落命編4
「東方太守の秘書官の後任はジルトを任命する。この人事の数年後、皇太子を皇帝に即位させ、新たな皇太子を東方太守とする。ゾランガ殿を内務大臣に就任させる。この人事はなるべく早急に行う。竜騎士学院を再建するとして、その地はワイズとする。この再建には、現存する竜騎士たちを関わらせる」
魔法帝国アーク・ルーンの実質的な最高権力者である大宰相ネドイルは、その夜、訪ねて来たザラスからそのような構想を聞かされた。
正確には、トイラックが自分の死後を見据えた構想を。
最終的な官職は東方太守の秘書官とはいえ、トイラックはアーク・ルーンにおいて重きを成していたのは、多くの者が知るところだ。ネドイルは大々的な国葬を執り行い、その死を深く悼んだ。
国葬の場にて、ザラスはネドイルと顔を合わせている。国葬を終えた直後、ネドイルは時間を割き、イリアッシュとザラスと話し込みもした。
その時、ザラスは父親の死後の構想をネドイルに伝えなかった。余人を交えてする話ではなく、何よりいくらか時間を置く必要があったからだ。
「閣下。最近、兵を収めるよう、国の将来を考えるように言ってきた者がおりましょう」
ザラスの言葉に、ネドイルが思い浮かべたフレオールだけではない。数人の高官の顔を脳裏に浮かべる。
「死の間際、父は懸念していました。閣下が国のこと、自分のことしか考えず、閣下のことを考えていない、そのような言葉に惑わされるのではないか。閣下が初志を見失っているのではないか、と」
「初志か」
「はい、初志です。ネドイル閣下がなぜ、周りの国々に兵を差し向けたか」
ネドイルが侵略戦争を絶えず、行ってきた理由。それはムカついたからだ。
実力や才能もないのに、血統だけで王となったバカ共。そんなバカからの上から目線、いや、対等以上に接するのが苦痛以外のなにものでもない。
昨今のアーク・ルーンは大きくなりすぎ、バカな王は西にもう数人がいるのみ。そうしたバカ王と顔を合わせるのは、前線の将軍たちであり、外交を担当する高官らだ。ネドイル自身が直にバカ王と会談する必要などなくなってから、もう十年以上も経つ。
アーク・ルーンの国力は圧倒的である。だが、形式的には西に現存する王たちは一国の主であり、アーク・ルーンと同様に一つの国ではある。そして、そのアーク・ルーンの中で、ネドイルは臣下の一人でしかない。
西にそうした形式しかわからぬバカ王がいた場合、ネドイルは将来、上から目線をくれられる恐れがある。しかし、西に残る国々を滅ぼせば、精神衛生上の憂いがなくなる。
「閣下のお心のわからぬ者たちに、かつて閣下がこう仰ったと、父から聞き及んでいます。オレは他国に戦争を仕掛けているわけではない。世界にケンカを売っているだけだ。しかし、ケンカを売った以上、行く道をとことん行くしか道はない。ケンカはいっぺん、イモを引いたら、おしまいだ、と」
「ああ、そうだった。世界にケンカを売った理由、それも忘れかけていた」
その理由を、ザラスは理解できていないだろう。しかし、亡きトイラックとはその理解を共有していた。
「ヴァンフォール様もそれも理解している。だから、ヴァンフォール様のことを考えるなら、むしろ、ケンカをやり遂げてもらいたい」
亡きトイラックの言葉のとおり、ヴァンフォールも理解を共有する者の一人。例え将来、自分の背負えぬアーク・ルーンになるとしても、そのアーク・ルーンを、やり遂げるネドイルの姿を望むはずだ。
「そもそも、閣下は今のアーク・ルーンを築くのに、大変な苦労と努力をされました。将来、そのアーク・ルーンを引き継ぐ者たちが維持できぬということは、苦労と努力が足らぬだけの話。自らの苦労をいとい、閣下に我慢を強いるなど、言語道断ではありませんか」
おべっかではなく、これがザラスの本心だ。
ネドイルの築いたものを維持できないというのは、後継者の器量が足りないからだ。なら、後継者は足りない器量の分、努力をすればいい。それができない、あるいは重荷であるというなら、
「父はこうも言い遺しました。一つにまとまっていても、百に分かれても、人の世から争いはなくならない。外敵がいなくとも、内乱が起きるだけのこと。争いの無い世を考えた国造りであっても、その点を考えぬ国造りであっても、争いは起きるのです。だから、将来に起きる争いは後進に任せ、閣下は今だけを考え、お求めください」




