表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
521/551

プロローグ13

 毎朝、畑仕事に行く前に、墓前に手を合わせるのは、その男の日課であった。


 故郷の復興を機に軍を退役し、前職である農夫に戻った。


 とても人の住める場所ではなかった故郷は、長い歳月と多額の資金をかけ、かつての姿を取り戻したが、それは表面的なものにすぎない。


 かつて暮らしていた農村は見た目こそ以前のままであったが、そこには以前、暮らしていた人々の姿はない。


 当然、男の妻子の姿もない。故郷が人の住める場所でなくなった時に亡くなったのだ。だから、男は墓前で手を合わせているのだ。


 男は農夫を辞め、そして農夫に戻るまで、ひたすら戦い続けた。狂ったように戦って戦って戦った。狂気のような所業を繰り返し、あり得ないほどの戦果を積み上げた。


 その戦功を全て故郷の復興資金に充て、男の故郷は元の姿を取り戻した。ただし、戻ったのは表面的なもののみ。


 本当に取り戻したかった存在は戻らず、だから男は墓に手を合わせている。


 長い歳月をかけて、男は何かを取り戻すどころか、舅も逝き、更なる喪失を味わうだけであった。


 これ以上、何も取り戻すことのできない男は、戦いを辞め、畑を耕し、妻子と舅の冥福を祈る。


 その繰り返し以外に何もない男は、その日の朝もくわを傍らに置き、墓の手入れをいつものように行い、いつものように手を合わせているところ、


「がっ……」


 いつもと異なり、その日、背中を何者かに刺され、命日を迎えた男は、久しぶりに、あの日以来、失っていた穏やかな表情を浮かべる。


 背中に短剣を突き立て、走り去る足音など、どうでも良かった。


「……遅くなった……」


 男は墓石を抱き締め、目を閉じる。


 穏やかで、そして満足げな表情で。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