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大征編32

「アーク・ルーン軍は東へと向かっております。ヤツらの申すとおり、援軍を迎え撃ちに向かったのでしょう。ただちに城門を開き、我が軍も出撃するべきです。さすれば、前後からの挟撃が成り、我が軍の勝利は間違いありません」


 ヨージョの城壁の上から、大河を下るアーク・ルーン軍の動きを見下ろすリョガンは、部下の一人が振るう熱弁を耳にしながら、守将としていかなる判断を下すか大いに迷っていた。


 アーク・ルーン軍の第十三軍団を率い、ソナン攻略を担当するアーシェアの命令が下るや、その内容に困惑しつつもムーヴィルたちはその指示に従って動き出し、さらに降伏したソナンの旧将の何人かは、指示されていないことを密かに行っていた。


 アーシェアの策はうまくいけば万々歳だが、あまりに賭けの要素が大きい内容でもある。賭けに負けた場合、第十三軍団は前後から挟撃され、見るも無惨な大敗を喫するだろう。


 降伏したソナンの旧将らは当然、自らの命運をアーシェアに賭ける気はない。それに第十三軍団は敗れても、西へと引き返すか、北上してジキンを征した第五軍団と合流すればいいが、降将たちは祖国から去るつもりも、アーク・ルーン軍と一蓮托生を選ぶ気もない。


 もし、アーシェアの作戦が失敗するのが明白なら、降将たちはためらわずに裏切っただろう。しかし、うまくいく可能性もあるから、カンタンに祖国の旗の元に戻る決断もできない。


 その中途半端な心理状態は、彼らの背信行為にも反映され、何人かの降将はリョガンに密使を送り、アーシェアの作戦内容を伝える一方、


「アーク・ルーンに察知されては、全てが水泡に帰すゆえ、これ以上の積極的な行動をひかえさせてもらう」


 リョガンが出撃して、第十三軍団の挟撃に成功したなら、行動をひかえる必要はないので、アーク・ルーン軍への攻撃に加わる。


 逆にアーシェアの策がうまくいったなら、自分たちの送った密使がリョガンの動きを掣肘したと誤魔化す。


 つまりは、どちらが勝っても良いように保険をかけたのだが、自分たちでも信じていない降将らの策が、実は今、リョガンの行動を掣肘していた。


 考えるまでもなく、裏切り者らの言など鵜呑みにできるものではない。リョガンがまず罠の可能性を検討するのは当然のことだろう。


 眼下のアーク・ルーン軍はこれ見よがしに東へと移動している。これでは密使が来なくとも、罠の可能性を当たり前ながら疑わざる得ない。


 問題はこれが罠だとして、その意図するところがどこにあるか、だ。


 全軍で東から迫る援軍に向かうと見せかけ、その背後を突こうとヨージョから出撃したところを、反転して襲いかかり、ヨージョの守りの殲滅を計るというもの。


 逆に、そう思わせ、出撃をためらっている間に、背後を気にすることなく全軍で援軍を叩くというもの。


 部下たちはこれを好機と言い立てるが、いや、それだからこそか、リョガンは罠の可能性を大いに疑った。


 出るが正解か、留まるか正解か。迷いに迷って出した答えは、


「敵軍の動きの露骨さをよく見よ。これは罠だ。我らがあの動きに惑わされ、出撃したならば、反転して襲いかかって来るであろう。出撃は固く禁じるものとする」


 堅守を選択したリョガンだが、何らかの確信や根拠があってのものではない。


 周辺の砦や水路をアーク・ルーンに制圧されていなければ、そこから探索の輪を広げ、アーク・ルーン軍の動向の真偽を確認できるだけの情報を集められたかも知れない。少なくとも、援軍の存在の有無が確認できていれば、リョガンはもっと確信を以て堅守か出撃かを決断できただろう。


 しかし、今のように情報が乏しい状態では、罠の影に怯える判断、慎重を第一とするしかない。


 極論すれば、援軍は壊滅しても新たに兵を集め、援軍を再び編成することは可能だ。だが、ヨージョが失陥してしまえば、それを奪還するのは困難、いや、まず無理だ。


 それなりにまとまった兵を率いているであろう援軍とアーク・ルーン軍が激突しても、一戦で決着とならない公算の方が高い。不利であっても戦線を維持していれば、それからヨージョから出撃して挟撃することもできるのだ。


 ゆえに、リョガンは最重要拠点たるヨージョの保持を優先させた。出撃するのは、ヨージョの安全を確保してからとすべきと、守将として判断した。


 いかなる罠があろうとも、堅守している限りはヨージョ失陥という最悪の事態だけは避けられるのだから。



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