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落命編5

「ザラス。お前はトイラックの構想をどう考える?」


 子供に尋ねるまでもなく、ネドイルは故人の思惑は理解できている。


 ネドイルが問うたのは、息子が父親の遺言の意味、それがわかっているかという点。


 普通ならば、ザラスの年でトイラックの先を見越した一手一手にどのような意味がわかるはずがないのだが、


「我が国の外に警戒すべき敵はいません。ただ、内に警戒すべき者が何人かおります。我が祖父とジルト。あと、フレオール様も一応は気をつけるべきですか」


 ザラスの祖父は言うまでもなくイライセン。彼は父祖の地ワイズに住む者たちの平穏を最優先事項としている。ワイズの地の平穏が危ういと見れば、ためらわずにアーク・ルーンやネドイルを裏切り、旧ワイズの民のためにあらゆる手を打つだろう。


 ジルトは祖国コノートの再興を心に秘めている。そのための準備を密かに進めているだろうし、好機と見ればアーク・ルーンのくびきから脱し、コノート王国の再建に動き出すだろう。


 そして、フレオールだが、その心中は将来の破綻を孕んだ祖国の現状に強い不満を抱いている。その不満が高じれば、武力で自分の意見を通そうとする恐れはあるが、


「フレオール様は国を縮小し、将来に備えるなどと、短絡的に考えておいででしょう。しかし、そんなマネをすれば、将来どころか、我が国は明日にでも乱れます」


 例えば、イライセンが味方であるのは、ワイズの地をアーク・ルーンが握っているからだ。リムディーヌにしても、ミベルティンにある故郷、それを押さえられているから、心ならずもアーク・ルーンに与している。


 ワイズとミベルティン、その間に広がる土地のみでもかなりの広さだ。イライセンやリムディーヌのみならず、故郷をアーク・ルーンが支配下に置いているので従っている高官は何人もいる。


 彼らの故郷を実質的に切り離すということは、アーク・ルーンは有為の人材を何人も失うことになり、国の屋台骨にいくつもの破損が生じることになる。


 そもそも一方的かつ勝手に侵略戦争を仕掛けたのはアーク・ルーンなのだ。一方的な都合で土地を奪い、一方的な都合で土地を捨てる。これに侵略された側がどう思うか。フレオールの考えは被害者の視点と主観に欠けている。


「フレオール様の浅慮を重く考える必要もなければ、恐れる必要もありません。思慮が浅いゆえ、短絡的な行動に出るかも知れませんが、思慮が浅いゆえに大事を成すこともできません」


 子供とは思えぬほど、辛辣な見解を吐くが、フレオールの行動が中途半端である点は否めない。


 祖国と兄の侵略行為に批判的ではあるが、それを理由に祖国と決別し、兄と対決しようとまではしない。何だかんだと批判し、文句を言いながらも、ネドイルに協力している。


 例えフレオールが反乱を起こしたとしても、妥協点を探ったり、譲歩を引き出さんとするような姿勢で反旗をひるがえすであろう。


 そうした徹底さを欠く不穏分子は恐くない。本当に恐いのは、イライセンやジルトのように、目的を遂げるために全てをなげうつ覚悟を定めている者たちだ。


 とはいえ、ジルトには主家であるエドアルド四世やエリシェリルといった急所がある。また、ネドイルの存命中は水面下で独立と再建の準備を進めるに留めるだろう。


 ネドイルの死後、アーク・ルーンに隙が生じた時こそ、ジルトが表立ってコノート再興に動き出す時だ。


 その時が来るまで、面従腹背であっても、ジルトはアーク・ルーンに忠実ではある。しかし、面従腹背の輩を放置するのも良くない。


「一見、父の後任とし、コノートの復権を計り易い立場を与えるように思われます。しかし、次の東方太守はあの愚か者。ジルトはその対処を誤れば、あの愚か者と共に夢もその身も潰えましょう。対処を誤らずとも、あの愚か者のせいで本来の計画に支障をきたすのは明白です」


 ザラスの言うあの愚か者とは、殴り倒したこともある皇太子の息子である。


 ネドイルに唯々諾々と従う父親と違い、息子の方はまるで自らの危うい立場を理解していない。


 ジルトの才知は確かであり、亡きトイラックによって制度の整っている今、東方太守の補佐役という役割を充分にこなせるだろう。


 それどころ、ジルトの才ならその地位を利用し、コノート再興の準備を密かに進めるくらいのこともやってのけられる。


 だからこそ、次代の東方太守の人事が大きな意味を成す。


 数年後の東方太守とその秘書官は、共にネドイルに逆らう気が満々という組み合わせになる。しかし、そんな両者が手を組んだとて、恐れるところは何もない。


 ザラスの悪口のみならず、皇太子の息子はネドイルへの不満や非難を堂々と口にしている。


 ネドイルにいつ処理されてもおかしくない状況で、敵意があることを公言しているのだ。おそらく、東方太守に就任したなら、皇室の正当な権利を取り戻さんと、表立って奸臣を討とうとするはずだ。


