大征編25
鎖に引っかかって浸水を始めた戦船は十隻ほどだが、後続の戦船は次々と衝突していき、第十三軍団はおよそ八十余隻が航行不能となるも、不慣れながらも他の戦船は両岸に寄せたり、投錨して何とか衝突は避けることができた。
だが、それで手一杯のアーク・ルーン兵を、大河の支流の一本をさかのぼるソナン水軍、戦船五十数隻が襲う。
ソナン水軍の五十数隻はどれも小型船だが、それだけに軽快な動きでソナン水軍は船上から矢を放ちつつ、衝角でアーク・ルーンの戦船の横っ腹を突き破り、撃沈していく。
「慌てるな! 敵は少数だっ! まずは落ち着けっ! さすれば、充分に戦友を助けられるし、反撃もできるぞっ!」
錨を下ろしての強引な急停止に激しく揺れる船上で、アーシェアは味方に飛ばす指示は当然、敵にも届いた。
敵の指揮官の存在に気づいたソナン水軍は、アーシェアの乗る戦船へと殺到する。
船戦の練度で大きく劣るアーク・ルーン軍は、ソナン水軍の軽快な航行に対して、アーシェアの元に向かう敵船を阻むこともできず、アーシェアの乗る旗艦もソナンの戦船をかわすことはできなかった。
あっさりと旗艦の大きな横っ腹をソナンの戦船の衝角が突き破った瞬間、
「ハアアアッ!」
両手に双槍を握るアーシェアは、ドラゴニック・オーラは発現させながら激しく揺れる船上から跳び、乗船の横っ腹を突いた敵船の甲板に着地する。
敵船に跳び移ったアーシェアは双槍を振り回して、船上のソナン兵を突き、打ち、薙ぎ、たった一人で圧倒する。
女一人に情けないと思いつつ、味方船から上がる悲鳴を無視できず、近くの戦船二隻が援護に向かうと、その頭上に矢の雨が降り注ぐ。
アーシェア、軍団長が座乗する旗艦に配されたアーク・ルーン兵だけあり、一時の混乱から脱すると、沈みゆく旗艦の甲板に並び、敵船に矢を放つ。
旗艦のサイズから沈んでも全体が水中に没することがないとはいえ、このアーク・ルーン兵らの果敢な反撃から、全体の流れが変わった。
フレオールもアーシェアに倣い、敵船に単身、乗り込み、真紅の魔槍を振るってソナン兵を倒し、ムーヴィルは手近な戦船二十隻ほどをまとめると、敵船に向かって行く。
乗船がある程度、安定したアーク・ルーン兵は、次々とムーヴィルに続くと、ソナン水軍はこれを避けるように航行し、さかのぼって来た支流を下って逃走を計る。
「深追いは厳禁だ! 味方の救助と軍の立て直しを優先せよ!」
敵船一隻を単身、制圧したアーシェアと、支流を下って去るソナン水軍を見据えるムーヴィルの指示が飛ぶ。
主将と副将の命に従い、浸水する乗船から避難して、あるいは船体が激しく揺れた際、甲板から投げ出され、水面に浮かぶ味方の救助にアーク・ルーン兵らは慌ただしく動く。
流されてしまった者を除き、水死体を含めて味方を全て引き上げると、第十三軍団は船列を整えつつ、被害を調べ、その結果報告を受けたアーシェアとムーヴィルは、胸中で重いため息をついた。
破損して航行不能となった戦船は、百隻近く。その中には旗艦も含まれている。
破損した戦船は、修復すれば三分の二以上はまだ何とかなる。しかし、それは第十三軍団は一戦にして三十隻を失ったことを意味した。
それでも戦船は建造すればいくらでも補充できる。だが、溺死者を含む、失った二百人以上の兵、一人の兵を鍛え上げる過程を思えば、その回復は容易なものではない。
対して、ソナン水軍の損害は小型船七隻。戦死者と捕虜を合わせた損失は第十三軍団と大差はないものの、物理的な損害の差は大きい。
アーシェアが戦場で自らの存在を誇示し、敵の深入りを誘ったからこそ、ソナン水軍にも打撃を与えられたが、一撃を与えただけで敵船が引き上げていたら、船戦の練度に劣るアーク・ルーン軍は反撃も追撃もできずに、一方的な損害を甘受するしかなかっただろう。
形の上では痛み分けだが、これまで快調に進軍を重ねていた第十三軍団は、船戦の難しさを痛感させられ、暗然となる兵は少なくなかった。
不得手な船戦を選択せず、陸路から進むのは論外だ。ソナンは地理的に東に行くほど、河川と湖沼が増えていく。ソナンの首都が東に大きく偏っている以上、船戦の練度を上げながら進軍せねば、最終的な勝利はない。
ともあれ、アーシェア、ムーヴィル、フレオールらとしては、兵のように暗然となっているわけにはいかず、まだ遠いソナンの首都攻略を考えるのは時期尚早だ。
ソナン兵を何十人と捕らえたのだ。彼らを尋問して、今回の襲撃は誰の手によるものかなど、目前の問題を片づけるために聞かねばならないこと、知らねばならないことはいくらでもある。
そして、多少、脅しめいたことと、尋問に応じれば解放することを告げられたソナン兵は、意外にあっさりと知りうることを口にした。
「我らはヨージョの守将リョグス様の兵です




