大征編39
援軍との挟撃を果たすべく、兵船を率いて東へと向かうヨージョの部将は、キュフス。百余隻の戦船と一万以上の兵を預かるだけあり、リョガンが厚く信任するに足る人物であった。
ジドのような素人と違い、歴戦の武人たるキュフスは、鎖で互いをつないだ船団、アーク・ルーン軍を遠望する位置に至ると、そこで停船して、敵軍の動向をうかがいつつ、援軍の到来を待った。
援軍が第十三軍団と交戦状態にあるなら、そのまま突進できる
が、そうでないのであるならその到来を待つしかない。
援軍の現在地が位置がわからなければ、連絡が取れているわけでもない。一万そこそこの自軍のみで敵に向かっていくなど論外。
無論、少数のキュフスたちをアーク・ルーン軍が先手を打ち、撃滅を計る危険性もあるが、だからこそ距離を置いて様子をうかがっているとも言える。
アーク・ルーンの戦船が鎖を断ち、押し寄せて来たなら、キュフスは退くのみ。敵との距離は充分にある。水軍の練度の差を思えば、アーク・ルーンの戦船がどれだけ必死に迫り、追おうが、それを振り切るのは難しい芸当ではない。
実際、戦船をつなぐ鎖の一部を断ち、約三百隻が大河を西へとさかのぼる動きを見せると、キュフスは即座に後退を命じて、回頭してアーク・ルーンの攻撃をかわし、その追撃を軽くまいてのける。
「ヤツら、しつこい」
だが、キュフスが舌打ちするとおり、アーク・ルーンの攻撃と追撃をかわした思っても、その戦船は東に戻らず、西に航行を続け、キュフスは再び、否、何度も後退を命じねばならなかった。
「挟撃を避けるため、あれだけの船を我らに割いたのか?」
アーク・ルーンの意図を計りかね、キュフスが盛んに首をひねる。
兵力を二分して、二方向の敵に対処するのは、誤った対応ではない。しかし、一方に三百隻も割いては、もう一方の敵への対応が苦しくなる。
しかし、いくら考えても敵の意図がわからぬなら、目の前の敵をどうするかのみを考えるべきだ。
このまま交戦を避け、後退を重ねれば、いずれヨージョに戻ることになる。それでは囮まで使い、出撃した意味が無い。とはいえ、練度で勝るものの、三倍の敵と真っ向からぶつかるというのは得策ではない。
数で劣る以上、一戦するならば何かしらの策が必要となる。
何度目か、後方にアーク・ルーンの戦船の姿を見たキュフスは、これまでと同じく後退を命じた。
そうして双方の船団がこれまでと同じく追いつ追われを繰り広げたが、これまでと違って追撃するアーク・ルーン軍の背後に、三十隻ほどのソナンの戦船が出現する。
キュフスの策は単純なもの。戦船の一部を大河の支流に潜ませ、それらがアーク・ルーン軍の背後を突く。同時に反転して、前後から挟撃するというものだ。
アーシェアから三百隻の戦船を任せられた、副軍団長のムーヴィルは、キュフスの策にはまりはしたが、慌てはしなかった。
「後衛は反転し、背後の敵を叩け。残りは前から来る敵に対処せよ」
後方の百隻ほどが回頭して三十隻のソナン軍を迎え撃つ一方、
残る二百隻はそのまま航行し、七十余隻の敵と激突する。
キュフスの策は悪いものではなかったが、やはり三倍に及ぶ数の差はいかんともし難い。いかに練度で上回ろうが、マトモにぶつかってどうにかできる数ではない。
前後からの挟撃に混乱したなら、数の差をくつがえせただろうが、沈着なムーヴィルの指揮にキュフスは数の差に押され、劣勢となっていく。
背後を突かせた三十隻が三倍以上の戦船の前に敗れ、そのほとんどが制圧、拿捕されると、
「退け! この場は退け!」
キュフスは撤退を命じる。
後ろに回した三十隻に加え、二十隻を失ったキュフスは、さらにアーク・ルーン軍の追撃を受け、二十隻が減ってしまうと、キュフスは本当に後退することにした。
これだけ数が減ってしまえば、挟撃など担えるものではない。もはやヨージョに戻り、その防衛につくより他に選択肢はなかったが、それも不可能であった。
ムーヴィルの追撃は振り切ったものの、三十隻にまで減らされた戦船を率い、ヨージョの軍港が遠望できる位置にまで至ったキュフスは、
「碇を下ろせ。船を止めろ」
川面には鎖が巡らされており、これだけならその撤去も不可能ではない。だが、その鎖の罠の向こうには、ギガたち降将・降兵が戦船を揃えて待ち構えている。
鎖を撤去しようとすれば、ギガたちがそれを阻むだろう。仮に撤去を果たしても、そのままギガたち、ソナン兵同士で殺し合うことになる。
また、そうして時を費やせば、一度、振り切ったムーヴィルたちが追いつき、今度こそ全滅は免れぬ。
前後の敵との交戦を避け、適当な支流に逃げ込んでも、そこがヨージョとつながっていなければ、立ち往生することになる。
「……進退、極まったか……」
現状を正しく認識したキュフスが考えるべきは、下すべき最期の命令はどのようなものとするか、だ。
討ち死にか、悪あがきを承知で逃げ回るか、それとも、
「戦うも逃げるも、そして降るも、各員の意思に委ねる。自らで自らを処すがいい」
各々の判断に任せたキュフスは、やおら甲板から大河に飛び込む。
そして、キュフスに続いて飛び込む者もいないではなかったが、大半の者は降伏することを選んだ。




