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大征編35

 ジドとファブンが率いる援軍は、結局、二百隻強程度にまで減らされながらも、どうにかアーク・ルーン軍の追撃から逃れた。


 ただ、戦船の損失に比して、戦死、あるいは焼死や溺死したソナン兵は三万に届かず、まだ七万人以上が生き残っている。


 これは南岸、岸辺に寄っていたため、生まれた頃から河川に慣れ親しんだソナン兵らが、燃え盛る、あるいは航行不能となった乗船から飛び降り、岸まで泳いで渡れる距離にあったことが大きい。


 第十三軍団も泳いで南岸にたどり着いているソナン兵が多数いるのには気づいたが、兵の多くを北岸に降ろしていたので、南や東へと走るずぶ濡れのソナン兵にまで手が回らなかったのだ。


 ただ、ずぶ濡れで敗走するソナン兵は方々に散ってしまい、辛うじて窮地を脱したジドやファブンの指揮する二百余隻の元に再集結できたのは五万強と、兵数がほぼ半減している。


 さらに泳いで生き延びた兵は武器を持っておらず、彼らの分の軍事物資は乗船に残ったままだ。何より、二百隻に五万人が乗り込むのはキャパ的に無理な話で、敗残のソナン軍は数どおりの戦力が発揮できないどころか、そもそも手元の戦船では作戦の継続も不可能であった。


 惨敗してジドは呆然となるが、


「近くの城市に寄り、アーク・ルーンの襲撃に備えよ。そして、そこを拠点に戦船、兵員、装備を補充し、再戦の準備を整える。よいか、次こそは勝つぞ」


 ファブンは不屈の闘志を見せ、精力的に巻き返しを計る。


 ソナンは豊かな大国だ。戦船も兵士もまだまだ残っている。再び十万の兵を戦船に乗せ、西へと大河をさかのぼるだけの余力は充分にあった。


 ただ、百隻単位の戦船、万単位の兵士を補充するとなると、一指揮官の権限が及ぶところではない。当然、首都に使者を送り、皇帝の許可を求めねばならない。


 もっとも、この時のソナンの皇帝はまだ十に満たぬ幼君。実権は摂政を務める太后、祖母の手にある。


 戦場の駆け引きには劣るが、宮廷の駆け引きではファブンよりジドの方がはるかに勝る。何よりも、ジドは太后と懇意にしている点が大きかった。


 ファブンは率直に大きな被害を受け、再戦を行うには新たな兵力が必要なことを記し、その書簡を主君へと送った。その裏でジドが密かに太后の元に使者を遣わした結果、ファブンは敗戦の責任を取らされ、更迭の挙げ句に投獄の憂き目を見ることとなった。


 援軍が援軍を求める点は、ヨージョの重要性を思えば応じぬわけにはいかなかったが、


「十万もの兵を有しながら一敗地にまみえるとは、いったい、何をしていたのかっ!」


 諸大臣からすれば、この度の敗戦は成り上がりのジドを権力の座から引きずり降ろす絶好の機会だ。彼らは口を揃え、敗戦の責任を求めた。


 しかし、保身に長けたジドはこのような展開を予想し、摂政である太后に言い訳と責任転嫁を並べ立て、しかも太后はジドの主張を頭から信じたのである。


 この工作の結果、宮廷では諸大臣がジドに敗戦の責任を取らせるように皇帝に奏上したが、太后はそれを却下し、孫に代わって敗戦の責任はファブンにあるものと判断したのだ。


 皇帝の意志となれば、臣下はそれを承るしかない。敗戦の責任を問う使者が西に走り、ファブンを捕らえ、牢獄に叩き込んだ。


 太后を動かし、ファブンに全責任を被せ、失脚を免れたジドだが、これでますます諸大臣や軍部の反感を買ったのは、当人も自覚している。その不満の声を抑えるには、巨大な功績を立て、他を圧するしかない。


「挟撃だ。前後から挟撃さえすれば、我が軍の勝利は疑う余地もない。先の敗北はリョガンめが、臆病風に吹かれたからに過ぎん」


 アーシェアの策をまったく理解していないジドは、再び太后に使者を送った。


 ジドからの書簡を再び受け取った太后は、孫の権限を使い、ヨージョへと使者を送り、


「出撃して援軍と協力し、ただちに侵略者を撃滅せよ」


 皇帝からの勅命を受け、リョガンは愕然となるしかなかった。




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