大征編41
リディンジやテイゼムのような憂国の硬骨漢と、自己の権勢と保身しか考えないジドのソリが合おうはずがない。
ジドにおもねることのなかったリディンジは小都市の守備に、テイゼムは僻地の知事に左遷されたが、両者はその役職を解かれたわけではない。
だが、左遷された先に留まるということは、祖国の滅亡を座視するのと同義である。言わば、リディンジやテイゼムのアーク・ルーン軍を阻んだ功績は私事でしかないのだが、それに多数の兵が賛同し、民もまた支持したからこその「功績」である。
それはジドが失脚して残る高官が権力闘争に明け暮れるのみのソナン上層部からいかに民心が離れているかの証明であり、ソナンの統制力が半ば瓦解しているということでもある。
にも関わらず、ソナンの高官らはその現実に気づかぬまま、ああでもないこうでもないと議論にふけるばかり。
まるでがなり立てることで、迫る亡国の足音をシャットアウトしているかのように。
崩壊しつつある祖国を支えんとする者の一人、テイゼムが呼びかけに応じた二万人は彼が知事を務めた任地の民で、その風体は対峙するリョガンら二万五千の旧ソナン軍と、髪や地肌の色が異なる。
アーク・ルーンにすでに滅ぼされたカセンやジキンは、元はソナンの支配下にあった少数民族である。それが時勢を得て一国を打ち建てたのだが、それは希な少数例でしかない。ソナンに支配されている少数民族はその境遇から脱することができず、ソナンの一部として扱われている。
知事としてテイゼムが赴任した先は、ソナンの支配下にある少数民族の一つであった。当然、その現状を快く思っていない民を治めるのだから、その統治は困難であったが、テイゼムは公正明大な姿勢で臨み、これを見事にやり遂げた。
「国ではなく、テイゼム閣下のために協力させていただく」
それゆえ、二万人がその徳を慕い、募兵に応じて、進んでリョガンらの前に立ち塞がっている。
「陣立てに見るところはないが、士気は高いようだ」
歴戦の将たるリョガンは、対峙する敵軍を遠望してそう評する。
奇をてらわないと言えば聞こえはいいが、テイゼムの手勢の迎撃態勢は凡庸なもの。だが、テイゼムの恩義に報いんという気概を有する兵の士気はかなり高く、マトモにぶつかれば大きな損害を被るだろう。
リョガンとしては思案のしどころだ。
ここで大きな被害の出る戦いをすれば、勝っても後の軍事行動に支障を来す。後続のアーク・ルーン兵を待ち、圧倒的な多数で戦う方が損失が少なくすむ。
幸い、アーシェア、ムーヴィル、フレオールら、アーク・ルーンの将らは兵事をわきまえており、理由があれば進軍を停止し、敵と矛を交えずとも、ちゃんと理解してくれる。リョガンからすれば、道理の通じぬことが多々あるソナン上層部より、よっぽど話し易い。
が、守りを固めつつ、隙をうかがう事を決めたリョガンは、その夜、隙の方が自ら転がり込んで来た。
テイゼムに信任され、二万の兵の指揮を委ねられた武将が、二十人ほどの部下を引き連れ、投降してきたのだ。
「降伏いたします。閣下にはその口添えをお願いしたい」
面識こそないが、ソナンの将として名を知っていたその武将の意図は明白で、降伏の手土産に二万の兵の命を差し出しているのだろう。
兵学を学んではいるが、リディンジのように軍務についた経験のないテイゼムは、本職に指揮を委ねて勝率を高めようとしたのだろうが、それが完全に裏目に出た形だ。
他者の信頼を平然と裏切り、自己の利益を計る振る舞いは不愉快であったが、リョガンは口添えを約束して手土産を受け取り、
兵らに夜明けと共に総攻撃に出ることを伝えた。
朝が来て、指揮官の不在が知れ渡った敵陣は、にわかに騒然となり、その混乱と動揺を予測していたリョガンは、全軍で一挙に全面攻勢に出た。
混乱と動揺しつつも、二万の兵は勇敢に戦いはしたが、いかに個々が勇を振るおうとも、それを全体的にまとめる者がいなければ、組織的に、機能的に戦いようがない。
指揮官に裏切られ、烏合の衆に堕した二万人が、勇戦も虚しく、一方的に蹴散らされ、方々に逃げ去ってしまうと、もはやソナンの首都リンカンまで、リョガン率いる旧ソナン兵の行く手を阻むものはなかった。




