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魔戦姫編13-1

「ハッ! ハッ! ハッ!」


 二本の魔槍が激しくぶつかり合い、


「ハアアアッ!」


 刃渡り二メートルにも及ぶ魔法の刃で、撃ち放たれたドラゴニック・オーラが防がれる。


 ライディアン竜騎士学園の実技訓練で最も時間を多く割く、武器を用いた個人戦闘の授業で、またもや二年生の授業を妨げるほど、その日の一年生の実技訓練は異色の対戦カードが実現していた。


 フレオールとマルガレッタ、イリアッシュとリナルティエの戦いぶりは、竜騎士見習いらばかりでなく、学園の外に展開する、三千のロペス兵も見ておくべきしろものだろう。


 くだらない、ある異母兄弟の確執によって、遠く七竜連合にまで来たリナルティエとマルガレッタは、その用事をすましたが、それでそのまま帰路につけるものではない。


 リナルティエとマルガレッタは、フレオールと数年来のつき合いだが、何も旧交を温めるために、ライディアン竜騎士学園で三日も過ごしたわけではない。


 元来なら、役目を果たしたならば、早々にベダイルの元に戻らねばならず、彼女らもそうしようとしたが、それに待ったをかけたのがティリエランである。

 魔戦姫ふたりはロペスの国境で関所破りをしているので、その罪を鳴らして二人を拘束し、罪人として裁くよりも、その身柄をアーク・ルーンとの取引材料とするのが七竜連合の画策するところだ。


 当然、おとなしく取引材料となるつもりなどないリナルティエとマルガレッタは、国境の関所の時と同様、力ずくで帰国しようとしたが、再び一触即発となった両者を、フレオールが仲裁した。


「こちらとしては、そっちに身柄と命運をあずける気にはさらさらなれん。そうしようとしたら、オレたちも加わって、力が尽きるまで抵抗させてもらう。が、そちらの立場もわかるから、二人には学園の敷地内に留まってもらい、実質的な拘束状態でいてもらう。それでどうだ?」


 二人の少女の強剛さを伝え聞いているティリエランら七竜姫も、ベダイルの元に早く帰りたい魔戦姫ふたりは、皆、美しい顔に難色を示したが、双方、渋々ながらその折衷案を受容した。


 七竜姫としては、やはり学園にまで来られたことが痛い。ここで大暴れされ、生徒にまた死者が出ようものなら、また外交問題になりかねない。そうしたトラブルがどれだけゴタつくかは、第一連休前に経験しているので、できれば避けたいというもの。


 魔戦姫の内、マルガレッタは争ってでも帰国を急ごうとしたが、リナルティエがフレオールの顔を立てるように言うと、二人はベダイルのみならず、その異母弟のベッドでも寝ることになった。


 やや広めとはいえ、学生寮の相部屋でフレオールは、イリアッシュと魔竜参謀のみならず、魔戦姫ふたりも加え、より女体を身近に感じられる環境にしたのは、やはり基本的にここが敵地であるからだ。


 ゆえに、三日間、魔戦姫ふたりはたった二人の味方と行動を共にし、ちんぷんかんぷんな授業を受け続けた。


 実技訓練はそれまでの二日間になかったわけではなかったが、ドラゴンに乗る類のものだったので、二人はただ見学しているだけだったが、今日の実技訓練はフレオールとイリアッシュが別の相手と組めるようなものだった。


 スラックスはフレオールの父親と並ぶほどの槍の名手であり、その腕前はアーク・ルーンで一、二を争う。その妹は兄譲りの槍術で、フレオールの父親譲りの槍術に、ほぼ互角に渡り合っていた。


 技量だけではない。マルガレッタは魔法を使えないが、銀髪の彼女は先天的に高い魔力を有しており、その手にするベダイルの手による黒塗りの長槍は、フレオールの手にする真紅の魔槍に劣らぬほどの威力を見せている。

