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大征編47

 燃え盛る無人船は潮の流れに乗り、ソナン軍の戦船に次々と激突したが、しかしその火は燃え移る気配がなかった。


 敵の火計、火船はイゲイツの予想範囲内。船体に泥を塗るなどの防火対策を施しており、アーシェアの用意した火船は虚しく燃え尽きて終わる。


 次にアーシェアはリョガンとファブンに正攻法で攻めさせたが、ソナンの守りは小揺るぎもしない。


 それはここまで追い詰められてなお、ソナン軍の士気が高いことを意味する。


 リョガンとファブンに攻めさせていたアーシェアだが、突破口を、つけ入る隙をまるで見出だせず、大したものではないが無駄に被害を出すだけと判断し、引き上げを命じようと考えた時には遅かった。


 所詮、アーシェアは山国、内陸の生まれで水戦を、海を理解していなかったとするのは、いささか酷であろうか。


 潮の流れが不意に変わった。しかも、急激な変化だ。


 リョガンやファブンは経験上、このような変化は一時のこと。船にしがみつき、やり過ごせばいいだけと判断した。というか、

それ以外に対処のしようがない。


 激しい潮や波の動きに翻弄されるリョガンやファブンらと違い、船体を鎖でつなぎ合わせているソナン軍の揺れはそこまでのものではない。


「射よ!」


 イゲイツの号令一下、ソナン兵らは船上で立つこともままならない、敵に降った同胞らに矢を浴びせる。


 矢の雨の中に火矢も混ぜ、リョガンやファブンの部隊は人にも船にも被害を受ける。


 結局、アーシェアとフレオールの部隊が助けに入り、リョガンとファブンの部隊が撤収できたのは、潮の流れが緩やかになった後のこと。


 一時の攻勢を受けただけなので、アーク・ルーン軍の損害はそう大きなものではない。だが、ソナン軍の守りに為す術なく撃退された事実に、撤退後のアーシェア、フレオール、リョガン、ファブンの表情は重い。


 実際に攻めた感触として、ソナン軍の守りを力攻めで突破するのは困難。何かしらの策が必要だが、火計が通じないことは証明されたので、代わりとなる策が必要である。


「腰を据えて攻め、長期戦の構えを取るのは、あまりに正攻法すぎる。敵の様子を見るに陸地からの攻撃の備えはないように見えるが、ここから攻める手立てはないものか」


 ソナン軍が根拠地とする半島は岩ばかりで、陸から兵を進めるのは無理なように思われる。だからこそ、守りを薄くしているのだが。


 結局、議論の末にアーシェアは長期戦の構えを取り、正面から繰り返して攻め、時間をかけて敵を疲弊させて降伏に追い込みつつ、陸地、背後から突いて一挙に勝敗を決する方策も模索するという方針を定めた。


 翌日もアーシェアはリョガンとファブンに正面から攻めさせつつ、フレオールに残る竜騎士を任せ、背後から攻める段取りに取りかからせた。


 竜騎士らに岩山を飛び越えさせ、ソナン軍の背後から突くつもりであったが、イゲイツの備えに抜かりはない。陸地側にも充分な見張りを立て、多数の弓兵を配置しており、これではフレオールもうかつに攻めるわけにはいかない。


 フレオールの報告を受けたアーシェアも背後から強攻するように命じることはなく、


「イゲイツが良将であることが良くわかった。しかし、どれだけ立派な柱でも、それ一本で朽ちゆく家屋を支え切れまい」


 イゲイツの指揮と守りに隙はない。まだ幼い皇帝はともかく、その周りの大人たちも軍事はイゲイツに一任し、素人考えで邪魔をすることはなかった。


 だが、ソナンの残党はもはや少数の努力でどうにかなる情勢にない。


 局地的にはアーク・ルーン軍の攻勢をはね除けてはいる。しかし、大局的には割拠する小さな半島以外の地を奪われ、ムーヴィルやギガなどによって、失った地におけるアーク・ルーンの支配は日に日に強まっている。


 このまま守り続けても、いずれ力尽きる。それはイゲイツにもわかっているが、攻めに転じるだけの余力は、つまり自軍に将来を拓き、希望をつかむ力が残っていない以上、どうしようもないのだ。


 いや、将来の展望も希望もないのを、ソナン軍も薄々、感じているのだろう。リョガンとファブンの攻めをはね除けること二十五日目の深夜、


「降伏いたします。どうか、命だけはお助けください」


 数人の士官がフレオールの元に逃げ込み、降伏を申し出てきた。


「死にたくなくば、知る限りの情報を口にせよ」


 助命の条件を示された士官たちは、苦汁に満ちた表情となって口ごもった。


 味方を裏切りはしたが、それはソナンに殉じるまでの忠節を持ち合わせていなかっただけで、元々はソナンの苦境を見捨てられぬだけの忠義と義侠があったからこそ、幼君の元に馳せ参じたのだろう。


 命は惜しいが、幼君や味方を売るようなマネはためらわれる。そのような感情と葛藤を読み取ったフレオールは、士官らの懐柔を諦め、追い詰めるように命じた。


 金を積み、地位を示しても、あるいは多少、痛めつけたくらいでは吐かない程度の忠義と義侠が心の内にあると考え、生半可な尋問は無意味と判断したのだ。


 士官らを岩屋に何日か閉じ込め、不安を高め、心が弱ったところを見計らい、一人を目の前で殺すと、


「兵糧や水場はわかりませんが、武器の保管所なら案内できまする」


 士官らが知る情報が兵糧や水場ならなお良かったが、敵の武装を弱めれば戦闘の継続は困難になる。


 深夜、フレオールは竜騎士らに命じ、武器の保管所を襲わせ、その破壊に成功すると、アーシェアに成果を伝えた。


 フレオールからの報告を受けたアーシェアは、リョガンとファブンに攻撃を止めさせ、迎撃の構えを取るように指示した。


 脱出を計るであろうソナンの幼帝を逃がさぬために。



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