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落命編8

「端的に言えば、皇太子の決起を許したのは、たまっている不平不満を払うためだ」


 皇太子の振る舞いを大目に見ていたのは、他にも不平不満を抱く者らを釣り上げるエサのようなものだ。


 無論、目こぼしにも限度がある。できれば、アーク・ルーンの目をかいくぐる程度の才幹が皇太子にあれば良かったのだが、ないのだからジルトのような者を側に置くなど、フォローが必要となってくる。


「ジルト殿がうまく挙兵をコントロールし、それなりに優勢を演出するだろう。その際、ティリエラン殿の元に内応を求めてくるだろうから、応じたフリをしておいてもらいたい。もちろん、それがあくまで応じたフリであることは、オレから大兄に伝えておく」


 ミリアーナやフォーリスも亡国の王女である点は同じだが、フレオールと結ばれ、共にネドイルの甥や姪を産んでいる。実質的に皇太子の勢力を主導するジルトは、そうした関係性に配慮し、今回の出来レースにミリアーナやフォーリスを巻き込まぬようにするだろう。


 イリアッシュやアーシェアも同様だ。


 だが、学芸官として多少の功績があるといえど、ティリエランにそんな気遣いをすることはあるまい。より多くの不平分子を釣り上げるために、ティリエランの名を利用しようとする公算の方が高い。


 実のところ、東域全体で反乱の火種がくすぶっている。アーク・ルーンの侵略で王侯貴族の大半は没落した。アーク・ルーンに迎合した者らとて、その生活レベルが大きくダウンしている。


 アーク・ルーンに逆らった国の末路は言うに及ばずだが、降伏に応じた国、例えば旧モルガール王とその家族は豊かな生活を送ってはいるものの、かつての権勢とは比べようもない。


 地位を失い、財産を奪われようとも、どうにか命だけは保った者たち。その時は生き延びるのに精一杯だったものの、命以外を失った生活がどんなものかを経験した彼らは、失ったものを取り戻したいと強く思うようになっている。


 そんな彼らに可能性を示せば、カンタンに食いつくだろう。その可能性、食いつかせるエサが、皇太子の存在であったり、ティリエランの名であるのだ。


 ティリエラン自身が見せかけの逆意のつもりであり、それをネドイルが承知していても、それで安泰なのはティリエランと、せいぜいその家族ぐらいだ。ティリエランの貸した名義に釣られ、武器を手にした旧ロペス貴族らは破滅していく。


 降伏したばかりの頃なら、どうすればアーク・ルーンに利用されずにすむか、必死に無意味な考えに没頭したかも知れない。


 が、それから二十年近く、処世術を学び、色々と諦めてきた元ロペスの王女は、


「わかりました。一人でも多くの不平分子を釣り上げられるよう、私も協力を惜しみません。私の名をいくらでも使ってください。ただ、私と家族が反逆に加担していないと証明する証書をいただけないでしょうか?」


「了解だ。その点も伝えておこう」


 うなずきながら、フレオールは思わずにいられない。


 アーク・ルーンが七竜連合と戦っていた時分、これくらい用心深ければ、あそこまで悲惨な結末を迎えずにすんだだろう。


 年月を、歳月を重ね、若い頃よりも視野がマシになったティリエランは、


「しかし、大丈夫なのですか? 挙兵など、どうやっても成功しないでしょうが、ジルトという方が目先の成果にとらわれ、反乱の火の手を大きくしてしまうことはありませんか?」


 祖国滅亡後、東方遠征に参加せず、ロペスの地にいたティリエランは、ジルトについて風聞程度のことしか知らない。


 才智に長けているとは聞く。アーク・ルーンに大役に任せられるだけの才幹の持ち主なのだろう。だが、亡国の身であるとも聞くので、才はあっても忠誠心の方はどうか。


 同じ亡国の身であるティリエランは、喜んでアーク・ルーンに仕えているわけではない。仕方なく、という理由の方が大きい。もし、アーク・ルーン帝国が崩壊を始めたなら、偽りの忠誠を捨てるのにいささかもためらわないだろう。


 ジルトにしても、これ以上、失わないために頭を垂れているだけで、祖国を滅ぼされた憎しみを胸中に秘めているはずだ。


 その憎悪が首をもたげ、偽りの反乱を本当の反乱にしようとするのではないか。そんな疑問を抱くティリエランに、


「その辺りの押さえに抜かりはない。今、コノートの地にはザゴンがいる」


「そういうことですか。しかし、ザゴン殿もイヤな役割をやらされているものですね」


 ティリエランはザゴンと面識がある。降伏後、ロペスの地に侵入したマヴァル軍を撃退したのが第九軍団であるからだ。


 それ以外にも、第九軍団はロペスの地の安定と治安回復に尽力してくれたので、ティリエランはザゴンのことを奇天烈な髪型だが、民を助けてくれた良き人物と認識している。


 だから、後にナターシャがザゴンのことを悪し様に言っていた際、彼女は眉をひそめたものだが。


 ナターシャのようにその本性を直に見た経験はなくとも、ティリエランのように見誤るような節穴ではないだろう。ジルトならばザゴンの危険性を見抜いているはずだ。


 皇太子の挙兵に際して、余計な画策をすれば、コノートの地は生き地獄と化す。


 ゆえに、ジルトが知恵を巡らすべきは、この状況を将来の祖国再建に利する点ではない。今を乗り切るため、アーク・ルーンとザゴンが満足するだけの利益を生み、血を流すことを考えに考えぬかねばならない。


 そして、その生き地獄にフレオールも参加せねばならない公算が高い。


 当然、鬼役として。


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