 振るう魔槍の威力はフレオールの方がやや上。また、そのスピーディかつトリッキーな動きは、七竜姫さえ対応に苦慮する。


 が、軽快さにおいてはマルガレッタの方がやや上なのに加え、彼女は徹底して基本に忠実な戦い方をし、その動きに隙というものが極めて少ない。


 トリッキーな動きというのは、実のところ無駄なものなのである。その無駄が活きるのは、相手をそれにつき合わせ、リズムを崩し、より大きなロスを生じさせるからだ。


 無駄ゆえ、無視すればいいだけなのだが、戦いとなれば相手に対応して動き、フレオールの巧妙なフェイントに引っかかるが、マルガレッタにはそれがない。


 変則な動きに対して、オーソドックスな対応を終始し、愚直に基本的な攻防を繰り返す。彼女が俊敏で、容姿が華やかなものでなければ、その戦いぶりはもっと地味で味気なく見えただろう。


 もちろん、槍術の教本どおりの戦い方ゆえ、その攻めがいかに素早く激しくとも、フレオールの方も対応を誤ることはない。ただ、崩すことができない代わりに、崩されることもない、ということはない。


「ハアッハアッハアッ」


 魔槍で打ち合うこと、実に三百合以上。フレオールの息が大きく乱れているにに対して、マルガレッタの呼吸はやや荒い程度。


 一方で、イリアッシュの方も、肩で激しく息をしていた。


 ひたすらドラゴニック・オーラを飛ばすイリアッシュに対し、リナルティエはずっと防戦一方である。


 リナルティエが手にするのも魔法の武器で、魔力で青白く輝く刀身が二メートルに及ぶのは、彼女の得物が斬馬刀だからだ。


 騎兵を馬ごとぶった斬るという、非常識な発想で作られた武器ゆえ、そのサイズは大刀は上回る非常識な巨大さとなった。


 武器は大きくなるほど、攻撃力が高くなる反面、重く扱い辛くなる。大剣などの通常の大型武器でさえ、常人ではマトモに扱えないのだが、それらより大きく重い斬馬刀をリナルティエは軽々と振るっていた。


 その巨大な刀身でリナルティエは、イリアッシュが放つドラゴニック・オーラを全て防げるものではなかった。


 イリアッシュのドラゴニック・オーラがいかに膨大でも、魔法で強化された武器は破壊できるものではないし、単発から四、五発までなら、リナルティエも充分に対応できた。


 が、イリアッシュなら一度に十のドラゴニック・オーラが放てる。そして、リナルティエはその全てを防げず、何発かがその身に当たり、負った傷は即座に治っていく。


 リナルティエの、否、ベダイルの生み出した魔戦姫の驚異的な回復力の前に、多少のドラゴニック・オーラをぶつけても、すぐに傷は塞がってしまう。


 分散して放つほど、ドラゴニック・オーラの一発一発の威力は落ちるので、イリアッシュの攻撃はリナルティエはそう深い傷を与えていない。が、一度に放つドラゴニック・オーラの数を減らし、一発一発の威力を上げても、リナルティエの斬馬刀に防がれる。


 百発以上もドラゴニック・オーラを放ったイリアッシュは、フレオールと同様、かなり疲労の色が濃く、撃ち出すドラゴニック・オーラのコントロールもだいぶ甘くなってきている。


 だが、すでに人でなくなっている魔戦姫たちには、大して疲労の色が見えず、均衡を崩せるだけの余力は充分にあった。


「ハアアアッ!」


 遠距離からの攻撃では何の効果もないと判断し、イリアッシュは二本のトンファーを抜き、両手に構えるそれらをドラゴニック・オーラで強化すると、リナルティエに打ちかかっていく。


「うおおおっ!」


 やっと相手が接近戦を挑んできたので、リナルティエも雄叫びを上げ、斬馬刀を水平に振るう。


 非常識なまでに巨大な武器は、大きな唸りながらイリアッシュを襲うが、双剣の魔竜の攻撃に慣れた彼女でなくても、力強くともただ一直線に振るわれただけの一撃など、かわすのはわけがなかった。


 迫った斬馬刀を、ドラゴニック・オーラで強化した脚力で跳んでかわし、


「……ま、参りました」


 イリアッシュがギブアップを宣言したのも無理はないだろう。

 跳んで宙にある彼女の足元で、斬馬刀が急停止し、刃の向きが自分の方へと変わったのだ。


 振るった武器を急に止めれば、その反動で肉体に負荷がかかり、体を傷めるどころか、筋肉繊維、ヘタすれば靭帯すら断裂しかねない。だから、武器を振り切って力を逃すのであり、攻撃をかわした際に反撃に転じられるだけの間が得られるのだ。


