魔戦姫編10-1
ライディアン竜騎士学園の校庭に、魔戦姫ふたりを乗せた、ズタボロなフレイム・ドラゴンが着陸する。
ドガルダンのみならず、ティリエランの名前もあり、ライディアン竜騎士学園の付近には、三千ものロペス兵が配置されつつあった。
たった二人、それが魔法で強化された相手であっても、あまりに大げさな動員だが、
「捕まえるのには、百人もいればいいでしょう。ですが、見つけるには、これくらいは必要となります」
ティリエランが言うとおり、ロペス軍はリナルティエとマルガレッタの姿を見失っており、まだ再度の捕捉を成していない。ライディアン竜騎士学園の周りに監視・捜査網を築くには、それだけの人数が必要なのだ。
無論、相手の「フレオールの元に行く」という言葉をうのみにはせず、ロペスの王女は父親の元に急使を派遣し、リナルティエやマルガレッタの捜索の手配を言上してある。
また、これだけ物々しい配備ゆえ、どうしても生徒らが気づかないわけがないから、学園には叔母、学園長ターナリィを通じて通達し、生徒らが無闇に騒がないようにもしている。
ただ、ティリエラン自身は仕事がたまっているので、指示だけ出すと、すぐに本来の職務に戻った。
ティリエランの打った対処は、常識的には何の問題もない。ただし、非常識な相手に対するものとしては不充分だったし、そもそも無駄でしかなかった。
フレオールの事情聴取を終えた二日後の朝、予定の三千の半分も集まらず、兵の配置が二割ほどしか完了していない状況で、魔戦姫たちの襲来、正確には空襲を受けたのだから。
ライディアン竜騎士学園は、ロペス王国の南西部にある。が、シャーウ王国との国境までは四日ほどの距離だが、モルガール王国との国境までは十五日以上もかかる。元来の計算では、ティリエランの命じた布陣は、充分に間に合っただろうし、有効に機能したはずだ。
が、魔戦姫のスペックは、ロペスの王女の常識的な計算を完全に狂わせた。
南からライディアン竜騎士学園に向かう場合、その間には広大なドラゴンたちの生息地帯がある。ドラゴンの生活圏には、足を踏み入れないのが、七竜連合の者には古来からの慣習なので、不便でも迂回路を取るしかないのだ。
だが、魔戦姫らには、ドラゴン族との暗黙の了解など、知ったことではない。
それでも、国境でもめ事を起こさねば常識的な経路で、ライディアン竜騎士学園に向かっただろう。
だが、魔戦姫ふたりは、追っ手から逃れるのに、北へと直進し、そのまま山中に踏み込んだ。
そこからはドラゴンの生息地帯なので、ロペス兵らは追跡を断念した。
ドラゴンらの生息地帯に足を踏み込んだなら、食い殺されても文句は言えない。また、人が進める自然環境ではないので、まさか、魔戦姫らがそこを縦断するとは思うわけがない。
ロペス兵らをまいたリナルティエとマルガレッタの前には、ワイバーンやワームなどのドラゴン族の亜種が立ちはだかり、それを追い払っていると、騒ぎを聞きつけてやって来たフレイム・ドラゴンも倒してしまう。
そして、敗者たるフレイム・ドラゴンが「半殺し」ですましてくれた礼を申し出て、二人のライディアン竜騎士学園まで乗せて行って欲しいという「お願い」が聞き届けられたので、これでロペス軍は無力化された。
七竜連合では古来から人とドラゴンの棲み分けが成されており、人がドラゴンの領域で食い殺されても文句は言えない反面、ドラゴンも人の領域で殺されても気にしない。
だから、フレイム・ドラゴンごと魔戦姫ふたりを撃墜しても、ロペス側の非とならないのだが、ロペス兵らもにわかに決断ができず、その飛行を見送った。
フレイム・ドラゴンが襲いかかってくれば、迎え撃っただろうが、相手はただ飛んでいるだけ。ヘタに手を出せば、フレイム・ドラゴンの反撃を受けかねない。
現場の士官もどうすればいいかわからず、ライディアン市のドガルダンとライディアン竜騎士学園のティリエランに伝令を出したが、それが到着するのと同時に、フレイム・ドラゴンの背中からリナルティエとマルガレッタが飛び降り、学園の校庭に着地し、同時に契約を果たしたフレイム・ドラゴンはすぐさま飛び立ち、巣穴に戻って行く。
事前の通達にも関わらず、生徒らは騒ぎ出す中、
「……待ちなさいっ!」
