大征編26
ヨージョの地は大陸東端のへそに当たるほど、戦略上の要地である。
アーク・ルーンとソナンの戦いはヨージョを取るか、守り抜くか、それで決すると言っても過言ではないほどだ。
それほどの要地であるがゆえ、ヨージョの守りは固い。堅固な城が築かれているだけではなく、大河の中流の北岸の側に建つ城塞は、その地の利も大いに活かされている。
大河のある南はもちろん、他の三方にも大小の河川がいくつも走って交差している。どれだけの大軍であろうと、水に阻まれて城に取りつくことは不可能であり、水軍なくして攻めるのもままならない地形をしている。だが、ヨージョにはソナン最精鋭の水軍が配備されている。
その精鋭中の精鋭である水軍の一部に、痛撃を受けた第十三軍団は、軍の立て直しと戦船の修繕がすむと、大河の支流の一本、リョグス配下の水軍が強襲に用いたそれを大きくさかのぼって北上し、現在、スースイの城市を攻めていた。
スースイはヨージョの北西に位置する。距離的には大して離れていない。
この城市を守る将の名は、ギガ。戦略上の最重要地ヨージョに隣接する地を任されるだけの、有能な将軍である。
第十三軍団がスースイを攻めるのは、ヨージョ攻略を睨んでのものだ。
大河を下ってただ攻めるだけで落とせるヨージョではない。いや、落とせぬどころか、第十三軍団は大打撃を受けることになるだろう。
スースイを落とせば、ヨージョを攻めるにあたり、地理的に格好の拠点を得られる。また、大河からヨージョに通じる支流を押さえれば、リョグス配下の水軍はその動きを制限されることになる。
さらにスースイ攻めには、リョグスの反応を見るという目的もある。
破損した戦船の修理中も、情報収集を怠らなかったアーシェアが報告を受けたものの一つに、リョグスとギガの不仲、それが最近は険悪になったという内容があった。
両将の亀裂が一気に深くなったのは、アーク・ルーン軍への奇襲が原因だという。
東進する侵略者の接近を知ったリョグスは、兵に命じて罠を仕掛け、水軍の一部を支流に伏せておいた。
この作戦は成果を挙げた。だが、成功すればいいというものではない。
第十三軍団への奇襲に用いた支流はギガの任地を通っている。しかし、リョグスは同僚のギガにそのことを伝えず、作戦を実行した。
事前の了解も通達もなく自分の任地を黙って通ったリョグスのやり方をギガは非難し、作戦の成功を理由にリョグスが自らの非を認めなかったがため、両将の元から良好とは言えぬ関係が一気に悪化したとのこと。
第十三軍団への襲撃が成功した点からも、リョグスが優れた将であるのは疑いようはない。ただ、自らの才を誇り、国の最重要地をあずかっているという自負にあふれるリョグスは、ギガに限らず、同僚の将軍らと仲が悪い。
ソナンは武官個人が大きな勢力を築くのを恐れ、将軍一人に対する権限と任地を限定的なものとする傾向にある。侵略者の大軍に対抗するため、複数の将軍を統括して、一つにまとめるべき者を置くべきなのに、現実には第十三軍団の前には幾人かの同格の将軍が、自分の手勢で立ちふさがるのみなのだ。
同格の将軍らが互いに連携するならいい。しかし、リョグスやギガのように反目し、共闘を嫌がる態度を見せていては、各個撃破の好餌となる。
とはいえ、祖国の危機だ。私情を排して、リョグスとギガは連携して戦うことも考えられる。諜報で得たソナンの弱点が現実的に有効なのかを確認する意図もあり、本命であるヨージョをいきなり攻めず、スースイに先に軍を向けたのだ。
アーシェアはスースイを攻めるに際して、まずは奇をてらわずに型どおり、水陸両面から十万の兵で城を包囲し、竜騎士や魔道兵器で攻撃を加えつつ、城からはもちろん、周囲の反応をうかがった。
評判どおり、ギガも有能な将らしく、初めて相対する竜騎士や魔道兵器にも大きな動揺を見せず、兵をよく指揮して巧妙に対処し、攻め手につけ入る隙を見せなかった。
その手腕にアーシェアらは感嘆しつつも、周りを見渡せば思わず笑みが浮かんだ。
アーク・ルーン軍のスースイ攻めが伝わった際、周囲のソナン軍は将軍同士の関係性が反映された動きを見せたからだ。
ギガと良好な関係の将軍の兵はすぐに援軍の動きを見せたが、仲の悪い将軍の兵の動きは明らかに鈍い。大河中流域で最大の兵力を有するリョグスなど、まるで対岸の火事と言わんばかりの態度を取っている。
ギガの方も、援軍を求める使者を出す際、ヨージョへのそれが最も遅かった。
「ソナンの辞書には協力という文字がないらしい。征服後は真っ先にそこを改訂せねばならんな」
笑みをもらしつつ、そんな皮肉を口にするアーシェアは、スースイ攻めを継続しつつ、その攻略に本腰を入れるのを後回しとした。
守城側は守りを固めつつ、方々に援軍を求める。ギガもそのセオリーでアーク・ルーン軍の撃退を計った。
しかし、セオリーどおりのギガの援軍の要請に、ソナンの将軍たちは個々に援軍を出し、歩調を揃えることなくスースイへと向かったのだ。
第十三軍団からしたら、ありがたいこと、この上ない。向こうから各個撃破されるために出向いてくれるのだ。当然、アーシェアはセオリーどおり、敵の援軍を各個撃破した。
さらにアーシェアは外に向けての手を打つのみならず、内に対しても致命打を与えた。
ギガは城壁の破壊、突破を計る竜騎士に、備えつけの投石機や弩の集中砲火でその接近を阻んだ。しかし、酷かも知れないが、それで竜騎士への対応は充分と考えたのが、スースイ城の死命を決することとなった。
言うまでもなく、アーシェアも竜騎士である。ただ、軍団長という立場もあり、先の襲撃のような状況とならねば、自ら二本の槍を手にすることはない。しかし、それは竜騎士としての能力を軍事に活用しないということと同義ではない。
普段、人の姿を取らせている乗竜レイラに跨がり、アーシェアは何度かスースイ城の上空を飛び回ると、彼女はスースイ城が外から兵糧を運び込んでいる、物資の集積基地が外にあるのをつかむと、綿密な調査でその場所が判明するや、一夜、メリクルスの師団にその制圧を命じ、メリクルスはその任務を見事に果たす。
これで城内の兵糧が尽きるのを待てば、スースイ城は自然と落ちる。
第十三軍団はそれをただ待てばいいのだ。
ただし、油断なく構えて。




