大征編33
リョガンの推測と懸念は外れではないが、正解ではなかった。
もし、ヨージョから兵を出撃させたなら、アーシェアは反転してこれを叩き、あわよくば敗走する守兵に紛れ、そのまま城内に雪崩れ込み、一挙に制圧を計るつもりではあった。
その意図はリョガンの判断で挫かれたが、第十三軍団からすればそれはそれで構わない。
背後を気にせず、ソナンの援軍十万と戦えるのだから。
大河を下るアーク・ルーン軍は、大河をさかのぼるソナン軍の船影が遠くに見えるや、次々と投錨しつつ牽引していた木材の縄を切り離していく。
切り離された千本以上の木材は流れに乗り、ソナン軍へと向かっていくも、
「小細工をっ」
船上でファブンが歯ぎしりするとおり、アーク・ルーン軍の打った手は小細工でしかなく、練度の高いソナン水軍は数隻が流木によって沈められたものの、後は見事な操船で流木をかわしてのけた。
しかし、ソナン水軍が流木をかわしている間に、練度で大きく劣るアーク・ルーン軍は船列を整え、敵を迎え撃つ態勢を整える。
流木をかわした後、ソナンの戦船も船列を整えていくが、迎撃の構えを取る敵軍に向かって進めるものではない。
ましてや、ソナン軍は下流に位置するのだが、
「なぜ、敵を攻めんのだ!」
声を荒らげるジドの存在に、ファブンはこれ以上ないほど顔をしかめた。
不利な下流に位置し、相手は船列を整えて待ち構えているのだ。いかに練度で勝るソナン水軍とはいえ、真っ向から攻めかかるのは剣呑すぎる。
突撃するならば、何かしらのつけ入る隙を見出だす必要がある。そして、こうして水上で睨み合っていれば、明敏なリョガンがそれに気づき、第十三軍団の背後を突いてくれ、つけ入る隙を作ってくれるだろう。
少なくとも、ヨージョから出撃する気配があれば、アーク・ルーン軍は錨を上げ、せっかく築いた迎撃態勢を崩し、ソナン軍に攻めかかるしかなくなる。
現状で強攻など下策なのだが、それがジドにはわからない。
ファブンとしては無視したいが、指揮官はあくまでジドである。指揮権を振りかざして「攻めろ」と命じられたら、下策をとることになってしまう。
面倒と思いつつもファブンとしてはジドをなだめ、細かに説明して、強攻に走らせぬように努めねばならない。
ジドもまったく用兵に無知というわけではない。ファブンから説明を受ければ、
「なるほど。アーク・ルーンは自ら墓穴を掘ったというわけか」
宰相が納得し、勝利を確信して機嫌が直ると、ファブンの方がえも言えぬ不安を突如として覚えた。
流木に対処しているところに、大河の流れに乗って襲いかかってくれば、ソナン軍は苦戦を免れなかっただろう。にも関わらず、敵軍はその戦法を取らなかった。
単にアーク・ルーン軍がその戦法に気づいてないなら良い。しかし、挟撃の危険がわかっていないなど、どう考えてもあり得ない。
リョガンが出撃する前に援軍を叩くならば、アーク・ルーン軍は速戦以外の選択肢はない。こうして睨み合うだけでは、座して挟撃を待つだけだ。
明らかにおかしいが、アーク・ルーン軍が何を企んでいるかわからぬのでは、待ち構えている敵軍に真っ向から攻めかかるのもためらわれる。
第十三軍団の意図と戦術を計りかね、疑念にファブンが頭を悩ませていた時はそう長いものにならずにすんだ。
「北よりアーク・ルーン軍が襲来!」




