大征編44
わずか七歳と五歳の身で、滅びた祖国の再建を課せられた二皇子は、母親の異なる異母兄弟である。しかし、不遇な境遇の中、この兄弟に救いがあるとすれば、二皇子は互いに仲が良いだけのみならず、互いの唯一の身内にも恵まれたことであろう。
二皇子に随行する者の中で、兄皇子の身内は母親のみだが、この女性は慎み深く優しい性格をしており、我が子と同様に、生母のいない弟皇子も可愛がっている。また、弟皇子の肉親である亡き生母の父、つまり祖父も温和な人柄で権力欲がなく、実の孫と同じように、兄皇子にも丁重に接している。
肉親だけではなく、他にも随行する文官、女官、侍従、さらに護衛の武官や兵士らも、二皇子の境遇に同情し、苦しくとも弱音を吐くことなく、忠節を尽くした。
だが、お供に恵まれ、彼らからどれだけ忠節を尽くされようが、二皇子が苦しく、厳しい境遇にあることには変わらない。
国が滅びてなお、ソナンの忠節を尽くそうとする者は少なくない。それこそ、フレオールが危惧したとおり、彼らが一ヵ所に集まれば、十万人にもなろう。
ただし、集結したならばの話だ。
確固たる拠点を築き、そこに二皇子のどちらかが即位し、ソナンの健在をアピールすれば、忠臣たちは新帝の元に集うことができる。しかし、現実には二皇子は裏切り者やアーク・ルーン兵に追われ、一ヵ所に落ち着ける状況ではない。忠臣らも、どこに向かえば二皇子と合流できるかわからぬ有り様で、その点ではファブンの打った手は的確であった。
忠臣らは主君の元に駆けつけるべく、二皇子がいるであろう場所に向かっているが、確たる拠点がない状態では無駄に探し回るしかない。そうしている内に、ファブンの手勢やアーク・ルーン兵に見つかり、討たれてしまう。
無論、偶然にも合流できた忠臣はいるが、彼らは二皇子を追う裏切り者やアーク・ルーン兵を防ぐため、命を張って足止めをして忠節を果たしていく。
こうして苦しい状況にある二皇子一行をさらに追い込んだのが、竜騎士の存在だ。
「亡国の王子様の身柄には、どちらも千金の懸賞をつける」
フレオールは味方のやる気というより、欲望を刺激した結果、確かに竜騎士らが誰よりも熱心に二皇子一行を追い回した。
逃げる側からすれば、空を飛び交う竜騎士は厄介、極まりなく、実際に二皇子一行を竜騎士らは何度か捕捉し、この際に二皇子を逃そうと武官や兵士、文官や侍従、女官までもが身を挺し、一行は半数を失いながら、辛くもドラゴンの顎から逃れ続ける。
「森に入れば、上からの視点も届くまい」
緑の豊かな土地ゆえ、森はいくらでもあり、一人の文官の発案で二皇子一行が森の中を進むようになると、確かに竜騎士らも発見が困難にはなったが、これで完全にその目を逃れられたわけではない。
それに二皇子一行は見つけることはできずとも、合流を計る忠臣の集団は次々と竜騎士の空襲を受け、主君の元に駆けつけられぬまま無念の死を遂げていった。
ただ、主君の元に駆けつけられずとも、忠節を尽くして倒れた者もいる。
ソナン皇室の宴席に当たるハーバール侯爵は二人の幼い息子を使い、二皇子一行を装い、竜騎士らの目を欺き、引きつけた。
まんまとだまされた竜騎士らは、ハーバール侯爵を幼い息子ごと皆殺しとしたが、そうして手間をかけさせることが忠臣の狙いである。
思わぬタイムロスを被ったが、躍起になって二皇子一行を探し回る竜騎士らの内、ナターシャを含む四騎がついに捕捉に成功する。
二皇子を守る兵は五百程度。竜騎士四騎で充分に討てる数だ。
あくまで、二皇子を守る兵だけならば、だ。
ハーバール侯爵が身を挺して時を稼がねば間に合わなかっただろう。だが、二皇子一行に襲いかかろうとした矢先、ナターシャら竜騎士四騎は側面から矢の雨を浴びることになる。
イゲイツという将軍がいる。彼も他の忠臣と同様、兵を率いて二皇子の元に馳せ参じようとした。が、自分たちが追撃を受けていると知るや、
「バラバラでは、ただ討たれるだけだ。ある程度、まとまらねば、殿下らの元にたどり着いてもお守りすることがかなわぬ」
イゲイツは味方に声をかけていき、一万ほどの軍勢を整えてから、二皇子の元に向かい、間一髪で間に合い、ナターシャらに横撃を食らわすことができた。
目の前の獲物しか見てなかったナターシャらは、矢の雨を浴びるまで側面の敵に気づかず、無防備に矢を食らってしまう。
矢が何本も突き刺ささり、背中の翼も損傷した四頭のドラゴンは地上に落ち、飛び立つことがかなわなくなる。
ナターシャともう一人も深手を負い、残る二人は急所に矢が刺さり、乗竜の背に倒れて動かなくなる。
賞金の取り分を多くせんと、味方を出し抜き、だいぶ先行しているので、味方の救援は期待できない。
「放て!」
「ハアアアッ!!」
逃げる事もかなわぬ状況のナターシャらは、イゲイツの号令の下、放たれた第二射をドラゴニック・オーラで防いだ直後、矢の雨を再び浴びてしまう。
ナターシャともう一人のトドメを刺した矢は、言うまでもなく二皇子を守る五百の兵が射たもの。
「放て!」
人は討ったが、傷を負いながらも四頭のドラゴンはまだ生きており、イゲイツは兵に第三射を命じる。
主を失った四頭のドラゴンは瞑目して、矢の雨を受けてそれで果てていった。




