大征編43
ソナンよりの降伏の使者が訪れると、フレオールはアーシェアの許可を得て、その申し出を受け入れ、カセン、ジキンに次いで、ソナンもここに滅びたが、それは一時的なものでしかない。
ソナンの降伏を受け入れたフレオールは、手勢四万は郊外に留め、リンカンの接収・制圧はリョガンの手勢のみで行わせた。
もしもリョガンが裏切ったなら大事ではあるが、降将の家族はアーク・ルーンが抑えているから、まずその心配はない。実際にリョガンは大過なく首都の制圧を終え、祖国をアーク・ルーンの支配下に組み込むことに勤しんでいる。
アーク・ルーンに仕えるのを拒んだ極一部の者を除き、首都機能を維持するために官吏はそのまま登用されている。また、リンカンに入城したのはリョガンの手勢、ソナンの軍装をした者のみなので、
「アーク・ルーンとやらはいつの間にかどっかに行ったみたいだな」
そんな呑気な事を言う者がいるほど、リンカンの市街や市場には騒ぎや混乱が見られない。
こうして平和裏にリンカンを制圧しつつ方々に使者を出し、地位の保全の条件に降伏を促し、騒ぎも混乱も起きぬように支配者の交替を行うのが、アーク・ルーンの基本方針だ。
大人しく降伏すれば良し。応じぬなら、太后に命じて降伏を促す書状を書かせる。旧主の命にも従わぬのなら、降伏したソナンの将兵にでも討伐させる。
ただ、リョガンはそれらで手一杯で、
「一万ほど猟犬を用意するので、その手綱をフレオール殿に握ってもらいたい」
リンカンに入城してすぐに、旧主の二人の弟、二皇子がいないのに気づき、太后の意図もわかった。
だが、二皇子の追跡まで手の回らないリョガンは、新たな降兵一万ほどにそれを追わせつつ、その指揮をフレオールに頼んだのだ。
追わせる降兵が二皇子を捕らえれば問題はない。だが、取り逃せば、ソナンの旧臣がそこに集い、一大反抗勢力を築く恐れがある。そうなれば、一万の降兵では対処できず、反抗分子が各所で決起しかねない。
ソナンの残党が勢いづかぬよう、しかるべき人物が残敵掃討の任を担当する必要があり、状況や位置的にフレオールがそれを指揮するのが妥当だろう。
アーシェアやフレオールのような他国の者には理解しかねるのだが、ソナンの臣というのは忠節を重んじる。無論、忠節よりも我が身が大事と考える臣の方がずっと多いが、リディンジやテイゼムのような筋金入りの臣も決して少なくなく、その価値観を同じソナンの臣であったリョガンはよく理解しているので、速やかな二皇子の捕縛と残敵掃討が重要であることを、アーシェアやフレオールに説いたのだ。
リョガンの懸念は決して杞憂ではなく、海岸沿いに南へと逃げる二皇子の元には、ソナンの旧臣が集まりつつある。そうした忠臣らの情報を耳にしたフレオールは、
「これを放置したら数万、ヘタすれば十万を越す残党が集結することになる」
そう判断し、本腰を入れて二皇子、七歳と五歳の幼児を狩り立てねばならなくなった。
フレオールにとって幸いなのは、一万の降兵を指揮するのが、歴戦の将軍であったファブンである点だろう。
リンカンを制圧したリョガンの元に、ファブンの元部下らが上官の無実を訴えた結果、彼は牢から出られることになった。
ファブンの勇名は聞き知っているし、牢に叩き込まれた経緯から、もはや祖国への忠義は失われ、怒りしか抱いていない。二皇子を狩り立てるのに絶好の人物であり、リョガンがそれを打診したところ、当人も血走った目で快諾した。
復帰早々、一万の兵を任されたファブンは、フレオールに対面するなり、
「本隊は二皇子を追うとして、それを担ごうとする反逆者どもを放置はできますまい。この機にそれらを叩いて、後顧の憂いを断つべきでしょう。二皇子の向かう先に、反逆者どもも向かっているのですから、いくつかの分隊を作れば、奴らを合流前に叩くことはできます。しかし、一万では充分な分隊を作れないので、できますればそちらの兵もお借りしたい」
納得できる提案であり、必要なだけのアーク・ルーン兵を貸し出した。
ファブンの見識は確かなものだし、この辺りの地理にも詳しいだろう。リョガンの人選ゆえ、指揮能力に関しても疑う余地はなく、フレオールからすれば断る理由はなかった。
南回り、つまり陸路を取ったフレオールの部隊には竜騎士や魔道戦艦、魔甲獣が配備されている。この内、魔道戦艦や魔甲獣は手元に留めたが、竜騎士らはファブンに貸し出し、追撃の任に加えた。
二騎を除いて、功績を立てて恩賞をもらうことに、躍起になっている竜騎士らを。




