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大征編48

 脱走者による情報漏洩によって、保有する武具の大部分を失った現状に、


「全軍を以て陛下を守りつつ、この場からの離脱を計る」


 イゲイツの決断に武官も文官も異を唱える者はいなかった。


 誰も異を唱えられない、というべきか。


 今の守りを捨てては、アーク・ルーン軍に対抗しようがない。物資が続く限り、アーク・ルーン軍を撃退し続け、ソナン存続を示すことで、アーク・ルーンに対する反抗の火の手が上がり、それが燃え広がった時こそ、ソナン軍は打って出るべきなのだ。


 希望的観測を多分に含む戦略だが、それ以外の最善手がない以上、イゲイツにも他の武官、文官も代案の出しようがない。


 今こそ、打って出るべき時が来た、と判断したわけではない。兵糧も水もまだ充分にあるが、三騎の竜騎士と引き換えにソナン軍は大量の武器を失った。これまでのように抗戦していては、数戦で装備が尽きる。


 ソナン軍は民船と、幼帝を初めとする多くの非戦闘員を抱えている。守りに徹しているからこそ、この状態でアーク・ルーン軍の攻撃をはねのけられるのだ。守りを崩して打って出れば、自軍の弱い部分を守りながらの苦しい戦いとなる。


 それはイゲイツにもわかっているが、このまま守っていても、早晩、武器がなくなり満足に戦えなくなる。無謀でも出撃し、アーク・ルーン軍を一度、振り切り、どこかで失った分の武具を補充せねばならない。


 アーシェアもソナン軍が無謀でも出撃するしかないのがわかっているから、そこを叩くべくアーク・ルーン軍は攻撃を止め、待ち構えているのだ。


 敵が待ち構えているところに踏み込むなど危険が大きいが、その大きい危険を乗り越える以外にソナン軍には活路はない。


「鎖を断て!」


 イゲイツの命令で船と船をつないでいた鎖が外され、ソナン軍は全軍、全船を以て、アーク・ルーン軍の突破を敢行する。


 対するアーク・ルーン軍はリョガンとファブンの率いる兵船がそれを真っ向から受け止める一方、アーシェアとフレオールの率いる兵船が側背に回り込み、ソナン軍の弱い部分を突く。


 全ての非戦闘員を守って脱するなど、戦力的に不可能。幼帝の座乗する大船を最優先で守り、民船が次々と拿捕、あるいは沈められても、イゲイツはそちらに兵船を差し向けることはなかった。


 リョガンもファブンも、降将である自らの立場を理解している。損害をいとわず、ソナン軍の突破を全力で阻む。


 リョガンやファブンは、幼帝の座乗する大船の足の遅さ、またそれを守るために艦隊運動に制約を受けていることも理解しているので、ソナン軍の計る必死の突破をどうにか許さずにいた。


 リョガンとファブンと激しくぶつかり合う一方、背後に回ったアーシェアとフレオールから猛攻を加えられている。だが、後ろ備えの損害を無視して、正面突破を計るよりイゲイツに選択肢はない。


「陛下をお守りし、敵を、裏切り者らを蹴散らせ!」


 イゲイツの命により、ソナン軍の攻撃は激しくなる。それにより、リョガン、ファブンの兵船の一部が怯んだような動きを見せ、


「あそこだ! この艦を前に進めよ! あそこを一気に噛み破るっ!」


 イゲイツが自らの乗艦を敵軍の綻びに突っ込ませると、それにソナンの戦船は次々と続いて殺到する。


 リョガンとファブンは懸命に綻びをつくろうとするが、イゲイツ自ら陣頭指揮を採るソナン軍の奮戦は凄まじく、ついにアーク・ルーン軍を蹴散らし、正面突破に成功すると、


「……しまった!」


 正面突破を許して兵船に大きな被害を出したリョガンとファブンではなく、見事、正面突破を果たしたイゲイツは悔恨の叫びを上げる。


 イゲイツ自らが前に出て、陣頭指揮を採らねば、正面突破を果たせなかったのは事実だが、その結果、イゲイツは全体の把握が疎かになっていた。


 イゲイツの陣頭指揮の下、勢いを得たソナンの戦船は前進し、リョガンとファブンの率いる兵船に強かな打撃を与え、正面突破に成功したのと引き換えに、幼帝の座乗する大船がやや置き去りになってしまい、その周りが手薄になっている。


「今だ! 他の船に目もくれぬなっ! 幼帝の船だけを狙え!」


 アーシェアとフレオールはこの機を逃さず、幼帝を集中的に狙うように動く。


 当然、イゲイツは回頭して主君の元に向かおうとするが、正面突破を果たした勢いが仇になり、即座に反転・回頭ができそうにない。


 さらに状況に気づいたリョガンとファブンが兵船をまとめ、イゲイツらの行動を阻む。


「裏切り者ども! どこまで祖国の害となる!」


 イゲイツの非難の怒号が、船上に虚しく響く。


 幼帝の座乗する大船の周りにいる護衛艦はアーク・ルーン軍の接近を懸命に阻むが数の差は大きく、イゲイツらが駆けつけるのを待てば、虜囚の辱しめを受けると判断し、


「……陛下。無念ながら、ソナンの国事はここに尽きました。皇帝たる御方は、名を重んじねばなりません。不肖ながら臣もお供いたしますので、お覚悟をお決めください」


 まだ幼い皇帝に理解できる内容ではないが、幼帝は大人の言う事を良く聞く、良い子であった。


「そなたに任せる。良いように計らってくれ」


 幼帝の、否、幼子の全幅の信頼を得ている宰相は、


「は、わかりました。陛下には天に拝礼された後、臣の肩に跨がってください。後は臣の方で取り計らいますゆえ」


 幼帝は言われた通り、天に拝礼してから、しゃがみ込む宰相の肩に跨がる。


 奮戦する護衛艦だが数的にアーク・ルーン軍の接近を阻めるのは大した時ではない。幼帝を背負った宰相はすぐに甲板の上から身を踊らせ、海へと飛び込む。


 ジドの専横を許したわけではない。民を苦しめたわけでも、国庫を浪費したわけでもない。亡国の責任が一切ない、幼子にソナン最後の皇帝としての責任を取らせるために。




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