大征編34
正確な数はわからないが、北方から来襲したアーク・ルーン兵の数は万単位。
そのアーク・ルーン兵は北岸に並び、ソナンの戦船に矢を射かけつつ、一部は岸辺近くの戦船に乗り込もうとしている。
「……総員、南岸に寄れっ!」
虚を突かれたファブンだが、すぐに指示を出し、南岸に寄って北からの攻撃を避けさせる。
北岸のアーク・ルーン兵の降らす矢の雨を浴び、または乗り込んで占拠され、ソナンの戦船は数十隻と北岸に寄ったままだが、大半はファブンの命に応じて南岸へと寄って行った。
北より来襲したアーク・ルーン兵に戦船はない。南岸に寄り、距離を取れば矢も届かなくなるが、
「正面の敵船、こちらに向かって来ます!」
ソナン兵らは悲鳴を上げるも、
「向かって来る敵船に矢を射込め!」
ファブンの落ち着いた声が響くと、ソナン兵は戦船を南岸に寄せつつ、流れに乗って迫る敵船に矢の雨を降らす。
「うん? ううん?」
ファブンが二度に渡って不審な声をもらす。
一度目は、矢を射込まれた敵船が、矢を射ち返してこない点について。
二度目は向かって来る敵船から火の手が上がった点について。
「総員、散れっ! 敵船を避けよ!」
アーク・ルーンの意図と戦術に気づいた時には、もはや手遅れだった。
燃え上がる敵船、火船を避けねば、自分たちの乗船にもその火が燃え移る。それはわかっていても、ソナン軍は現在、南岸に密集してしまい、回避が難しい状態にある。
「……してやられたわ!」
ここに至れば、ファブンは第十三軍団、アーシェアの策の全貌をだいたい把握できた。
まず大々的、これ見よがしに東に、援軍の方に向かう一方、兵の多くを下船させ、北に走らせる。
この時、リョガンがその背後を突かんと出撃すれば、流木と火船で援軍を足止めし、反転してヨージョから出撃したソナン兵を撃つ。同時に、北に向かわせた兵は陸から手薄になったヨージョ城を攻め、可能ならば攻略・制圧する。
だが、リョガンは出撃しなかった。ゆえに、流木は援軍の注意を引くために使い、その間に下船して迂回した兵は北から攻撃を加え、南岸に密集した所に火船を突っ込ませ、背後を気にせずにその撃滅に専念する。
つまり、アーシェアはソナン軍が挟撃を計ろうが計るまいが、どちらでも対応できる策を用意していたのだ。
南岸にひしめき合うソナンの戦船は次々と、火船を避けきれずに船体が燃え上がるか、火船を無理に避けようとして近くの戦船と激突して破損するかしていく。
「総員、転進! 東に退け!」
撤退を指示するファブンの判断は正しい。この場で船列を立て直し、アーク・ルーン軍と戦うことなどできようがないからだ。
この場は退き、後日、再戦を挑むより他に選択肢はない。
ただ、いかにソナンの水軍が優れていようと、密集状態に加え、大量の火船の突撃による混乱の中、船首を回頭させ、東へと航行できるようにもっていける戦船がそう多いわけがない。
それでも約四百隻は火の海の材料となっている味方に背を向けることができ、この場からの離脱を計れたが、
「全軍、追撃戦用意! 一隻たりとて逃すなっ!」
燃え盛る味方に背を向けたということは、西に陣取るアーク・ルーン軍にも背中を向けているということだ。
当然、背中と船尾を見せる敵を見逃すわけもなく、アーシェアの号令一下、アーク・ルーンの戦船は火の海を避けて北岸寄りに航行し、敗走するソナン軍への追撃を開始した。
一隻でも多くを沈めんとし。




