プロローグ13
毎朝、畑仕事に行く前に、墓前に手を合わせるのは、その男の日課であった。
故郷の復興を機に軍を退役し、前職である農夫に戻った。
とても人の住める場所ではなかった故郷は、長い歳月と多額の資金をかけ、かつての姿を取り戻したが、それは表面的なものにすぎない。
かつて暮らしていた農村は見た目こそ以前のままであったが、そこには以前、暮らしていた人々の姿はない。
当然、男の妻子の姿もない。故郷が人の住める場所でなくなった時に亡くなったのだ。だから、男は墓前で手を合わせているのだ。
男は農夫を辞め、そして農夫に戻るまで、ひたすら戦い続けた。狂ったように戦って戦って戦った。狂気のような所業を繰り返し、あり得ないほどの戦果を積み上げた。
その戦功を全て故郷の復興資金に充て、男の故郷は元の姿を取り戻した。ただし、戻ったのは表面的なもののみ。
本当に取り戻したかった存在は戻らず、だから男は墓に手を合わせている。
長い歳月をかけて、男は何かを取り戻すどころか、舅も逝き、更なる喪失を味わうだけであった。
これ以上、何も取り戻すことのできない男は、戦いを辞め、畑を耕し、妻子と舅の冥福を祈る。
その繰り返し以外に何もない男は、その日の朝もくわを傍らに置き、墓の手入れをいつものように行い、いつものように手を合わせているところ、
「がっ……」
いつもと異なり、その日、背中を何者かに刺され、命日を迎えた男は、久しぶりに、あの日以来、失っていた穏やかな表情を浮かべる。
背中に短剣を突き立て、走り去る足音など、どうでも良かった。
「……遅くなった……」
男は墓石を抱き締め、目を閉じる。
穏やかで、そして満足げな表情で。




