を四人の生徒が放つと同時に、ナターシャとシィルエールが大きく後ろに跳ぶ。
「ハアアアッ!」
そして、フォーリスが乗竜の能力を用い、闇でリナルティエを包んで視界を閉ざすや、ナターシャら十一人は一斉に食堂の出入口から廊下に飛び出し、フレオールら三人は厨房に飛び込んで身を隠す。
狂化による暴走状態にある魔戦姫一号体に敵と味方の区別はない。ナターシャらがいなくなった以上、フレオールらも逃げるか隠れるかせねば、イリアッシュを倒した時より厄介な状態のリナルティエと戦うことになりかねないのだ。
とっくに調理スタッフが逃げ出した厨房で、ベダイルが組み込んだオート・セーフティが働くまでの間、フレオールは二人のうら若き乙女と、息をひそめて身を寄せ合って隠れて待ち続けた。