 斬馬刀、こんな重い物を思い切り振るって、その際に生じる力を外に逃さず、内に留めれば、冗談抜きに身体を壊しかねず、リナルティエも激痛に顔をしかめながら、自分の怪力による衝撃に耐え抜いた。


 例え、武器を急に止めた反動で、靭帯が断裂したとしても、すぐに元通りとなるのがリナルティエの肉体であり、だからこそ、こんな無茶ができるとも言える。


 あまりにも無茶な行為ゆえ、イリアッシュも完全に意表を突かれ、何より跳んで空中にある状態では、とても次の一撃をかわせるものではないので、竜騎士見習いは魔戦姫に対して敗北を認めたのだ。


 イリアッシュに比べれば持ちこたえた方だが、魔法戦士も魔戦姫に敗れた。


 フレオールの場合、マルガレッタを崩せぬまま、体力勝負に持ち込まれ、疲労で動きが鈍り出したところを、それでも百合ほどしのいだ気力も底をついてしまい、黒塗りの長槍を防いだ衝撃で姿勢が崩れ、真紅の魔槍を杖代わりに姿勢を立て直そうとした途中で、穂先を突きつけられ、降参に追い込まれた。


 侵略者と裏切り者を倒されたが、武器を持つ手を止めて見ている他の一年生たちは、この結末に呆けたように立ち尽くしており、それはティリエランさえ例外ではない。


 むしろ、フレオールのみならず、イリアッシュが負けたことに、最も愕然となっているのは、二年以上、この学園で共に学んだ彼女だろう。


 この手の実技訓練で何十回と、手加減してもらって意図的に互角に戦ってもらい、イリアッシュとの圧倒的な実力差に夢でうなされたことのあるティリエランにとって、目の前の光景が現実のものとは思いたくないものであった。


 そんなギャラリーの反応など、当事者の内、勝者らはまるで気にせず、また敗者らには気づく余裕すらなく、


「……ハアッハアッ、相変わらず、反則なスペックだな。前にやった時より腕を上げたから、今回は勝てるかと思ったが、甘かったか」


「フレオール様だけが武に励んでいたわけではありません。ただ、私どもは最近、バージョンアップをしてますので、こうも接戦になるとは思いませんでした」


「そういうことか。どうりで、イリアが負けるわけだ」


「ハアッハアッ……申し訳ありません。まさか、こうまで歯が立たないとは、我ながら情けない限りです。私もまだまだですね」


「そんなことはないですよ、イリアさん。たぶん、初見だからこうなったけれど、次にやり合ったら、こちらが負けてもおかしくないくらいでした。しょせん、私は頑健さだけが取り柄ですから」


「……そう言われたら、もう一度、挑みたいところですが、これだけドラゴニック・オーラを使うと、しばらくマトモに戦えそうにありません。それ以前に、今はちょっと動けそうにもないですが」


「右に同じく。つうわけで、二人とも。次の手合わせは放課後って感じにしてくれ」


「強者との対戦データはベダイル様の喜ばれるもの。ぜひ、お願いしたい。できれば、七竜姫の方々にも協力を願いたいところだが、どうか?」


 黒塗りの長槍を手にする魔戦姫の申し出に、しかし三人の王女はためらうことなく首を左右に振った。


 ミリアーナやシィルエールは素であろうが、ティリエランはイリアッシュの敗北の衝撃で、とりつくろうだけの心理的な余裕がなく、思わず正直に応じてしまったのだろう。


 だが、七竜姫ですら敬遠したことに、敢えて魔戦姫の手の内を見せるように仕向けた、イリアッシュと共に地べたに大の字になっているフレオールは、疲労にあえぎながらも口の端に小さな笑みを浮かべた。


 二人の魔戦姫が単なる取引材料として、ヘタにちょっかいをかけられるものではないということを、一年生と二年生、何よりロペス軍への命令権を持つティリエランへ示せ、充分に示威行動としての成果を得られたのだから。


 この時点では、無益なトラブルを、何より魔戦姫ふたりの身を案じ、魔法戦士は校内暴力を避けるのに手を尽くしていた。


 避けられぬ戦いが待っていることを知らぬゆえ。



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