注意はしていたが、騒ぎ出す他の一年生らに気を取られた隙に、フレオールとイリアッシュが教室を飛び出し、ティリエランはそれを制止するが、当然、二人の足は止まらない。
「……くっ。ミリィ、シィル、ここは頼みます」
二人の王女にこの場を任せ、ロペスの王女はフレオールらを追う。
校門からはロペス兵らが入り込んで来ているのだ。教室に留まって座視していると、ロペス兵らとアーク・ルーンの四人が、学園内で大立ち回りを始めかねない。それでもし、争いの余波でまた生徒に死傷者が出るようなことになれば、第一連休前の悪夢が再現されかねなかった。
とにかく、ロペス兵らに先に手を出させないよう、ティリエランもリナルティエとマルガレッタの元へと向かう。
彼女の危惧は正しく、先に合流したリナルティエとマルガレッタ、フレオールとイリアッシュは、あいさつよりも先に身構えて、校庭に百人、二百人と増え続けるロペス兵らと睨み合い、一触即発の状態にあった。
「ここはライディアン竜騎士学園の敷地である! ここでの騒ぎを起こせば、大いに悔いること、覚悟なさい! 双方、おとなしくして、学園の判断を待てっ!」
正確には、学園に在籍する、自分を含む七竜姫の五人での判断だが、ティリエランに、自分たちの姫に一喝され、ロペス兵らは戸惑いながらも武器を下げ、その下知に従ったが、フレオールらは臨戦体制を解かず、
「姫様っ!」
今度は校舎から出てきた、自分たちの王女を守るようにその周りを囲んでいく、ロペス出身の竜騎士見習いにアーク・ルーンの四人は身構える。
そこに他の国々の竜騎士見習い、さらに教官たちやターナリィも加わるが、
「皆、落ち着きなさい! ティリエランの言うとおり、争うことは許しません!」
「このナターシャが命じます! もし、学園長およびティリエラン教官の指示を無視する者がいれば、タスタルの同胞よ、力ずくで違反者を止めなさいっ!」
「ゼラントも、タスタルに、ナターシャ王女に尽力せよ!」
「フリカも、争い、止める」
「……仕方ありません。シャーウも争いを望まぬこと、行動で示しなさい!」
ターナリィ、ナターシャ、ミリアーナ、シィルエール、フォーリスの宣言で、敵を前に誰もがドラゴニック・オーラを発することができなくなり、やっとフレオールらも身構えるのを止める。
ちなみに、この場にはバディン、ワイズの者もいるが、後ろから事態をうかがうばかりで、各々の王女を欠く彼らには、まるで積極性や主体性が見られなかった。
ティリエランは軽く年下の王女たちに頭を下げてから、
「あなた方がリナルティエ、マルガレッタですね? 私はこの国の王女で、ティリエランといいます。あなた方が、我が国に不法に侵入した点、必ずや罪に服させるとして、先に問いただせねばならないことがあります。その身に帯びる密命、ここで明らかにしなさい」
そうと言われて、密命を明かせるものではなく、一言ももらさぬとばかりに、国境でうっかり発言をした、肩の辺りで茶色の髪を切り揃えた娘、リナルティエの方は口を固く結び、一国の王女様を無言で通す。
が、美しい長めの銀髪を結い上げたマルガレッタの方は、毅然とした態度で進み出て、
「私たちはベダイル様よりの言葉、それをフレオール様に伝えに来ただけだ。そして、この場にはフレオール様がおられる。私たちにとって重要なのは、ベダイル様のお言葉を私が口にし、フレオール様の耳に届くことにある。その際に、そちらが立ち聞きすることに、私たちは何ら干渉する気はない」
まさか、密命の内容を敵がこれだけいる中で放言するとは思わず、ティリエランのみならず、四人を包囲する者たちは一様に驚き、戸惑った。
もっとも、マルガレッタの方からすれば、有象無象の反応など、どうでも良いこと。
「フレオール様、お聞き届けいただけるでしょうか?」
「聞きたくはないが、ここまで来たオマエらの苦労を思えば、それを無下にできるもんじゃない。とっとと言え」
「ありがとうございます、フレオール様」
イヤそうながら許可がもらえ、マルガレッタと、リナルティエもフレオールに軽く一礼する。
そして、七竜連合の王族六名、学園の全ての教官、生徒ら、さらに何百というロペス兵が固唾を飲んで見守る中、一度、咳払いしてから、
「では……や〜いや〜い、女に負けてやんの、バーカバーカ」
予想していても耐えられぬ怒りに、フレオールのこめかみに青筋が浮かんだ。