 こんな考えと底の浅い人物と手を組めば、共倒れになる。とはいえ、その官職からジルトは、無関係や中立を保てるものではない。


 ジルトの選択肢は一つ。皇太子の息子の挙兵に同調せず、それを鎮圧・討伐する側に回ること。


 その智謀ならば秘書官が上司を打倒するのも難しくない。これでネドイルの敵と敵を噛み合わせ、自らの手を汚さずに敵の一方を処理できるが、この計の効能はそれのみではない。


 勝者たるジルトが手に入れるのは、ネドイルの走狗となって戦ったという評判。これでジルトはアーク・ルーンに叛意を抱く者らの対外的な信用を失い、コノート再興を水面下で目論もうが、その言葉や目的を疑われることになる。


 ネドイルに屈したという疑いを晴らさねば、祖国復興の活動を進められず、勝利したジルトはそうした遅滞を背負い込むことになる。


 思慮の浅い反逆者予備軍など、いくらでもいる。そんな浅はかな皇族を都度都度、側に置けば、ジルトの才略や活動は封じ込めよう。


 そして、こんな風に手を込んだマネをせずとも、ジルトの側にはゼラント代国官ミストールがいるので、いざという時、いくらでも対処できる。最悪、フィアナートかアーシェアを差し向ければ解決できるのだ。


 フレオールより難があるものの、ジルトも獅子身中の虫としては、そう恐い存在ではない。やはり、ネドイルの配下で最も警戒すべきはイライセンである。


 トイラックがいない今、ネドイルの配下でイライセンに対抗できる人材はいない。実戦においても、ワイズ戦役の際、あのヅガートさえもイライセンの軍略に苦戦を強いられた。


 言うまでもなく、ワイズの民の安寧を保持できていれば、イライセンが逆意を見せることはない。だが、それはワイズの民の安寧が損なわれると判断したなら、イライセンはアーク・ルーンを裏切り、ネドイルの元から離反しようが、それを是正するということである。


「竜騎士学院の再建は、祖父の暴挙を防ぐ、窮余の一策ではあります。ゾランガ殿の人事を含めれば、窮余の二策となりますが」


 伝統の復活を名目に、ワイズの地に竜騎士学院を再建する。その真の目的は、竜騎士をワイズの地の、否、ワイズの民の守り手とすることにある。


 この意図を再建に関わるティリエランなどによくよくわからせて、旧来の竜騎士とは違う存在へと育成させる。


 そうした新たな竜騎士の数が揃えば、ネドイルが倒れた後、群雄割拠の時代が訪れても、ワイズの民は外敵より守られる。少なくとも、イライセンにそう思ってもらわねば、ネドイルは再び最大の強敵と相対することになる。


 無論、竜騎士のお粗末さを思えば、イライセンに対する手立てとしては不充分。さらにゾランガを内務大臣に抜擢し、中央行政の機能を向上させると共に、新任の内務大臣を軍務大臣の対抗馬とし、イライセンを牽制する。


 だが、イライセンの才幹、何よりも危険性は、フレオールやジルトと桁が違う。ゾランガほどの者でも対抗馬が務まるか、一抹の不安があり、この二手で御せるかどうか。


「ネドイル閣下。祖父が閣下の大望を阻んだなら、私も孫として責を免れません。ゆえに、非才の身なれど、わずかばかりの足しになりたく、閣下には私が祖父の側で働くことをお許しいただきたい。祖父の動向に目を光らせ、この身にかえても閣下の迷惑とならぬようにしたいと思います」


 ザラスの年齢を思えば、退けるべき懇願。


 しかし、トイラックがネドイルの側で働き出したのは、ザラスぐらいの時分だ。


 もし、ザラスが数年後、いや、十何年後でも、祖父に比肩し得る人物となったなら、イライセンの押さえ役を得られるだけではない。


 自分の死後、アーク・ルーン、すなわち世界を任せられる後継者が得られる。


 トイラックは自らの役割を果たすことなく、人生を終えた。


 なれど、素晴らしき可能性を遺してはくれた。


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